サニー 4

   ◆   ◆   ◆



 わたしは九才の頃、魔法を母さまから引き継いだ。

 魔法は代々この家の女の人が継ぐんだって、母さまは言った。

 とても繊細で気配りが必要だから女の人が継ぐしきたりだ、って父さまは言った。


 わたしは一人娘だったし、外からお婿さんを貰って家を継ぐことが産まれてすぐに決まったみたい。

 父さまが定めるお婿さん候補はまだ居ないけど、きっと父さまのように真面目で、四角四面の、あんまり面白くない人を『用意される』んだと思う。


 けどわたし、できることなら恋がしたい。

 尊敬しあえて、尊重しあえて、好きだと心の底から想える人と手を取って、眼を見て頬を寄せて生きてみたい。

 そう、ちょうど、日向太のおじいちゃんとおばあちゃんのように。


 でも、これは口に出してはダメなこと。

 わたしが『誰か』を好きになったら、『誰か』を特別だと思ったら、きっと父さまは反対する。

 この家に生まれたわたしに、好きな人を決める権利はきっとない。



       ◇



 わたしの九才の誕生日、あの日の月はとても綺麗だったな。

 受け継がれていた儀式に則って、一族の密やかな魔法は母さまからわたしへ引き継がれた。

 後から聞いた話だけど、本来なら一二才の誕生日に執り行うことになっていたんだって。母さまの身体と魔法の馴染みが良くなくて、早く母さまから魔法を『出し切って』しまわないとダメだったみたい。

 それについて、わたしは何も聞かされてなかった。だけど、わたしは何とも思わなかった。

 母さまを救えるなら、それだけでいいと思ったから。


 継承の儀式は何事もなく無事に終わった。

 わたしの瞳の色は、それから魔法の色に染まった。

 だけど、母さまは魔法が抜けても体調が優れない日々が続いた。

 わたしが一〇才になると、母さまは寝たきりになった。

 そして、わたしが十一才になった最初の春に、母さまは静かにこの世を去ったの。



   ◆   ◆   ◆



 サニーに連れられ向かった先は、街の片隅にある工場こうばであった。土地の四方は煉瓦造りの塀で囲われており、その中心に工場棟が三棟ある。

 工場は低い屋根と異様に広い間口が特徴的で、明り取りのような通風窓がある以外に窓らしい窓は見当たらない。それに、少し近付いただけでまるで掻き鳴らしているかのような古い機械音が、ガチャガチャといつまでも耳に障った。

「ここね、糸紡ぎの工場なの。私が代表よ」

 サニーは「代表」を強く大きくゆっくりと発音し、強調して聞かせた。

「あの音は糸紡ぎの機械の音。一度にたくさん動かしてるから、凄い音でしょ」

 不思議そうに工場へ顔を向けている蘇芳へ、前を行くサニーは横顔でスルスルと話し出す。

「この時代、歴史的には産業革命初期のイギリスなのよ。産業革命って紡績ぼうせき業から始まったって子どもの頃本で読んだのよね。だからそういう職にわざと就いて確実な賃金を貰ってた方がいいんだなーってわかってたから、いろいろ動いてここまで担ったの。どう? スゴい?」

 蘇芳にはその凄さがいまいちわからず、つい曖昧な相槌を返してしまった。しかしサニーは満足そうにピョンと跳ね、再び先を進んだ。まるで大人に誉められた子どものような後ろ姿である。

 サニーはあっさりと工場の横を通り過ぎ、ひっそりと建つ煉瓦造りの小屋のような住居の裏手にまわる。

 そこは工場の資材置き場になっており、結局最初に出た細い小路と大差ない光景へ連れてこられた。壊れた糸車の歯車やら木材、スコップや手押し車などまで、まるで子どもが片付けた玩具のようにごちゃごちゃと積み上げられている。

 小路と唯一違うのは、そこに既に『ドア』が出現していたことである。

「見せたかったのはこれ」

 そう言いながらサニーはくるりと振り返り、『ドア』をクイと指し示す。

「なっ……」

「『ドア』、どうして!」

 蘇芳は言葉を失い息を呑み、その左手をくぅはギュッと両手で握り締めた。

「あなたたちはこの『ドア』をいくつか開けて、時代を越えて……そうやってここにさっき辿り着いた」

 「そうよね?」と微笑み首を傾げる。

「じゃあ、マジでアンタが、ラグエルで井戸を掘ったあの『サニー』なのか?」

「ラグエル? そういう名前の土地になったの? ごめんなさい、私が居た時代ときは違う名前だったのよ」

「この際何でもいいけど……とにかく。アンタは赤い砂の国で井戸を掘って、サニーだと名乗ったのか?」

「ええ、あれは四日かけて掘ったわ。それに、砂砦国あそこは人種的に英語圏だと思ったから仮の名サニーをわざと名乗ったの」

「だがな、生憎そのサニーっつーのは砂砦国ラグエルじゃ男なんだよ」

「そうよ。私、本当は男だもの」

「なっ……は、はぁ?!」

 なるべく端的に答えて欲しいとは思っていたし、直接的なキャッチボールになるよう努めていたにも関わらず、さすがに蘇芳もかける言葉を見失ってしまった。パクパクと顎が空振りした後に、くぅとチラリ顔を見合わせる。

「ふふ! ごめんなさい。蘇芳さんはこのくらいの勢いの方が呑み込んでくれるかと思って、つい。まぁまず、私が『サニー』だってことを証明しましょ」

 肩を竦めたサニーは苦笑混じりにそう言った。間を開け、肩を落とし夜さまをじっと見つめてから、サニーは『ドア』の前に立ち背を向けた。

「最初にあの赤い砂。どうして赤いかわかる? 鉄分が多いのよ。近隣からは、生成すると鉄器になるような、上質な砂鉄が多く採れるわけ」

 言われてみれば、ラグエルと対立していたチャオツは鋼鉄武器を多用していた。なるほどな、と小刻みに頷く。

「それに、私が出た時代のあの場所には、かつて河だった痕跡も多くあったの。だからもしかしたら、掘れば少しくらい水が出るかもと思ってね、実はちょっと賭けだった」

 だが、結果的に水は出た。サニーこの人の賭けは当たったのだ、と蘇芳は右親指の関節をパキ、と鳴らす。

「飢えが辛くてもみんな、優しくて、明るくて……みず知らずのクソガキくんだった私の話にでさえ、平等に耳を貸してくれたわ」

 冷たく湿った風が『ドア』の側を抜ける。つられるようにサニーは視線を上げた。

「あの赤い砂の国と中国三国時代まで、私はきちんと男だった。『ドア』を開けて向こうへ行けば、いつかもとの場所に帰れるって話をずっと近くで聞いてたから、だからなんのためらいもなく『ドア』を見つけたら開けて進んだわ。けど、中国三国時代で現れた『ドア』は、開けた時から様子が違った」

 徐々に声色が低く小さく哀しさに染まる。

「開けたら黒い空間があって、否応なしに引き摺り込まれて……私は『本当の名前』と『性別』を奪われたの」

 え、と漏らす蘇芳をサニーは勢いよく振り返った。その表情はなぜかにこやかなもので、口角を上げ続けることで多くの負の感情を押し込めているように見える。

「呆気なくそれらをられて、そしたらそこに次の『ドア』が現れた。それを開けて出たときからこの格好、この容姿、この体ってわけ」

 『狭間魔法』のせいだ、と蘇芳は眉間を詰める。

 言い方から推測するに、サニーは『狭間』で奪われた代償が『戻ってくる』ことを知らない。だからこんなにも苦しそうで悲しげなのだと、蘇芳もつれれて渋い表情を浮かべる。

「どう? これで証明になったかしら」

「とりあえずは、ぐうの音も出ないほど証明になってる……」

「ふふ、よかった。さて、話を変えましょ」

 サニーはガラリと声色を明るく戻し、右人差し指をピンと立てた。

「泊まるところ、ないわよね?」

 蘇芳はハテナを浮かべつつ返答する。

「な、ないけど」

「やっぱり! ね、宿貸してあげるわ。アテがあるから案内しようかなって」

「へ?」

 突飛な発言の連続に、蘇芳もくぅも置いていかれっぱなしであった。

 サニーはクスクスと蘇芳の右腕を取り、来た道へと引っ張りはじめた。否応なしに、蘇芳は『ドア』から数歩遠ざかる。

「ちょ、サニー、『ドア』が──」「大丈夫よ」

 蘇芳の腕をぐいぐいと引っ張るサニーは、振り返らず立ち止まる。

「『私の一存で『ドア』をどうにか、なんて絶対にしない。それは約束するわ。だって唯一の『帰り道』だもの」

 俯くようなサニーの頭の角度に、蘇芳とくぅは顔を見合わせる。

「絶対に従業員にも触らせないし、近付かせない。私が直々に定期的に見回りをして『ドア』を守るわ。心配なら蘇芳さんも『ドア』の見張りしてくれてもいいし」

 左回りにくるりと振り返り、ツインテールがふわりと舞う。柔らかく微笑むサニーは蘇芳の手を離し、くしゃっと弱く笑った。

「だから……もうちょっとの間だけ、私のわがままに付き合ってくれる?」

「わが、まま?」

「しばらくこの時代に留まってほしいの。『サニー』と『夜さま』に、時間をくれない?」

 触れるとパリンと割れてしまうような脆そうな笑顔に、蘇芳は了承以外の返答など思い付かなかった。



   ◆   ◆   ◆



「ねぇ日向太、どうしてそんなに勉強してるの?」

 彼女が首を傾げ本に向いたままの彼の顔を覗く。彼は弾むような声で答える。

「『人生何があるかわかんない』ってのが、ウチのじいちゃんの口癖だから! 勉強ってよりも『知識を詰めとけ』なんだってさ」

「知識を詰める、ねぇ」

 ふぅん、と彼女はこちらを見ようともしない彼・日向太の後頭部を見詰める。

「…………」

「…………」

「何の本読んでるの?」

「えーっと、これはぁ、『井、戸、を、掘る、ぎ、じゅつ、に、ついての、本』。だって!」

 拙くも文字を懸命に読み言葉にする日向太をしげしげと眺める彼女は、再びふぅん、と顎をしゃくった。

「井戸なんて、今の時代必要なの?」

「海外には水道がちゃんと整備されてない国もまだまだあるんだーって、この前じいちゃんが言ってた。そういう人達の手助けになるために、水が出る場所を探して穴を掘って、普段使える水を確保するんだってさ」

 これにも書いてあった、と日向太はようやく本から顔を上げた。

 その彼の瞳に自分が映っている。それだけで彼女の気持ちは高揚する。

「一緒に本、読んでみる?」

「う、うんっ」




 この事が、まさかラグエルで役立っていたとは思いもよらなかった。

 あの広場の中央に潜む、あの井戸にかけられた大屋根が日本建築のようであったのも、アヤツが提案したのであれば十二分に納得がいく。

 だからあの時笑ったのだ、「ああ、なるほどな」と。

 異国の地であれど日本建築で建立してしまう神経が、最もアヤツらしい。

 そのくらい、『日向太』はいつだって堂々としているのだ。



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