枩太郎 2

「くぅちゃんのお兄さんてどんな人? 外見とか、年齢とか」

「赤茶色のツンツンの髪の毛で、目付きはちょっと悪い……んと、三白眼っぽいの」

「ふうん、よく『三白眼』なんて言葉知ってるね?」

「めっ、目付きのことを、よく兄が自分でそう言うんですっ!」

 正大まさひろに右手を繋がれ進むと、くぅはあっさりと建設現場から抜け出ることができた。

 出た先は民家の建ち並ぶ町の片隅で、人通りが少なさそうな裏路地にとても近い。黄土色の固い土には砂利が点々と転がっており、大小様々、石の色や種類も豊富そうに見える。

 くぅはほんのりと朝陽に照らされた自らの格好を、歩きながらようやくまじまじと眺めた。

 くすんだ紅色の小袖着物はやや古くそうで丈も短い。それを黄色のへこ帯のような頼りない帯で緩く巻いている。足元は草鞋わらじで、一五〇〇年代に出たときの様相と大差なかった。髪の長さは『狭間』の時と変わらず肩に触るか触らないかの、真ん中分けボブカットである。

「六才にしちゃ随分大人びてるよな、キミ」

「えっそっそんなこっ、いやその!」

「育ちいいんだなぁ、きっと。学もあるんだろうね」

 正大は淡々と、しかし的確にくぅへ質問をしていった。

「お兄さんの歳は?」

「んと、一七才」

「ふうん。くぅちゃんとは結構離れてるんだね」

「そっ、う、だね」

「お兄さんの仕事は?」

「日雇いを繰り返してるの。あたしたち、いろんな場所を転々としてるから」

「そうなん。じゃあ今は何にも就いてないの?」

「うん、多ぶ──あっ昨日、夜が明けたらお仕事探しに行くって言ってたから……」

 もう見つけてきてるかも、とゴニョゴニョと付け加える。未だ深掘りしていない『設定の話』からなんとかして逃れようとしていた。

 正大は然して深く勘繰る様子もなく、相槌の合間に道の先をまっすぐ眺め、『それらしい』男の姿を捜しているようであった。

「くぅちゃんはお兄さんと仲良い?」

「うんっ」

 正大を見上げ、くぅは自信をもって返事をした。

「頭はよくないけど、基本的には優しくて、最近ちょっとずつ頼りがいが出てきた感じなの。悪いことは悪いとか、ダメなときはちゃんと叱ってくれたり。ちょっと熱いところがある人で、知らない内に一緒にいると安心するようになった」

 蘇芳のことをそう評する自らの声に、くぅはいつの間にか『蘇芳に先導してもらっている』ということに気が付いた。同時に、それを誇っているということにも。

 蘇芳に背を支えられていることで、普段萎れがちな自らの心を知らぬ間に奮い起たせてたらしいとわかる。知らず知らずのうちに、絶望的であった心に人肌の温かみを感じさせるような、未だかつて知り得なかった温度であることを改めて知る。

 記憶回帰が進む度に極度の不安と焦燥に押し潰されそうになっているが、いつの頃からか、蘇芳にひとたび「大丈夫だ」と言われると本当に万事が大丈夫なように感じられる。蘇芳から、『独りではない』という安心を常に貰っていたことを、くぅはこの瞬間に気が付いた。

 正大は弱く微笑み「いいな」と漏らした。

「羨ましいよ。支え合って、前向きに生きられて」

 含みのある言い方に、くぅは正大から目を逸らし肩を竦める。話題を変えよう、とくぅは思考をフル回転させ、間を空けないよう無理やり言葉にし繋ぐ。

「ま、正大さんは、親子で大工さんなの?」

「いんや」

 フルフルと小さく振る首へハテナを浮かべる。正大は溜め息を混ぜながら声を潜め話し始めた。

「親方とは本当の親子じゃないんだ」

「そうなんだ、ごめんなさい、あたしまた……」

 悲し気に染まる正大の声色に耐えかね、くぅはシュンと肩を落とす。

「ううん、いいよ。学があるとはいえキミは小さいからまだよく知らないと思うけど、そういうのってこの時代じゃ不思議じゃなくてさ。子どもの居ない夫婦のところに世継ぎとして養子に出されたり、平然とある話なんだよ」

 着衣が着物だという点からここが現代ではないことは簡単にわかっていたが、どうやら近代の日本ということは確かなようだと確信付く。

 正大は溜め息のような深呼吸の後に続けた。

「オレ、実は記憶喪失ってやつで、気が付いたらこの町の外れの道端に突っ立ってたんだ。それより前の記憶はない」

 えっ、とくぅは正大の顔を見上げる。正大は相変わらず真っ正面を向いたまま、そのまなざしにうれいが混ざっていた。

「自分の名前も思い出せなくて、前に何処にいたかなんて見当もつかなくてな。だから『マサヒロ』は親方が付けてくれた仮の名前。たまたま親方に拾われて……じゃなかったら今頃どうなってたか」

「そうなんだ、ほんとにごめんなさい。話しにくいことばっかり話させて」

「いや、これはオレが勝手に喋ったことだから」

 あは、と躊躇うような笑みを溢し、正大は「けどね」とくぅを向く。

「なんだかキミには、本当のことだけを話さなきゃいけない気がしたんだよ。口をついで出る、っていうか……本当のことをちゃんと伝えたいっていうか」

 「なんでだろうな?」と言いながら、バッチリとくぅと正大は視線がかち合う。

「あ……」

「ん?」

 ぽかんと柔らかそうなくぅの鴇色の小さな唇、色素の薄い栗色の髪、深まってきた琥珀のようなその二つの瞳に、正大は既視感をおぼえ足を止めた。ザリ、と砂利が踏み込まれ、黄土色の土煙が細く低く立ち上る。

「くぅ、ちゃん。キミ──」

 もっとよく見たい、と正大はしゃがみこみ、くぅと同じ高さに目線を合わせる。

「──誰かによく似てる」

「え?」

 ぐっと急に近付いてきた正大のやや端正な顔立ちに、くぅは仰け反るような、息を呑むような引き方をしてしまった。クク、と無意識的に呼吸を止めると、正大は顎に手をやりつつ眉を潜め、首を傾げてきた。

「変だな。『誰か』はわかんないのに絶対にその『誰か』に似てる。変な自信がある」

 瞬きが邪魔だと感じるほど、互いにそうして見つめ合う。口をつぐみ、肩を縮めているくぅもまた、正大のこの表情に見覚えがあるような気がした。


 どこで見たんだろう──。


 互いにそうして自らの記憶の中を探りつつ、目の前の既視感しかない人物から視線を逸らそうとはしない。「しない」ではなく「出来ない」が正しいのかもしれないと、くぅはふと考え付く。

「ここの時代は、本来の自分の時代じゃないんだね」

 ボソリ、正大は不意にそう呟いた。

 くぅが何を言ったでも、周囲から声をかけられたわけでもない。周囲には早朝だということもあり、往来する人はほぼいないのだ。

 くぅは驚きで目を見開く。「異界の者だとわかられてしまったかもしれない」と、心臓がゴトリと音をたてた。

「しょ──」「ゴメン急に。変な話したよね」

 プツリと、漂っていた緊張感を、正大まさひろは弱く微笑むことで突然切った。慌てて重ねた瞬きで現実へ引き戻った感覚に、目が眩む。

「う、ううんっ、別に……」

 くぅは自らの口をついて出た「しょ」にただ驚いていた。何の「しょ」であるのかさっぱり見当がつかないのに、「しょ」の続きをこの声帯はどうやら覚えているのかもしれないとさえ思えている。

 正大はそっと立ち上がり、今一度周囲を見渡すと「うーん」と眉を寄せた。

「あぁダメだ、もうそろそろ時間だ」

 正大は仕事が始まる時間を予期し、深い溜め息を漏らした。

「ゴメンくぅちゃん。どうにかお兄さんを捜し出してあげたかったけど、オレそろそろ仕事だ」

「そ、そうだよね。うん、わかった」

 仕方がないとはいえ、くるくると目を泳がせ不安を露にしてしまう。ここからはひとりぼっちで捜さなければいけないとなると、幼子の足で動ける範囲はたかが知れている。

「付き合わせちゃってゴメンなさい」

 くぅは正大と繋いでいた手をそっと振りほどき、気丈に笑って見せた。

「助けてくれてホントにありがとう。もう、あたし一人で頑張ってみるよ」

 不安ではないわけがない。ここが何処で、いつの時代であるのかすらわからないのだ。

 一歩、一歩と正大から後ろ歩きに遠退く。正大と目を合わせていたがキョロキョロと落ち着きなく、微笑んでみせては視線を左へ右へやり、また合わせるを何度も繰り返す。

「──『一人ンなりたくない』」

 くぅのそんな数歩は、しかし正大の大きな一歩に相応し、ザッと一歩で再び詰め寄られ驚きで足を止めた。

「『ひとりにせんで、おいてかんで』!」

 叫ぶようなその一言に、くぅは肩を跳ね上げた。必死ともいえるようなその言葉は、正大の口から発せられたもの。

「ん?」

「えっ」

 それ事態に本人すら困惑し、ハテナを浮かべるばかりであった。どこかで聞き覚えのある台詞だと、互いに深くそう感じ押し黙る。

「…………」

「…………」

 再び空気が凍りつく。

 時が止まったように再び互いを見つめ合う。

「っ、とにかく」

 沈黙を破ったのは正大であった。

「やっぱりきっと、キミ一人は危ない。一緒に親方のところへ行こう。ひとまず、そこでお兄さんを捜す手立てを考えよう」

 ね? と再び手を取られ、くぅは正大と共に来た道を戻ることとなった。

「う、うん……」

 朝陽を背後に受け、黄土色の土に並び映る影にくぅはどぎまぎとしながらも、遥か昔に感じたような安堵の気持ちを心に宿していた。



       ◆



「くぅ居ねぇなぁ……どこに出たんだアイツ」

 溜め息に似たその一言に、蘇芳自身が辟易とする。辺りをいくら見渡せど、栗色の毛の幼女はいつまでも見当たらない。

 夜さまはくぅの弱い匂いを必死に嗅ぎ探りながら、右へ左へと歩みを止めずにただ進んでいた。澄んだ空気に混ざる匂いがとても弱いということもあり、当初出た位置からなかなか動いていなかった。

「夜さま、『ドア』の気配はわかんねぇ?」

「同時に探っとるが、なぜか近くに感じぬ」

「『ドア』とくぅ、どっちのが匂い強いんだよ?」

「大差ないのう」

「マジかよ」

「大マジじゃ」

 夜さまはフンと鼻を鳴らし、半ば不機嫌を漂わせ先を進もうとする。

「なぁ。夜さまはくぅのサガシモノのこと知ってんのか?」

「ああ。儂はアヤツに恩義があるでな」

 スンスンとピンク色の小さな鼻を鳴らしながら砂利の多い黄土色の道を行く。

「くぅが思い出すまで言わんつもりでおったが、良い機会じゃ。すぅにも伝えておこうぞ」

 夜さまはふと振り返り、歩みを止める。その四つ足が土煙で白くなりつつあるところを見て、夜さまの無我夢中さや懸命さが窺えた。

「くぅの捜し者の名は『枩太郎しょうたろう』という」

「なっ、しょ……」

 蘇芳は目を見開き眉間に深くシワを刻んだ。

「ショウタロウ?!」

 わなわなと震える下顎は驚きのせいか、はたまたよく聞き覚えや馴染みある名のせいか。蘇芳はハァ、と溜め息のような一息を吐ききり、夜さまへしゃがみこみ目線を合わせる。

「おいっ。ショウタロウって、それマジで言ってんだな?」

 思わず声色が低くなる。捲し立てるような速さで言葉が夜さまへぶつけられる。

「前も言うたじゃろ。この旅において、嘘を言うても得にはならんと」

「聞いた、撫子んときに聞いた。……じゃねぇよショウタロウのことだ。字は? 漢字で名前どうやって書くんだよ! 歳は? 背丈は? 職業は?!」

 胸ぐらを掴まんと詰め寄る蘇芳に、夜さまはアメジストのような目を細め怪訝に問い直す。

「何をそんなに熱くなっとるんじゃ、ヌシの『重要な出逢い』でもなかろう」

「俺の恩師もショウタロウなんだよっ!」

 蘇芳はどこか泣き出しそうな表情になる。

「な、んっ……」

 夜さまは深い色のアメジストのような瞳を見開き驚いていた。

 蘇芳の指先が、氷のように冷たくなった。




   ◆   ◆   ◆



 くぅのサガシモノを捜したい。

 くぅの目的を、遂げさせたい。


 これ以上、誰も泣かなくて済むように──。



   ◆   ◆   ◆



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