撫子 6

   ◆   ◆   ◆



 誰かを、ずっと前から探している気がする。


 深い寒色を纏っている人間が一人、この前からぼんやりと形になって見えるようになった。


 誰なんだ、アンタ。

 たった一回でいいから、どうか答えてはくれないだろうか。


 まぁ、無言だよな。


 けど、今はそれでもいいんだ。

 俺はアンタを捜し続けるだけだ。

 捜していれば、いつか必ずアンタに辿り着けるんだろうから。




 ガチャリ……

 ──鍵の鳴る音がした。



   ◆   ◆   ◆



 四日目。

 朝食を済ませた蘇芳とくぅは、夜さまの言葉に従うこととなった。

「くぅは『ドア』を頼む。すぅは変わらず白木しらきどのの手伝いにまわれ。よいな」

「はぁーいっ」

「夜さまは?」

「儂はやるべき事に備え、すぅの近くにおる」

 夜さまはシュルリと尻尾をうねらせ鼻をフンと鳴らした。

「やるべき事って何だよ?」

「まぁ、直にわかる」

 「んだそりゃ」と溢し口を尖らせた。

 蘇芳は夜さまの曖昧な言い方に常に壁を感じてならない。はぐらかされたような、腑に落ちない返答の連続にどうにもモヤモヤは積もる。

「ではくぅよ、儂も事が終わり次第向かおうぞ」

「うんっ、それまで任せてぇ!」

 そうしてくぅは、ピョンと跳ねるように廊下へ出るとそのまま振り返りもせずに行ってしまった。

「儂らも行くぞ、すぅ」

「うぃーす……」

 夜さまの『事』については気にしないよう努めながら、夜さまを左肩に乗せ店先へ向かった。

「おはよーございまーす。おやっさん、今日は何手伝う?」

 入口の掃除をしていた白木へ声をかけると、白木は「頼まれてくれぬか」と白髪混じりの眉を下げた。

「角を曲がったその先の反物屋が、城まで車引きを頼みたいと言うてきてな。高価な反物をお持ちせねばならぬそうだ」

「へぇー、護衛も兼ねてってことかな」

「さしずめな」

「いいっすよ、行ってきます」

「すまぬなぁ」

 城か、とそれだけで蘇芳は浮き足立った。「俺も会いに行く」と撫子に言った昨日の一言がこんなにも易々と叶えられても良いのだろうかと、そうして顔の緩みは加速する。

 夜さまは特に異論も述べず、蘇芳の肩にくっついたまま反物屋へと同行することになった。

 店を出ると、爽やかな朝の空気感に思わず目を細めた。蘇芳は深呼吸を繰り返しながら反物屋へ早足になる。草鞋から伝わる土の感触に、ようやく足の裏が慣れてきた。

「夜さまは俺に用事なわけ?」

「六割な」

「じゃ残りは?」

「確認作業じゃ」

「何を、確認すんだよ」

「はてのう」

 また教えてもらえない、と今度は舌打ちをひとつ。夜さまにもハッキリと聞こえてしまったであろうが、目立った反応がなかったため話は簡単に流れてしまった。

「お待たせしました、蘇芳っス」

 反物屋に着くと、店先には既に荷車が用意されていた。米を積んだものよりも二回りほど小さい荷車には、色彩豊かな着物生地がまるで巻物のように巻き纏めていくつも積まれてある。暖色系が目立つが、織りで浮き模様を入れている特殊な白い生地も目についた。

 これのどれかが撫子の着物となるのかもしれない、と蘇芳はそれだけで頬が緩んだ。

「よう参られました、反物屋主人のこんでござんす。この荷車を引き城まで向かってくんなまし」

 ゆったりとした口調でそう微笑む反物屋の主人のこんは、細く切れ長の目をし、にんまりと笑うとまるで狐が化けたようにも見える。男性にしてはやや高い声色が、妖艶で不可思議な空気を纏っているように感じてしまった。

 名は体を表すとはよく言ったもんだ、と蘇芳はこっそりと『つい』笑ってしまった。

「城の中まで行きます?」

「へぇ。城内まで頼みもうす」

「ウス」

 夜さまは反物屋のこんに見つからないよう、荷車の影に隠れながら着いてきた。

 荷車は米を牽引するよりも格段に軽く、撫子を想えば共に心持ちまで弾んだため、あれよあれよのうちに城へ辿り着いた。

 白木同様、門番への挨拶後にその門が重く開かれると、反物屋の今は蘇芳の前へ出て「こちらに」と促す。そうして倉の前で一旦止まる。

「暫し待たれよ」

「ウス」

 またこれか、と蘇芳は肩を落とした。

 すっかり反物屋のこんが見えなくなると、夜さまは蘇芳の右肩へ飛び乗ってきた。

「ヌシ、何やらやきもきしておるようじゃの」

 なんでもない事のように訊ねる夜さまへのイラつきが増す。蘇芳は目を細くし無愛想に「わかる?」と吐いた。

「さしずめ、儂の言うこと全てが不透明で、ちと疎外感を感じとるんじゃろ」

「ムカつくくらいハッキリ言ってくれんね……」

 左目がそうしてヒクつくと、蘇芳の鬱憤は簡単に破裂した。まるで何十も連なった爆竹の束へ、擦ったマッチをひとつ投げ入れたような危険度で、黒くどろどろとした感情が言葉となり勢いよく漏れ出る。

「あぁそうだよ、めちゃめちゃアンタに腹立ってる。内緒秘密が多すぎっから。勝手に連れてこられたのに、俺だけいろいろ全然わかんねぇ事ばっかでさ。俺、何のために居るんだっけってクソ不安なわけ。こっ恥ずかしいけど。わかる?」

「ふむ、然様であったか。考えもせなんだ」

 キョトンと夜さまは目を見開き、カクンとその頭を下げた。

「無礼であったな、詫びよう」

「え」

 てっきり反論やら怒られるやらと予想していた蘇芳であったが、まさか「詫び」だなんて、と呆気に取られる。寄った眉はハの字になり、瞬きをゆっくりと三度繰り返した。

「あのさ、夜さまのそういうとこ、ぶっちゃけ調子狂う」

「何故じゃ。気分を害してしもうたなら即座に詫びを入れるのが筋であろう?」

 蘇芳は口を尖らせ「まぁ、そうだけど」と顔を外へ向ける。

「まぁ、うーん。もういいや。俺このままイライラしてたらそのうち夜さまに蹴りとか入れちゃいそうでヤバいから流すわ」

「ヌシのそういうさっぱりしたところは、相変わらず好感が持てるぞ」

「なにそれ、ご機嫌取り?」

「言葉のままじゃて」

「フッ、あんがと」

 夜さまへようやく口角を上げられると、顔を向け訊ねた。

「なぁ、じゃあもう答えられる範囲でいいからちゃんと教えてほしいんだけどさ」

 言いながらその場にしゃがみこむ蘇芳。

 夜さまもポンと肩から下り、蘇芳の右隣へ腰を下ろした。

「『捜し物してる』って最初に夜さま言ったよな? それって『ドア』の外……こういう、どっかの時代の中で探してんの?」

「然様」

「もしかして今二人は、『ドア』も『それ』も探してんの? だから時間かかってるワケ?」

「まぁ、そうじゃな」

 夜さまは薄目を開け、綺麗に敷かれている石畳へ目をやった。

「ヌシの言うとおり、儂とくぅは『ドア』以外にも捜し物をしとる。それ故『ドア』を潜り続けておる。この時代に、しかしそれが無いことは『狭間』に居る時分よりわかっておった」

「は? んじゃこの時代に出た意味は特にねぇっての?」

「そうではない。むしろ望みし重要な時代に出られたわ。昨日言うたであろう、ヌシはここで『重要な出逢い』をすると」

「ん、ちょっと待って」

 蘇芳はきゅっと眉を寄せ、右腕で頬杖ついた。口元を覆うようにし、徐々に大きくなっていた声を再び潜める。

「じゃあ、俺の『重要な出逢い』のために、夜さまとくぅは『この時代に』俺をわざわざ連れてきた、っつー事? 二人の手伝いの他に、そういう目的も初めから俺にちゃんとあったっての?」

 夜さまは、ひとつひとつ言葉を選ぶようにそう問う蘇芳へ真っ直ぐ向き直る。

「まぁ。ほぼ、正解じゃ」

 夜さまから目を逸らすことができない。その視線はまるで返しが付いている釣り針のように、一度刺さるとなかなか抜けないとすり込まれる強さを孕んでいる。

「今も言うたとおり、ヌシはとある人物に『出逢うため』ここに居る。それがヌシの『サガシモノ』であり『重要な出逢い』じゃ」

 フッと鼻を鳴らし、その尻尾がゆらりと揺れた。

「俺の『サガシモノ』、か」

 どうにかして必ず見つけたいな、と蘇芳は伏し目に考え耽った。

 『それ』が撫子であったのなら、どれだけ素晴らしいだろう。時を越えた運命──とても感動的だと蘇芳の期待が膨らむ。胸の奥がジンと熱くなるのを感じた。

「ん?」

 しかしふと、なぜだかくぅの顔が浮かんだ。そして、昨日くぅが話していた内容が、まるで早送り再生のようにダーっとものすごい速さで脳内を流れていったのである。

「そうだ。なぁ夜さま、くぅも『サガシモノ』してんだろ? アイツもちゃんと『重要な出逢い』、どっかで出来んのか?」

「くぅ? なぜ今それを?」

「アイツも逢いてぇって……『そういうヤツがいるんだ』って言ってたんだ、昨日」

 夜さまの眉間がキッと詰まり、アメジストのような瞳がギラッと光ったような気がした。

 しかし退かず、むしろ食って掛かるように前のめりに言葉を連ねる。蘇芳の心音が、少しずつ少しずつ速くなってゆく。

「それ俺もなんだ、同じなんだよ俺とくぅはっ。俺も昔からずっと、無意識のうちに逢いたいと思って漠然と捜してるヤツが居る……それが夜さまの今の話的に『重要な出逢い』だってことっぽいんだ」

 心臓が、脈拍が、明らかに速いことがはっきりとわかる。言葉が止まらず溢れ出る。

「思い込みかもしんねぇけど、それでも『ずっと前から捜してるような気がするその人』が夜さまの言う『重要な出逢いの人』っつー可能性があんなら、俺もくぅも絶対にどんなことでもするし付き合うから、だから──」「落ち着け、すぅ」

 強く、ピシャリと放たれた一言。

「その人物が誰であるか、それは各々で出逢い見定めるしかない。儂は教えられん」

 しかし嫌悪感や邪険にしたものではなかったことを蘇芳はきちんと読み取った。

 口を噤み下唇を柔く噛む。鼻で息を吸うと眉間はぎゅうっと詰まった。

「ただ。ひとつだけ明かせば、ヌシはどうやら既に出逢えとったようじゃ。その確認をしたくて今日ヌシに着いてきた」

 夜さまは小さくそう言いながら腰を上げ、細く長い尻尾をシュルンとうねらせると、蘇芳の目の前を横切りその場を去ろうとした。

「えっ、ちょっ。待てよ夜さま!」

 蘇芳はそうして勢いよく立ち上がると、夜さまは半身を捻り振り返った。

「既にって何だよ? まだ俺なんもわかってねぇよ!」

「儂からは教えられんと言うとろう」

 夜さまは少しの沈黙の後にその場へ腰を下ろす。

「よいか。ヌシはもう、知っておるじゃろ。わかっとらんはずなどない」

 心を見透かしているように夜さまは蘇芳に語りかける。そのまなざしに、首筋から背にかけてザアと鳥肌が駆け降りてゆくのを感じた。

「その内に想い描くは誰ぞ」

 じゃあやっぱり、と蘇芳はじっと夜さまのアメジストのような瞳の奥を見詰め返す。

 蘇芳は、その正体について既に確信を得ていたことに気が付いた。もう答えは、自らの中に確固たるものとして握っていたのだ。

「あ……」

 瞳孔が開く。

 口がワナワナと震える。

 知らない身震いに目の前が揺れる。

 胸の奥の熱いところが痛みに似た締め付けを始める。

「すぅ、どうした?」

(胸が、苦し──)

 ゴクリ、と生唾が喉奥を過ぎてゆくと、蘇芳の視界が突然真っ白な霧に包まれた。

「う、あ……」

 身体の自由が利かない。出来ることは瞬きと呼吸のみのようだ。

 白い霧はあっという間に濃くなる。夜さまも城の景色も何も見えなくなる。


「蘇芳……」

「蘇芳、蘇芳、蘇芳」

「すおう」

「す──す、おう」

「蘇芳ー、蘇芳っ」

「すおうすおうすおうすおうすおう」

「蘇芳、……蘇芳──」


 名を呼ぶ様々な知らない声が、その霧の中にガンガンと響いていた。

(クッ、誰だ……誰なんだっ! 俺をそうして呼び続けるのは誰なんだよ?!)

 思わず耳を塞ぎたくなるが、やはり身体の自由は利かない。


「すぅ! 蘇芳っ!」

「すぅちゃん、すぅちゃあんっ!」


 この場に居ないはずのくぅの声まで聴こえてきた。

「あぁ、俺……」

 限界かな、とその瞬間、蘇芳の瞼は突然筋力を失った。

 ドサリ、と重たい何かが倒れこむ音がする。自分自身がそこへ横たわる音だということに気が付つくことができない。

「蘇芳っ、しっかりせい! 蘇芳!」

 頬に、石畳の冷たさが滲みていた。

 夜さまの心配そうな声色に反応できないもどかしさはわかる。猫の鳴き声が、やけに近くてとても遠い。

「…………」

 胸の苦しみも、ジクジクとやけに熱く痛かった。



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