文体について

 今回は、文体について書いてみます。ついでに、描写する際に気をつけていることも書いてみたいと思います。


【文体はリズムである】


 文体は、リズム。

 小説を書き始めたばかりの頃から、私はこう考えてきました。村上春樹も「文体は音楽のようなもの」と言っていますが、まさしくその通りだと思います。

 長さや読点の位置などで、文章は大きく印象が変わります。読んでいて気持ちのいい文体を実現するには、いかに心地のいいリズムを作り出せるか、ということが重要になってきます。


 実際の文章で、リズムを見ていきたいと思います。

 以下は、拙著『箱夢』の文章を一部抜粋し、A、B、Cの記号を振ったものです。この箇所は実際は一段落で、改行は全くありません。


「ここで初めて行為に及んだとき、外に見える鉄塔を、あの部屋から見たものよりずっと少ない光と低い夜空の間に見ながら、家族で行った東京タワーを思い出した。(A)


 私は、幼少期の思い出をなぞろうとしているのかもしれない。自分の中にあった当たり前の家族像を、似た匂いのする男性と共に体現し、そうして過去の匂いに埋もれることを最終目的として生きてきたのかもしれない。(B)


 雨戸を閉めた部屋の外に感じる、静かな夜の気配。ただどこまでも広がる闇と、人の息遣いを感じる余地のない静寂。一緒にいて楽しく、安心できる優しい一人の男性と、できれば一人の娘。家族の夜。家族の週末。少し遠くへのドライブと、帰り道の星空。ビルの光。怒られながらも開けた窓の外、知らない街の冷たい空気。ラジオから流れる洋楽。望遠鏡を覗き、記念メダルを作り、おみやげに小さなタワーの模型を買い、階段で下へ降りる。はしゃぐ私、怖がる母親、笑う父親、その日の思い出を心の日記に描きながら、明日から始まる学校を遠くに思う。そんな普通の風景を、もう一度作りたい。(C)」――七海まち『箱夢』【四】より


 今見ると、いろいろと修正を施したい文章です。が、それはひとまず置いておき。


(A)は、読点で句をつなぎ、長い文章にしています。少し注意して読まないといけないくらい、意図的に読みにくくしています。音読してみるとわかりますが、語尾は「思い出していた」のほうが、リズム的にはバランスがよくなりそうです。


(B)は語尾を「かもしれない」で統一し、繰り返しています。この繰り返しは、リズム的にはクレシェンドのような効果を生みます。内容的に見ても、最初の一文の内容を、次の文章でより詳しく開いて分析しているという点で、クレシェンドに近いものになっています。


(C)では体言止めが続きます。(A)で言及した「思い出」の内容をしつこいくらいに並置することで具体化し、読者に想像を促しています。最後の一文は、(A)と(B)の内容をつなぎ、語り手の心理をまとめています。リズム的には、読み進めるにつれ、たたみかけるようにテンポアップしておきながら、中盤を経ると、段落の最後に向かってゆるやかに落ち着きを取り戻している、と言ったところでしょうか。もう少し語句をまとめたり離したり順番を変えたりといじることで、もっと良いリズムが生まれそうです。


 リズムの良い文体を作り出す鍵は、「音読」ですね。


【リアリティのある描写】


 これは、描かれている世界を「紙の中のオハナシ」にしないために必要な要素です。書割のような背景描写、ステレオタイプなキャラクター描写では、小説ではなく三文芝居になってしまいます。

 このリアリティは、村上龍の作品を読んで特に感じました。村上龍は、汚いものに関する描写を躊躇なく行っています。「吐瀉物でスカートが黄色く汚れた」とかですね。こうした「普段生活しているときは意識からはずれるもの、避けたいもの」を登場させることは、読者の持つ世界につながる橋の役割を果たしてくれます。ディーン・R・クーンツは、著書『ベストセラー小説の書き方』(良書!)の中で「トイレの中のクモの巣」を、この効果のために使ったと書いています。

 描写をする際、私たちはそこに「必要なもの」「簡単に思いつくもの」だけを配置しがちですが、もっと突っ込んで「実際にありそうなもの」を描くことで、場面に命を吹き込むことができます。


【語るのではなく、見せる】


 私含め、多くの小説初心者は、地の文でだらだらと説明をしてしまいがちです。どういう世界なのか、主人公はどういう人間なのか、どういう状況にあるのか、何が目的なのか。

 これはできれば地の文で語るのではなく、動きとして見せることで読者に伝えるべきです。動きとは、登場人物の「セリフ」と「動作」です。

 具体的に書いてみると、以下のようなものになります。


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「またその実験? ほんとに飽きないのね。あたしが覚えている限り、それで三十一回目よ」


 土曜の昼下がりの研究室に、高瀬詩織のかん高い声が響く。バタリと乱暴に閉められたドアの音にため息で抵抗を示しつつも、おれは実験の準備をする手を止めなかった。


「黙れ、この尻軽」

「失礼ね! あたしはこれでも、高校時代は高嶺の花って言われてたんだから。三年間であたしに告白してきた男の数なんて、数えきれないくらいよ」


 出た。またその常套句だ。魔法陣の描かれた布をちゃぶ台の上に敷きながら、おれは二度目のため息を吐いた。

 確かに、腰まで届く黒髪や透き通るような色白の肌を鑑みれば、こいつを一般的ないわゆる「美人」に分類することに異論はない。しかし、おれはこの女を「高嶺の花」などと称した男ども――本当にそんな奴がいるのならの話だが――に、声を大にして言いたい。「辞書を引いてみろ」と。

 果たしてこの女の一体どこを見れば「非の打ちどころがない誰もが憧れるような女性」だと称することができるのであろうか。


「高嶺の花の成れの果てがこのザマか。蝶よ花よと育てた大事な娘が、ろくに家にも帰らず研究室で男と雑魚寝をしているなんて知ったら、アメリカにいるご両親も、さぞかしお嘆きになることだろう」


 話でしか聞いたことのない高瀬の両親の顔をなんとなく想像しながら、おれは紫色のサテン生地の布をミリ単位で正確な位置に調整する。


「お嘆きになっているのは」


 高瀬はそう言って、大学横にあるスーパーのマークが入ったレジ袋を、部屋の隅に追いやられている長机の上に置いた。


「アンタの優秀なお兄様じゃなくて?」


 その瞬間、布を調整していたおれの手が、ひとりでに止まった。

 高瀬はレジ袋の中から何かを取り出し、プシュリと音を立てた。間違いない、いつも狂ったように飲んでいるレッドブルだ。高瀬は続ける。


「学年トップクラスの秀才だったっていうのに、バカ弟を大学に行かせるために、進学をあきらめて地元のメーカーに就職したって話じゃない。あんた、そのうちお兄様に呪われるわよ」

「兄貴の話はするな、気分が悪くなる」


 思いがけず、大きな声が出る。それまでよく動いていた高瀬の口は、途端にレッドブルに集中し始めたようだ。おれはひとつ、咳ばらいをした。


「ところで……指示した物は、きちんと買ってきたか?」

「クルミ? ちゃんと買ってきたわよ。これ領収書ね」

「ああ、そこに置いといてくれ。金はこないだのと一緒に、後でまとめて渡す」

「まったく、なんであたしが助手みたいな真似を……。ていうか何だっけ、アンタの実験。えーっと……『物体に染み込んだ霊魂の抽出』?」


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 今書きなぐったのでめちゃくちゃ下手な例ですが、つまりはこのようなことです。

 ここでは、登場人物の「おれ」と「高瀬詩織」の会話と、その間の動作が描写されています。

 その中に、次のような情報を描き出しています。


・現在の場所(隣にスーパーがある大学の研究室)


・現在の状況(「おれ」は何かの実験の準備をしている、おそらく大学生/その実験を過去に何度も繰り返している/その間、おそらく実験に必要と思われるクルミを高瀬に買いに行かせていた)


・「おれ」の性格及び家族関係(辞書における字義を暗記していたり、ミリ単位で布の位置を調整するなど、良く言えば几帳面、悪く言えば神経質な性格/人に頼みごとをしておいてろくに礼も言わない失礼な輩/しかも買い物にやったのは今回が初めてではないらしい/優秀な兄がいる/兄に対して複雑な感情を抱いている)


・高瀬詩織の出自及び性格(「おれ」と同じ大学に通う大学生らしい/アメリカに両親がいる/高校時代は高嶺の花と呼ばれていた美人/男と雑魚寝をする、家に帰らないなど、ガサツな性格/レッドブル好き)


・「おれ」の目的(物体に染み込んだ霊魂の抽出)


・「おれ」と高瀬の関係(互いを異性として意識していない、気の置けない仲)


 上記の情報の一部は、高瀬が実験室に入ってくる前に「おれ」による独白にて説明することもできます。しかし、冒頭部からこのように動きがあったほうが、物語に入りやすくなります。その動きの中で、登場人物の性格や過去、現在の状況や目的について描いているというわけです。

 ただ、見ていただいておわかりのように、私はこれが苦手です。まだまだ修行が必要です。


《2019/6/9追記》

 この「語るのではなく、見せる」を読んでいただき、さらに参考にして小説を書いてくださった方がいらっしゃいます。なんたる僥倖!

 私の書いた例よりも、こちらの作品のほうが描写で見せることができています。ぜひぜひ優れた実例を御覧になってみてください。

 詩一@シーチ様著、『引きこもり探偵』です。→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889765441

 描写だけでなく、物語自体も切なく美しく、とても楽しめます。ぜひぜひ。


【作者ではなく、主人公の視点で描写する】


 一人称、及び三人称の小説において、「視点」は常にひとつです。カメラが主人公の中にあるか、主人公の周辺にあるかという違いはありますが、一人称と三人称は、基本的には同じです(と思っています)。

 作中で描写をする場合、つい作品の外側から「作者の視点」で行ってしまいがちですが、「作中の主人公視点」から行うように意識すべきです。

 例えば他の登場人物の描写をする際、主人公がおしゃれ好きな年頃の女の子であれば、髪型やアクセサリーなど、細かい部分まで書くことで、「主人公が普段何に興味があるか」を同時に書くことができます。若い男性が女性を見る場合は、「細い脚」とか、スタイルの描写があるとリアルですね。

 背景や行動の描写についても同じです。「この主人公なら何を気にするか、どこに反応するか」を常に想像しながら書くと、主人公がどんな人間なのか、読者にもより伝わりやすくなります。

 ただ、これは最近意識し始めたばかりのことなので、こちらも私は得意ではありません。これから精進しようと思います。


  *


 だから、どうして毎回こう長くなってしまうんですかね。もっと簡潔に書いていきたいのに。

 途中で書いた「おれ」と高瀬の研究室のくだりは、実はもっと長かったのですが、あんまり長くても意味がないことに気づき、途中でばっさりと切りました。それでも無駄に長いですが。


 ……もっと、上手くなりたいです。

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