絶対領域 〜異世界転生で逆ハーレムを!

Akaneru

第1話(完結)

 カチ……



 カチカチッ……



「ふぅぁっ……!」




「っあ……。あっ……あ、ああ……」




「く、くるっ」





「き、きたっ!!!! あぁ、、おっ」



「これヤバい! 上がれ! 上がれ! 上がれ! 上がれ! もっと! もっと!!」



 あたしはマンションの一室で、悲鳴にも似た絶叫を上げた。


 それほど防音がしっかりしていないから、隣の住人にも聞こえているかもしれない。


 もしかしたら、何か全く別の行為をしていると誤解されるかもしれない。



 けど、そんなのはどうでもいい。


 これはあたし自身、『草薙凛』を解放するための戦いなのだ。



「いけ! いけ!! ……」



「っしゃあっ!!! これで7連勝!」



 外国為替証拠金取引、FX。


 あたしの自由はこいつにかかっている。



 右手に持ったスマートフォンの取引ツールアプリに表示された為替レートが目まぐるしく乱高下している。


 世界の金融市場は今まさに、危機のまっただ中。



 だが、こんな時こそ飛躍のチャンスなのだ。


 今夜あたしは、祖母の遺産を元手に億の世界へ行く。



 ◆◇◆



『学都線は8時43分頃に発生した人身事故により、全線で運転を見合わせております。これにより、各路線で振替輸送を行っております。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけしておりますことを――』



「あー勘弁してくれよぉ……」


「おはようございます。三谷です。電車が人身事故で止まってまして……ええ、ええ」


「これ、FXで大損ぶっこいた奴じゃないの?」


「昨日のスイスフラン、凄かったよな……数分であの下げ。誰も助からねーよ」



『お昼のニュースです。今朝、JRL学都線の新時津川駅で快速電車にはねられて死亡した女性の身元が判明し、時津市に住む23歳の会社員、草薙凛さんと分かりました。現場には遺書が落ちており――』



 ◆◇◆



 目覚めるはずのないあたしが目覚めたのは、辺りに何もない漆黒の空間だった。



「なに、ここ……。あたしは確か電車に飛び込んで……。死後の世界かしら?」



「ようこそ。ここは時の回廊……」



 いつの間にか、あたしの背後に女性らしき人影があった。



 生物かどうかすら怪しいその女性の出で立ちは……そう、女神という存在が本当に実在するのであれば、このような姿形をしているのだろうと思わせる外見だった。



「あなた、誰? あたしはやっぱり死んじゃったの?」



「はい、あなたは死にました。私はここ、時の回廊を担当する女神<マアト>」



「女神……ということは、もしかしてあたし、異世界に転生するの? なんかそういう小説を読んだことがあるんだけど」



「あなたには二つの選択肢が用意されています。一つは今の記憶を保ったまま異世界への転生。もう一つは魂の浄化、つまり全ての記憶を洗い流し、無に還ることです」



「あ、無に還ります」



「……え?」



 冷静で聡明な女神の顔に初めて動揺の色が浮かんでいるように見えた。



「もう生きるのしんどいんです。頑張りたくない。終わりにしたい」



「ま、待ってください! そう結論を急がないで。この空間は死んだ人全員が来れるわけじゃないの。現世で魂の限り、燃えるように生きた人間だけがこの空間に来れるのよ。あなたは選ばれた人間なのよ」



(今月の転生ノルマ、この子さえ転生させればクリアできる……!)



「燃えるようにってお祖母ちゃんの遺産でFXやったことが……?」



「例えばこんな世界はどう? 今一番人気なんだけど」



 女神は三枚綴りになった案内資料のようなものをあたしに渡した。


 こんな何もない空間でどうやって紙を調達したのだろう、という疑問が湧いたが、それはどうも野暮な気がしたので、心の中でかき消した。



『【あの、俺またやっちゃいました?】剣と魔法の中世ヨーロッパ風異世界! 奴隷:有 住民知能:低め 今ならチートスキル増量中!』



「なにこれ……」



 資料には萌え系と思しき女の子たちのイラストが描かれていた。どの子もボロ切れのような服装だ。奴隷というやつなのだろうか。



「12000ある異世界の中で11ヶ月連続満足度ランキング一位となっております。ちなみに弊社では転生後一年経過をメドに、満足度調査のアンケートにご協力いただいております」



 何か突然ビジネス口調になっているけど。まぁあたしには関係ない。



「弊社って何? 会社なの? ……まぁ男の妄想を体現した、頭悪そうな世界よね」



「お気に召しませんでしたか」



「剣と魔法でしょ。ということは戦闘があるんでしょ。あたしは自由と安全と安定と快楽が欲しいの。戦いたくなんかないの。あと、中世ヨーロッパなんか嫌。あたしは都会派なの。それに、奴隷とか要らないから」



「わかりました。こだわりの条件がお有りのようですね。よろしければ、今こちらでスクリーニングさせていただきます」



「まぁ、見るだけなら……。条件は……働かなくていい。それでいて文明や娯楽が地球並み、いえそれ以上に発展してて、争いや犯罪のない安全な世界。それから……」



「ふむふむ。それから?」



「……あたし以外に女がいない世界」



「逆ハーレムですね。分かりました。弊社の得意分野でございます! 条件は以上でよろしいですか?」



「得意分野なの!? まぁ……そんなところでいいです」



 あたし以外に女がいない世界。



 男たちの集団の中で女一人というのはどんなブスであっても愛される無敵モード、すなわち絶対領域なのだ。



「それでは物件を抽出しますから、そのままお待ちくださいね。いい物件があったら内覧されますか?」



「お願いします」



 ……何か、賃貸マンションのお部屋探しみたいな展開になってきた。



 異世界への転生なんて望んでいなかったけど、そんなに幅広い世界があるのなら一度見てみるくらいはいいかもしれないと思い始めていた。



「お待たせいたしました。こちらの世界などはいかがでしょうか」



 女神はそう言うと、どこから取り出してきたのか分からない二枚綴りの案内資料をあたしに手渡した。



「……」



「……」



「……イイ!」



 世の中は不思議なものだ。こんな都合のいい世界があってたまるか。



 ……あるんだなぁ。



 ◆◇◆



「では草薙凛さん、契約が完了しましたので、これより転生を行います」



「お願いします」



「では……」



 女神が囁くような小声で詠唱めいた言葉を呟くと、あたしは暖かく優しい光に包まれた。


 その光は徐々に眼前の女神すら視認できなくなるほど眩さを増し、次の瞬間、別の空間に転送された。





 ――あれから一年が経過した。



 女神マアトの言った通り、その世界には男しかいなかった。


 しかもイケメンばかりである。


 あたしはこの世界での生活に満足し、幸せを感じていた。



 地球よりも遙かに文明が進んだこの世界では、単為生殖の技術が確立されていた。


 争いも犯罪もなく、人が生きるために必要な物資の生産は全て自動化されていて、働く必要性も皆無だった。



 イケメンたちがお互いを愛し合う光景も、それはそれは尊いものだった。


 何か求めていたものと違うような気もしたけれど、そもそも何を求めていたのかも忘れてしまうほどに。



 ただ一つ、あたしが転生してきてからほどなくして、数件の犯罪が起こってしまったことは残念でならない。



「ありがとうございます。ご満足いただけているようで、弊社としても光栄です。また、犯罪の件でご不安にさせてしまい申し訳ございません」



「……最後に、ご出産おめでとうございます」



 満足度調査に訪れた女神マアトは感謝と謝罪、祝福の言葉を述べると、時の回廊へと帰還した。



 そして、二度とあたしの前に姿を見せることはなかった。

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