会話文について
会話文は、得意な方が多いのではないでしょうか。よく「セリフだけで話を進めてしまい、地の文がうまく書けない」という悩みを見かけます。それくらい、セリフは、作りやすく書きやすいものと認識されているように思います。
セリフは、一度書いたら書き直す必要はほぼない。たいして考えずにポンポン書ける、簡単なもの――そう思っていた時期が、私にもありました。
しかし、純文学からエンタメ(児童向け)に転向した私にとって、一番の鬼門がこの「会話文の処理」でした。
具体的にどういうことかと申しますと……
同じ場に三人以上の登場人物がいて、会話を繰り広げている場合。
書いているうちに、「そのセリフが誰のものなのか」を明示する必要が出てきます。
最初のうちは、それほど苦労に感じませんでした。セリフの後に、[〇〇が言った。]という地の文を加えるだけで問題がなかったのですから。
ところが、それを続けているうちに問題が生じました。
単調になる。
会話の場面が長くなればなるほど、この[〇〇が言った。]の多用に、我慢ならなくなってきたのです。
そこで今度は、ここをいろいろ工夫してみました。[〇〇は目を見開いた。][〇〇が、肩を震わせながら言った。]とかですね。
でも、それも限界でした。毎回毎回、セリフの話し手を明示する必要があるたびに、こんなどうでもいい描写を挟んで文体のリズムを損なう必要が果たしてあるのかどうか、疑問に思いました。
同時に、思いました。世の作家は、一体どのようにこの問題に対処しているのか?と。
そこで今回は、あまり意識して読むことのなかったこの「会話文の処理」について研究した成果をまとめてみようと思います。
まずは、自分で考えた対処法について。
・登場人物の一人称を全て変える(おれ、僕、ワイ、わたし、あたしなど)
・登場人物に特徴的な口癖や語尾をつける(~~だなも、など)
・そもそも「三人以上で話す」という状況を回避する
・「二人が話しているのを残りのメンバーが聞いて、たまに口を挟む」パターンにする
ところが、これだけでは全然ダメなのです。会話文に必ずしも一人称が登場するわけではないし、口癖や語尾も、よっぽど特殊な登場人物(人外など)でないと不自然になります。残り二つも、状況によってはできませんし、毎回は使えません。
前章でもご紹介したディーン・R・クーンツの『ベストセラー小説の書き方』において、彼はこの点について次のように語っています。
“話し手を明示する必要がある場合、その九割がたは、たんに「言った」「たずねた」でことたりる。残り一割の、なにか強いことばが要求される場合でも、「叫んだ」「呼びかけた」「答えた」「主張した」などの風変わりでない普通のことばでじゅうぶんまにあう。”(ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方』、朝日新聞出版、1996年、p254、朝日文庫)
私はここを見て、目玉が飛び出る思いでした。しかもクーンツはこの後、前述の私の工夫([〇〇は目を見開いた。]など)をバッサリ否定するのです。そんなことは無知な新人がやることだ、と。
で、実際今の私は、これを守っています。ほとんどすべての箇所で[〇〇が言った。]しか使用していません。
けれどもやっぱり、私は不安に思ったのです。やっぱりなんか、違う気がする、と。だいいち、アメリカ人作家の言うことを鵜呑みにしていていいのだろうかと。ここは日本じゃないかと。アメリカの小説と日本の小説じゃ、いろいろ違うんじゃないかと。そもそも英語と日本語って全然違うよねと。
【実際に調べてみた】
というわけで、実際に調べてみました。今回は、家にあった有栖川有栖の小説『朱色の研究』(角川文庫)、および岩井恭平による映画『サマーウォーズ』のノベライズ(角川文庫)を参考にしてみました。
有栖川を選んだ理由は、推理小説の場合、ひとつの場所に複数の人物が集まって話す、というシチュエーションが描かれることが多いためです。『サマーウォーズ』は、映画を見たことがある方ならわかると思うのですが、登場人物がとても多く、いろいろな人が交互にしゃべる場面が多かったためです。
まず、『朱色の研究』において、セリフの前後で話し手を明示しているとき、「言う」以外のどのような単語が使われているのか、全てではありませんが、主だったものを抜き出してみました。時制は現在形に統一しています。
言う
答える
訊く
たずねる
語る
うながす
認める
確認する
告げる
つぶやく
伝える
反応する
口を挟む
言葉をかぶせる
説明する
うなずく
理解を示す
否定する
訂正する
制する
納得する
たしなめる
いさめる
はぐらかす
感心する
とがめる
なんとなく、汎用性の高い順で並べてみました。児童向けでは使える単語はちょっと限られてくるかもですが、これだけでもかなり参考になりました。
同時に気づいたことが、「話し手を明示する」のではなく、「アクションを描写する」目的の文章がとても多かったことです。以下、原文からアレンジしてますが、こんな感じです。
例1)
〇〇は運んできた椅子に腰かけながら、ため息を漏らした。
「(〇〇のセリフ)」
例2)
「(〇〇のセリフ)」
言いながら、〇〇がコーヒーを淹れる。
この他にも、話し手の表情や仕草、様子を描写する文章も多かったです。
『サマーウォーズ』の場合は、この「アクション描写とともに明示」というパターンが九割以上を占めており、上に並べたような言葉を使った[〇〇が言った]というような表現は、ほとんど見られませんでした。話し手の明示よりもアクション描写に重きが置かれており、一文が長いのが印象的でした。それでも文体のリズムやテンポが崩れず、とても自然にどんどん読み進めることができ、上手いなあ、と思いました。捨てゴマならぬ、捨て文がほとんど存在しないのです。
【役に立つかもしれないテクニック集】
以下は、『朱色の研究』および『サマーウォーズ』から学んだ、使えるかもしれないテクニック集です。例文は、原文そのままではなく、アレンジしています。
★地の文に埋めてしまう
例)〇〇は、「 」とたしなめた。
※『朱色の研究』、『サマーウォーズ』より。短いセリフの場合、有効です。
★一人の話し手によるセリフを分割し、間の地の文で話し手を明示
例)「 」〇〇は言う。「 」
※『朱色の研究』より。セリフそのものを工夫することで、リズムが生まれます。最初のカギカッコ内のセリフは、「でも」「そうですね」「ちょっと待って」など、性質のわかりやすい短めの言葉にするのがコツです。
★前後をいっぺんに明示
例)「(〇〇のセリフ)」〇〇の言葉に、△△はうなだれる。「(△△のセリフ)」
※『朱色の研究』、『サマーウォーズ』より。一つの文で話し手を二人明示でき、お得感があります。
★並べたセリフの後にまとめて明示
例1)「 」「 」「 」盛り上がる〇〇と△△に、□□が言った。
例2)「 」「 」「 」〇〇の言葉に、△△と□□がうなずいた。
※『サマーウォーズ』より。セリフの後に続く文を読んで初めて、それぞれのセリフの話し手が判明します。これは、似たような方法を私もすでに使っていたので、プロも使っていることがわかってうれしかったです。
★むしろ明示しない
例1)〇〇、△△、□□が顔を突き合わせている。「 」「 」「 」
例2)「 !」「 !」「 !!」一堂の野次が飛ぶ。
例3)親戚たちがざわめいた。「 」「 」「 」
※『サマーウォーズ』より。例1は、おそらくは順番に〇〇、△△、□□のセリフなのでしょうが、「誰がどれをしゃべっていてもいい」のだと感じました。例2、例3に関してもそうです。こうした場面において、話し手は問題ではありません。
これは、登場人物やセリフの性格に左右されます。『サマーウォーズ』は、ヒロインの親戚が一堂に会した屋敷内でエピソードが繰り広げられる話です。例1において、この〇〇、△△、□□は、家の仕事に没頭する女性たちでした。セリフは仕事に関するたわいのないものです。こういった場合、むやみに話し手を明示する必要はありませんので、このように「グループの会話」として表現しても、大きな問題はありません。例2、例3などは、セリフというよりも、場面を盛り上げる効果音のようなものですから、こちらも同様です。
【純文学とエンタメの違い】
今回有栖川の小説を研究して思ったのが、純文学とエンタメの文体の違いです。
純文学は、とにかく描写――地の文が第一です。三島由紀夫は著書『文章読本』の中で、「小説の会話は波が崩れる時に泡立つ白いしぶきのようなもの」というある評論家の意見に賛同しており、さらに地の文の
私は長いこと、これを守ってきました。会話をある程度続けなければいけない箇所には、その会話が必要な理由を持たせました。
ところが『朱色の研究』では、二人の人物による会話が、地の文なしで3ページ半続いた箇所がありました。ひとつのカギカッコ内のセリフが長かったせいもあるでしょうが、その間、地の文が一切挟まれないことは気になりませんでした。
結局、エンタメにおいて重要なことは、「いかに読者の頭にひっかかりを作ることなく物語に集中させるか」、ということなんだと思います。不必要な疑問を抱かせたり、不自然さを感じさせたり、そういった点が確実にクリアされていれば、細かい表現形式はそう問題にならないのでしょう。
『サマーウォーズ』の流れるような処理には感嘆しました。自分の書いたものと比べてみて感じたのは、セリフの割合の違いです。『サマーウォーズ』のほうは、セリフを厳選しているように感じました。不必要なセリフがないため、話し手を明示しなければならない場面もそのぶん少なくなっている。
私の場合はアクションではなくセリフで物語を進めがちなので、「セリフ、アクション、適切な描写」のバランスを常に意識しつつ、テンポを乱さない文体を目指していきたいなと思いました。
まあ、思うだけなら簡単なんですけどね。
今年は、会話文の上達を第一の目標に掲げようと、今思いました。
※「文体について」でも取り上げたディーン・R・クーンツの『ベストセラー小説の書き方』ですが、これは本当に良書です。本記事では、この本の内容を否定するような書き方になってしまっていますが、そのような意図はありません。とても参考になる、作家志望必読の書といってもいいくらいだと思っています。
本記事は、会話文の処理方法について、少しのサンプルを使って個人的に研究した結果を紹介したものです。正解はありません。会話文について私と同じような悩みを持っている方の参考になれば、という思いのもとで書かせていただきました。会話文について考えてみるきっかけを提供できれば、幸いです。
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