病みアンソロ『やみのまにまに』感想&短編の文体について

 2019年11月24日に文学フリマ東京にて頒布された、菖蒲あやめ様主催のアンソロジー『やみのまにまに』に参加させていただきました。短いですが、ひとつひとつの作品に感想を書いていこうと思います。


※読み違い等あったら申し訳ありません、ご指摘いただければと思います。

※ネタバレがありますので、まだ読まれていない方は読後にどうぞ! 




 まずね、この本構造がすごいんです。途中で上下が反転するんです。だからどちらからも読めるようになっている。どちらもオモテで、どちらもウラ。このループっぽい感じが「病み」っぽくておしゃれ。


★猫ペンギン様『きれいなおねえさん』

 前かがみにこちらを見上げるお姉さまがすてきな表紙絵。頬の血とボタンが飛びそうな胸の谷間に目が行きます。その微笑みは一体何を意味しているのか、想像力を掻き立てられます。ツイッターでも拝見しましたが、この方の描く女性はどれも色気があって好きです。


★雹月あさみ様『ヤミとヒカリ』

 途中で「もしかして……?」と思ったけど、やはり騙された! お互いが病んでいて、お互いが相手の光なのですね。本人たちが幸せならそれでいい、と思いつつ、それでいいのか、とモヤモヤが残る感じがなんとも絶妙です。メリーバッドエンドとして読みましたが、確かにタイトルのように「光」が見える終わり方でもありますね。こういう二人、リアルにどこかに存在していそうだと思いました。二人の世界の今後に幸あれ!


★坂水様『萌え出づる病』

 乾燥した砂漠地帯の空気、鮮やかな緑の文様が目の前に浮かぶようでした。美しいファンタジー世界だけど、蔓草病の症状や姉を「苗床さま」と崇める人々などの描写がリアルでとても引き込まれました。寄生ではなく、共生。アニマも病から与えられたものがあったのでしょう。今気づいたけれど、5ページと短めなのにとても内容が濃い。最小限の描写で必要な情報を描き、さらに読者の脳裏の物語世界を豊かにする技量はぜひ見習いたいです。


★小谷杏子様『ラブ・シック』

 冒頭の二人の会話、隠しきれない不穏な空気に一気に惹かれました。壊れそうで壊れない、けれども危うい関係。その脆さに、身勝手な愛の本質を見たような。相手に理想を求めるうちに、いつしか愛する人は自分の願いを満たすための道具となってしまう。麻依(依存の依!)の自己評価の低さは傷つくことを避けるためのものかと思いきや、信義の心をつなぎとめるだけの演技なのかもしれない。信義を「愛している」と思い込むことで命そのものを含むすべての責任を彼に押し付ける。病んでるなぁ……。


★富升針清様『病み升』

 語り口調が上手い。このどこか飄々としたテンションの高い語り、明るく見えながらもどこか不穏な空気を常にはらんでいて、読んでいる間ずっと不安を煽ってくる。多くの作品が恋愛感情を描く中でのこの「一方的な友情」、その異常さが際立っていてとても怖いです。「病みます!」と宣言しているように聞こえるタイトルからの、いかにもありそうな「升」の民間説話、殺人事件、クイズと、次々に新たな要素が出てくる展開で、最初に感じていた不安がだんだん薄まりつつある中でのあのラスト。見事です。


★田所米子様『ピンクチャーム』

 ずっと気になっていたタイトル。水仙の種類なのですね。「水仙」に「ニラ玉」でラストが読めた気になっておりましたが、全然違った! 高い筆力でするすると最後まで読まされてしまいました。出てくるいろいろな小道具がとても饒舌に物語世界と人物を語っています。読み終わった後でピンクチャームの写真を検索してみましたが、とても不気味に見えました。理香が口紅を施した唇のような……。


★秋空脱兎様『Oblate/Outspoken』

「自分は悪くない」と周囲に向かって呪詛の言葉を吐く兄の心情描写が見事に病んでいて、彼に同情してしまいます。妹にとって、兄の思いの詰まったあの石は単なる石でしかないのか……と思うと、切なくなります。けれども作者様の仰るように「病み」が「心にこびりついたもの」であるならば、あの石の存在は妹にとっての「病み」になるのかもしれないですね。あの場では悪態をついているけれど、兄の言葉は今後重たく彼女に憑りつくことになるのかも。


★ゆきひらさぎり様『まどろみにえいえん』

 繊細な言葉の奔流、その裏に「ねこ」のさまざまな感情が入り混じって見えて、表情まで見えるような思いでした。「ねこ」は本当に「わたし」が大好きだったんだなぁ……。誰もいなくなった世界で「わたし」の記憶とともに言葉を紡ぐ「ねこ」。この子に永遠に終わりが来ないのだと考えると、とてもせつないです。


★結葉天樹様『アナタノシアワセ、ワタシノシアワセ』

 自動人形と心というテーマで「病み」を見事に描き出した本作。ウィルの鈍感ぶりがかわいいと思える反面、あのような結末を招いてしまったのもウィルの甘さ――チカへの偏愛が原因だったのかと思うと、ファムが本当にかわいそうで……。機械であるはずのチカが無自覚に病んでいるのがとても怖いです。心がきちんとあるということですものね。全然関係ないのですが、「七つの大罪」のゴウセルの過去回を見たばかりだったのでちょっと重ねてしまいました。


★ねこ文明様『海の底で、また貴方に恋をする』

 高校生とは思えない文章力と、まるで見てきたかのような描写力。赤ん坊の泣き声と時計の音が閉鎖的な地下室の停滞した空気をよく表しています。絵の中で彼岸との境目である砂浜に立つ二人は、互いのことと死しか見えていないのでしょう。「愛する相手の愛の中で死ぬ」という願いが、彼女たちを取り巻く環境や時代的背景の中では至極まっとうで美しいものに思えます。ラストでは、エメラルド色の海の底に沈む二人の姿が見えました。


★空見ゐか様『血色の諂笑』

 もう一つの表紙絵。「諂笑てんしょう」は初めて見た単語。「追従笑い」という意味なのですね。どこか人形のような血の気のない少女ですが、中のイラストでは口元に血が。腕を結ぶ血管のような三本のリボンに、フリーダ・カーロの『二人のフリーダ』を思い出しました。周囲にはカッターナイフと薬が。「病み」を象徴するアイテムですね。


★節トキ様『不仕合わせに咲く花』

 これぞ共依存! 正しく病んでいる。この姉妹が今後どうなっていくのか、ちょっと考えただけでも本当に怖いです。ずぶずぶと深い沼にはまっていくような。姉よりも、天性の魅力で他人を洗脳・コントロールできるうえに「新たな私たち」にそれを継承させようとしているアカリのほうが病んでいると言えるのでしょうか。「花」と「水」という喩えがとても美しくて効いていて素敵。


★春木のん様『イタいオレの隣に現れたかわいそうが大好きなアンタさん』

 短編ですが、このテーマで一本ドラマが作れるんじゃないかなあ、と思いました。それくらい強烈な個性を持った魅力的な二人。長いとは言えない文章量でここまで個性を描き出せるのはすごいと思いました。女であるがゆえに引きずっていかなければいけない臓器、それに関連した運命と、折り合いのつけ方。互いに穴を埋めた二人の今後が気になります。


★きつねづか愛弓様『花蜜の果てのプリエール』

 耽美……! 「黒密水」「砂桜」といった名前、モリオンにオックスブラッド、出てくる単語がいちいち美しい。全編を通して鮮やかな血の色と匂い、少女たちの危うい柔らかさと奥底に眠る何よりも大きな狂気を感じました。どこからどこまでが夢? むしろ全部夢だったのだろうか? いや、全部夢じゃないのかも。黄蝶が精神病院で生み出した妄想なんだろうか。読んでいると不思議な世界に引きずり込まれ。読んだ後もいろいろな可能性を考えられる作品でした。タイトルもすてき。


★蟹平様『紫を匍う毛虫』

 なんというすばらしい文章。好みです。千蝉という名から蝉丸を想起していたら本編に出て来たのでうれしくなりました。狂気と化してしまった彼の愛。黙ってその愛を受け入れる遥もまた、狂気のもとに彼を愛しているのかもしれない。ぴんと張りつめた静謐な空気の中、どこからか遠く蝉の声が響いて来るような……時間と空間を超えた美しい「病み」を感じさせてくれる作品でした。

 余談ですが、解説に『桜の森の満開の下』が出てきてドキッとしました。私の『桜花一片に願いを』はそのラストにかなり寄せたものとなっているからです。は、恥ずかしい……! 坂口安吾は私も大好きでオススメです。


★本庄照様『夜を急ぎて』

 途中で、もしかしたら……と思っていたら、やはり、というか、それを上回るラストでした。腕時計の象徴としての使い方が上手い! 星を抱く宇宙を見ているスズさんと、炎たる星を見ている主人公。その性質の対比がそのまま彼らの運命に繋がっているようで。「自分」という存在など、結局定義できない不確かなものなのかもしれない、と考えさせられました。ツイッターにあげられていたスズさんのイラストがイケメンで好みです。


★菖蒲あやめ様『ざりがにごっこ』

 怖い怖い。濁った水の冷たさや泥の匂い、血の鮮やかな赤が生々しく感じられる描写に、背筋は寒く、手首にはほのかに痛みを感じるほどでした。短い物語なのに、読んでいくごとにずぶずぶと自分も水の中に引きずり込まれていくような感覚。ループもの?と思わせる不穏なラストも不気味です。終わった後も、あの物語の中では悪夢が続くのだろうか……とぞわぞわしてしまいました。


★斉賀朗数様『廃墟の飯事』

 五感にびりびりと訴える文章。虚を抱えた主人公、どれだけ魅力的な少年なんだ……!と夢想してしまいました。穴を埋めるという行為で描かれる依存がすなわち「病み」と言えるのでしょうか。依存とは相手によりかかることではなく、自分を消耗して相手の穴を埋める――と「思い込む」ことなのかな。「思い込む」は「信じる」の一歩手前の世界の変え方だと思っている自分にとって、「檸檬」が世界を壊して作り変える爆弾のメタファーとして使われているのは心地よかったです。


★窓井巡様『Rapunzel』

 これはすごい。この本の境界にふさわしい作品です。全てがあべこべで対になっています。時空を超えて、少女たちは互いが互いを夢に見る。髪の毛とチューブでそれぞれが扉絵につながっているのもすてき。生きることそのものは「夢」で、それ自体が「病み」の正体なのかも……とか考えてしまいました。


 というわけで、素晴らしい傑作ぞろいのアンソロジーでした。こんなすてきな企画に参加できたことをうれしく思います。本当にありがとうございました。

 だからこそ悔やまれるのが私の寄稿した『桜花一片に願いを』の中途半端な出来です。以下、皆様の作品を読んで学んだことをふまえた反省点を。


 私は小説を書き始めた当初、短編しか書けませんでした。長編の文体というものを知らず、「シーンを切り取る」ことしかできなかったのです。

 そのうえ私の書く短編は「物語」とは言えませんでした。「空気感を切り取って描写する」ことは得意でしたが、それをひとつの物語に仕立て上げるのが大変苦手だったのです。オチのないスケッチのような駄文を書いては「だから何?」と言われ続けました。

 今回、この弱点が顕著に出てしまったな……と感じています。長編を書くようになってから心がけるようになった「説明的な文章を避ける」という癖も悪く働いてしまいました。短編という短い枚数で物語を描くには、説明的な文章が絶対必要……というかむしろ描写はここぞというところのみで、メインは説明でいいんだ、ということを学ばせていただきました。しかしこれは、説明を説明と感じさせない皆様の筆力があってこそですね。

 そして「書き込むべきところ」と「省略するところ」のバランスです。これが皆さん本当に上手い。私の『桜花一片に願いを』はこのメリハリがありません。物語全体が緩やかな流れに乗らずにぶつぶつと途切れる「シーンのつなぎ合わせ」になってしまったのは、全体を通して同じペースで話を進めているせいです。なんだか、のっぺりしているのです。下敷きの掌編がシーンの切り貼りだったとはいえ、この構成はもう少し考えるべきでした。無念。


 そしてもうひとつ、「病み」というテーマについて。

 これは「わ~初めてのテーマだ~」とか思ってたんですけど、よく考えたら私が過去に書いた純文学作品は主人公が全員病んでました。むしろ「病み=文学」なんじゃ? と思ったり。「病み」という言葉で改めて提示されたことによって、変に力が入ってしまったのかもしれません。いつも通り書けばよかったんじゃないか。ということでとてもいいテーマでした。「病み」。


 ……と、ここまで書いて、「短編の名手と言ったら向田邦子じゃないか!」と思い出し、『思い出トランプ』を引っ張り出してきました。読んだのは二十年近く前のことなので、もう一度読んで、何か気づきがあったら別記事にて書こうと思います。


 しかし、こうして自分の小説が本になるというのはとてもいいものですね。高校の頃、文芸部に入ったはいいものの別の部活が忙しくなり即退部した私にとってまさに初めてのことで、とてもいい経験になりました。カクヨムコンには出ない予定ですが、短編を書きたくなりました。

 菖蒲あやめ様、お声をかけてくださり、本当にありがとうございました!

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