変わらない世界で
変わらない世界で
オレは毎日花瓶の水を換える。
遠くに行ってしまった恋人が「好きだ」と言って飾った花だから、枯らしたくない。
女々しいとは思うが、枯れることがないとわかっているのに毎日チェックしてしまう。
窓から外を見ると、今日も晴れていた。雨が降るのを一度この目で見てみたいものだ。
雨がどんなものか思い出すことは出来るが、雨というものを実際に体験したことは一度もない。
ピンポーン。玄関のベルが鳴った。「ほ~い」適当な返事をして戸を開ける。
友人が、リンゴでいっぱいの木箱を持って立っていた。
「またかよ」
「うん。いっぱい採れたから、お裾分け」
「ふざけんな」
家の中の、ある一角をそいつに示す。そこにはそいつが持って来たのと同じ、リンゴでいっぱいの木箱が三つ、積み上がっている。
「もういい加減、いらねーよ。毎日毎日押しつけに気やがって」
「そう言わないで頑張って食べてよ。うちの倉庫にはもう入らないんだ」
友人は勝手に木箱を靴箱の上に置いた。
「僕らも頑張って食べてるんだけど、追っつかないからさ」
「なんでオレまでお前んちのために頑張らなきゃいけね~んだよ……大体、倉庫に入んねーなら採らなきゃいいじゃんか。ほっといたって腐りゃしねーんだし」
「僕もそう思うんだけどね……」
オレの言葉に、友人は少し寂しそうに笑った。
「君が花瓶の水を換えるように、僕が子犬の世話をするように、お父さんはリンゴを採るんだよ」
「……そ~かよ」
オレはため息をついた。そういうことならどうしようもない。
「……ジャムでも作るか……」
「手伝おうか?」
「頼む」
その日はそのまま、2人でジャムを作ったり、とりとめのない話をしたりして過ごした。
夕方になり、友人は家の手伝いがあるからと帰って行った。「また明日ね」と笑うそいつに、オレは「おう」とだけ答える。
明日の朝も、オレは花瓶の水を換える。友人は子犬にエサをやってから、リンゴを持ってやって来るだろう。俺らがだべっている間、友人の親父さんはリンゴを収穫する。
明後日も、明明後日も。その先も。昨日も、一昨日も、その前も。
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