セピア 3

 セピアのやしきの内装は、天井、壁、床にいたるまで全てが白っぽい石造りである。古そうだと言われてみれば古そうであり、しかし近代的だと言われてみればそう感じる不思議な建物だ。大理石のような滑らかさはないため、高級感はさほど感じない。

 蘇芳らが軟禁されている部屋は、それなりに広い一室である。目視で一二帖はあるのではないかと蘇芳は感じていた。

 部屋の隅にはシングルベッド大の寝台が二つ、人一人分の隙間を設けて並べられている。入り口の対面に小さな窓がひとつあるが、嵌め格子のようで取っ手などは見当たらない。部屋の中央には、猫足の白い丸テーブルと白い椅子が二脚ある。

 以上が、この軟禁部屋の装飾品の全てである。

「椅子とかテーブル見ると、なんか安心するな。一五〇〇年代とは違うなって思う。ちょっと寂しいけど」

 あれから再び小一時間眠った蘇芳は、目を覚ますなり「少し起き上がりたい」と言い出した。

 くぅに使いを頼み、会合中だったセピアからクッション様の柔らかな物を借りてきて、それを背中へ四つ入れ込んだ。そうして上半身を斜め四五度に起こし、ぼんやりとしていたわけだ。

「寂しいのは、すぅちゃんがそれだけあの時代の人たちに優しくしてたからだね」

 蘇芳の世話をひととおり終えたくぅは、ゆったりと蘇芳の寝台の端に腰かけている。

「別にそんなんじゃ──」

 照れを隠そうと咄嗟に動くと、それだけでジクリと肩が痛んだ。イテテテ、と左脇腹も軽く押さえる。

「つーかさ、お前ちょっと雰囲気変わったんじゃねぇ?」

「そう? あたしはあたしだよ?」

 表現の難しい違和感に、蘇芳は首を捻ることしか出来ずにいた。

「そう、かよ」

「そーだよ」

 ふふ、と微笑みながら、くぅは寝台からポンと下りると夜さまの眠るかごへと歩み寄る。

 夜さまは、いくら時間が経ってもなかなか起きなかった。

 くぅが逐一呼吸の確認をしたが、ゆっくりと穏やかに安定はしているところを見ると、眠ることで魔力や体力の回復を図っているのだろうと理解できた。

「いつなんだろうねぇ、ここの時代。部屋に籠ってるだけじゃ、なぁんにもわかんない」

「まぁでも、とりあえず気温差激しい砂漠ン中で夜過ごさないだけありがてぇよ。この石、スゲー涼しい」

「そうだね」

 真剣な栗色の瞳が蘇芳をじっと見詰めている。

「すぅちゃんも、回復に努めてよね」

 わーったよ、と蘇芳は鼻を「フン」と鳴らした。



       ◆



 やがて、陽が落ちる頃になると、セピアの邸にあかりともった。部屋の壁の高い位置にはロウ立てが等間隔にいくつも備え付けてあり、そこにロウソクが各一本刺さっている。

 使用人の女性が静かに「火を失礼いたします」とやってきて、丁寧にそこへ燈を点し始めた。

 白い石造りの部屋が、次々にほわ、と優しく淡く照らされてゆく。その淡いオレンジ色は昼間の雰囲気とは一変し、どこか幻想的で妖艶な雰囲気を演出していた。

「セピアだ。入るぞ」

 燈を灯した使用人と丁度入れ替わるように、間もなくバサ、と音を立て颯爽とセピアが入ってきた。

 途端に「セピア様!」と黄色い声をあげ背筋をピンとするくぅを尻目に、蘇芳はギンと細く鋭い目線をそちらへ向ける。

「何の用だ。勝手にしょっちゅう出入りされっと腹立つんだけど」

「食事を持ってきた。さ、ここへ並べて」

 セピアがそう促すと、二人の使用人の女性が盆に乗せた食事を運び入れる。

 セピアは、つい何時間か前に口論したとは思えないほどケロリとし、どこか爽やかさを感じさせるほどアッサリとした態度であった。

「まずこれはくぅの食事だ。冷めないうちに食べるといい。蘇芳、お前の食事も直に来るから少し待ってくれ」

 使用人の女性二人は、黙々と丸テーブルへ食事を向かい合わせに並べ、それが済むとそそくさと出ていった。どうやら二人分のようである。

「で。それが揃ったら、私とここで話をしながら食事をしてくれないか」

「尋問か? 断ったはずだぞ」

「誓って尋問じゃない」

 セピアの金色の円盤状の耳飾りがシャーンと微かに鳴る。

「言っただろ、それについては保留だ。今は単純に怪我人と、その家族と、私。身の上話でもしようと思ってる」

 どうだろう、とセピアは首を傾げた。

「身の上話、ねぇ」

 蘇芳は肩を竦めたように視線を逸らす。

「知りたがっていただろ? この近辺のことについて。考古学研究をしてるのなら見聞は広めるべきだ。ただ、政治的なことなど、互いに教えられんことについては話さないようにしよう。それではダメか?」

 蘇芳は口を閉ざしたまま、夜さまの背中を見詰め続けている。

「くぅは? やはり、兄者の許しがないとダメかな」

「ね、ねぇすぅちゃん。お話くらい……」

 そうしてくぅが蘇芳の足元にかけられたタオルケット様の布を握り、まるで捨て猫のようなまなざしを向けてくる。

 蘇芳はぐ、と言葉に詰まると、深く長い溜め息をひとつし目を閉じた。

「はーぁ、ったく! わーったよ」

「ホント?! すぅちゃん!」

「ああ。ただし、マジで身の上話だけだぞ」

 そうして蘇芳は、釘を刺すようにセピアを睨み見る。

「アンタが今言ったみたいに、言いたくねぇことは言わない。それが、話をする上での『尋問とは違う』っつー条件だ」

「ああもちろんだ! 蘇芳、ありがとう!」

 初めて見た爽やかなセピアの微笑みに、蘇芳は口を尖らせ「……フン」と悪態で照れをごまかした。

「失礼いたします」

 丁度そこへ、蘇芳の食事も運ばれてきた。

 画板のような固めの木板を膝元に勝手に置かれ、いくつかの椀に入れられた少なめの食事が並ぶ。見事に粥状の物ばかりである。

 くぅとセピアは部屋の丸テーブルの椅子へ嬉々として腰かけていた。

「では、戴こう」

「いっただっきまぁーす!」

「いただきます……」

 蘇芳が手を合わせ静かに目を瞑るのを見たセピアは、誰にも気が付かれないようにそっと頬を緩めていた。

 蘇芳の食事は、何かのミルクがベースになっているスープと、潰した豆類と細切れの葉物を和えた香草香る不思議な料理であった。具体的に何が使用されているのかはわからなかったが、口へ運ぶ匙は止まらなかった。

「なぁ蘇芳。考古学研究とは、具体的にどんな研究と調査をしてるんだ?」

「え」

 蘇芳は口へ運ぼうとした匙を、開け構えていた口の手前で皿へと戻す。(急に振るなよ)と目線を泳がせつつ、言いかけては止めを繰り返しているため口元がいやに忙しない。

「地面掘ったり、地層見たりして、時代研究してるんです! ねっ?!」

 見かねたくぅが、すかさず口を挟んだ。

「そっ、そーそー」

 セピアは「へぇ!」とやや口角を上げ、くぅへ視線を戻す。

「地面を掘る、か。それはこのラグエルととても馴染み深い」

「ラグエルもそういう研究、してるの?」

「いや」

 カチャリ、と瞼を伏せたセピアが匙を置く。

「このラグエルは、一〇〇年程前にとある掘削技術者によって救われた歴史があるんだ。だから地質調査とか、そういうのは親近感がある」

 もう少しだけ、セピアは優しく微笑みを浮かべた。くぅと蘇芳へ交互に視線を送る。

 「へぇ」とそれぞれで呟くポッカリと開いた口が、セピアにはなんだか可笑しかった。

「何があったの?」

「オイ、ずけずけ訊くなよ……」

「いや、構わない。少し長くなるが構わないかな?」

 くぅも匙を置き、話を聞く態勢を整える。

「約一〇〇年前、この界隈は酷い干ばつが急激に進行した。知ってると思うが、環境破壊で年々気温は高くなるし、緑は激減。緑地が無いから乾燥が進むだろ? すると雨が降らなくなって、作物もみるみる育たなくなり、生き物の飢餓も一気に進んだんだ。病気も蔓延したし、空気も淀んだ」

 どこか穏やかなセピアの語り口に、二人は吸い込まれるように聞き入っていた。

「そんな折に、不思議な旅人がやってきたんだ。その人はまだ子どもだったんだが、『このラグエルには大きな水脈がある』と言った。先祖たちはすぐに男手を集めて、旅人が指定した場所を四日かけて掘った。当然疑心もあったが、ほんの少しでも望みがあるならと、彼にすがるようにして掘削を始めた。そうして、本当に泉が湧いた。それをこのラグエルの第一井戸としたんだ」

「井戸?」

 蘇芳は首を捻る。

「ああ。その井戸があるから無事に作物も育つし、こんな風に当たり前に食べていける。命が繋がるようになったということは革命だ。その井戸が、そのままこのラグエルに今も残されていて、民の皆に大切に守られている。技術も継承されて、井戸の数も少し増えた」

 匙をそうして持ち上げたセピアは、誇らしげに微笑んでいた。つられてくぅも少し笑顔になる。

「だが、周辺のチャオツの連中は、ここで湧き続けている水を長年狙っている。やつらの土地に充分な水がないからだ」

 セピアは再び真顔に戻ってしまった。肩を落し、どこか疲れた様子に見える。

「それで、か。だから俺らが水を狙って砦に近付いたと思ったんだな?」

「あぁ、そうだ」

 蘇芳の眉はきゅ、と寄った。

「んじゃ、アンタらが受け継いだその掘削技術、ソイツらにも教えてやりゃいいじゃん。やつらの国からももっと水が出るかもしんねぇだろ? 人の命関わってんだから、惜しんでる場合じゃねぇんじゃねぇの?」

「とっくにやったさ。しかし、チャオツは井戸という井戸が三〇年前に干上がってしまったんだ」

「じゃあ、もっとやり方ねぇのかよ? アンタは、自国の人間だけを守れればそれでいいのかよ」

 蘇芳はつい、熱くなる。

 それは、撫子の国の安定した物資を見てきたからでもあったろう。あんなに上手くやれる国もあるのだから、ここでだって出来るのではないだろうかと、蘇芳は焦れてしまった。

「例えば、アンタの隣で倒れたガキがラグエルの人間じゃねぇってだけで助けねぇってのかよ? 誰彼構わず攻撃するような……簡単に命を奪うために水があるわけじゃねぇだろ? そんなことのために、その旅人はアンタの先祖に井戸をくれたわけじゃねぇじゃん」

「でも、いつラグエルも枯れるか知れない中で……私だけの勝手で、大多数を突然受け入れたりはできない」

 セピアは尻窄みに声を潜めた。蘇芳は舌打ちをチッと被せる。

「『党首』が聞いて呆れるな。権限だけ持って、命に関わる決断は部下にでも任せてんのかよ」

「そんなわけないだろ!」

 ガタンと音をたてて、セピアが立ち上がった。目の前のくぅがびく、と肩を震わせる。

「私はっ! 先代の意思をちゃんと……」

 そうして眉をハの字にし徐々に小さくなったセピアが、なぜか撫子と重なって見えた。ジクリと胸の奥の、苦しくなり倒れた時にギュウと縮こまった部分が締め付けられる。

「わ、ワリィ、政治的な話は禁止にしたのに」

「い、いや。蘇芳は間違ってない」

 静かに椅子へかけ直すセピアは、心配そうに見詰めているくぅと目を合わせ、力なく口角を上げた。

「ラグエルだって、チャオツだって、本当は皆ただ家族を護りたいだけなんだ。それは私もわかってる。水が充分ありさえすれば、救える命がきっとたくさんある。もう武器で命を奪うことはしたくないが……やはりチャオツの連中の中に許せない奴がいることは否定できない」

「誰かに、恨みを持ってるの?」

 くぅがそう小さく問う。セピアはくぅのその栗色の瞳に唇を震わせた。

「そうだ……」

 ぎゅ、とセピアは目を伏せた。

 拳にした小麦色の手が震えている。

「先代の命を奪った奴……チャオツの頭」

 セピアが公私の間で揺れていることが蘇芳にはっきりとわかった。

「…………」

 そうか、と蘇芳も手元に視線を落とす。公私の間で揺れる姿が、再び撫子と重なって見えた。

「綺麗事かもしんねぇけどさ──」

 蘇芳の言葉にセピアは瞼を上向きにする。

「恨んでる奴をたとえば殺したとして、けど、死んだ人間は絶対に還ってこねぇよ」

「…………」

「すぅちゃん」

「『そんなことしても喜ばねぇ』だとか、『仇討ちしなきゃ浮かばれねぇ』とか。そんなのは生きてる人間が『殺しを正当化』するための言葉で、殺っていい理由なんかじゃねんだよ。絶対に」

 蘇芳は真っ直ぐセピアを見ていた。

 いつかの自分へかけられた言葉を、喧嘩ばかりを吹っ掛けられ太刀打ちに明け暮れる日々の中で『先生』に掛けられた言葉を、じっと思い出していた。

「どんだけハラワタ煮えくり返る事されたって、同じことをやり返していいってわけじゃねぇ。それに、何でもそうだけど、やり返してスカッとすんのは一瞬だ。アンタはその一瞬の快感のために生きてんのか?」

 セピアは静かに小さく首を振った。

「党首として、他の国から攻撃されんのを全力で護るアンタは間違ってねぇと、俺は思う。けど、恨みつらみで攻撃を仕掛けんのは、確実に間違ってるとも思う」

「すぅちゃん」

 くぅの消えそうな呼びかけにハッと我に返った蘇芳は、口ごもりながら右手で前髪をグシャグシャと乱した。

「ま、まぁよ。これは俺の正義感だからアンタとは違って当たり前だ。押し付けるつもりも、受け入れてほしいとも言わねぇ。忘れるなら忘れて」

 それから再び手を合わせ、食事へと集中を向け直した。

「党首とはいえ、アンタの意見だけがあっても、それでもどうにもなんねぇことがあんのはわかってるつもり」

 それだけ言い残すと、蘇芳は一心不乱に粥を口へ詰め込み、ドロドロで噛む必要もないがきちんと三〇を数え終えるまで顎を動かしていた。

「そう、だな」

 眉尻を下げすっかり肩を落とすセピアは、肩肘張った党首ではなく、ただの一人の人間になっていた。



   ◆   ◆   ◆



 夢を視ていた。

 長い、長い、夢を。


「おいっ、何してんだよ」

「!」

「それに触るのはダメだって、自分が一番目くじらたててたじゃないか!」

「べっ、別にいいじゃん。もうわたしが継承したんだから」

「よくないっ。それでどこ行くつもりだ?」

「どこか、遠く。……ああ、そうよっ、母さまのところよ!」

「目を醒ませよ! ■■のお母さんは亡くなったんだ。そんなこと■■が一番わかってるだろ!」

「わかってるよ! だけど、母さまが居ない世界なんて、まるで突然宇宙に放り出された気分なの! もう息ができない……苦しいんだよっ」

「お、おい、■■?!」

「放っといて……」

「落ち着けっ、■■っ!」

「もう、放っといてよォっ!」

「ダメだ■■ーっ!」


 あぁ、そうだ。思い出した。

 そう。

 あの時、力が暴走したんだ。

 この夢は『あの時』の記憶か。

 わざわざ夢になって、あらわれたのか──。



   ◆   ◆   ◆



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます