【第2部完結】魔王様とショコラ〜もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない〜

美雨音ハル

第1部 

プロローグ

焼き芋とホットミルク


「こ、ここが新しいご主人様のお家……」


 血のように赤い夕日が、古びた館を不気味な色に染め上げていた。

 カラスたちがカアカアと鳴き、肌寒い風が木の葉をカサコソと攫っていく。

 

 そんな底気味悪い館の前で、継ぎ接ぎだらけの風呂敷を背負った少女が、ゴクリと唾を飲んでいた。

 

 少女の頭から生えた茶色くてふわふわした耳は、いつもはピンと立っているはずなのに、へたれている。お尻のあたりから生えているしっぽも、ふるえて足の間に挟まっていた。

 

 少女の名を、ショコラと言う。

 

 犬系の獣人の子どもで、今日ははるばる、人間界の孤児院から魔界へとやってきた。

 新しい主人に仕えるために。

 

 ショコラは手に握っていた手紙を見た。

 手紙に書かれている日付は、ちゃんと今日になっている。

 ショコラは手紙をポケットにしまうと、おそるおそる、錆れた門に手をかけた。門は軋みながら、ゆっくりと開く。館には誰の気配もなく、ショコラは玄関の扉の前まで進むと、深呼吸してからノッカーを叩いた。


 コンコンコン。


「……」

 

 しばらくたっても、反応はない。

 

「ご、ごめんください!」


 勇気を振り絞って、声をかけてみる。

 けれどやっぱり、誰もでてくる気配はなかった。


(本当に、ここに魔王様が住んでいるのかな……?)


 ショコラは眉を寄せながら、首をかしげた。

 そもそもこの館には人気もないし、古いしで、なんだか想像していたのと違うような気もする。


(確かに立派なお館なんだけど……)


 ショコラがポケットに入っていた手紙を取り出して、じーっと眺めていると、後ろから声がかけられた。


「おーい、お嬢ちゃん。その館のご主人に何か用かい?」


「!」


 ショコラが後ろを振り返ると、首にタオルを巻いた畑帰りの老人が、ショコラを見ていた。

 普通の人よりも耳がとんがっているので、おそらくエルフなのだろう。

 ここに来る前に見たエルフの集落の者なのかもしれない。


「あ、あのっ、そうなんです、ご主人様に用があって」


 なんにしろ、助かった。

 ショコラがほっとして声を上げると、老人は手を上げて、館の方を差した。


「ご主人なら裏の畑にいたから、行ってみるといいよ。もう暗くなるから、気をつけてね」


「! ありがとうございます!」


(やっぱり、ここが魔王様の家なんだ)

 

 ショコラはしっぽを振って、親切な老人に頭を下げた。

 老人は微笑んで、ショコラに手を振った。

 ショコラは老人が去っていくのを見届けると、急いで館の裏手にまわった。

 老人の言った通り、館の裏の土地には小さな畑が広がっていた。


(ここに来るまでも畑が多かったし、そもそもここは山に囲まれているしで、なんだか魔王様って、意外と自然がいっぱいなところに住んでいるんだなぁ……)


 もっと人の多いところに住んでいるのかと思っていたのだが、そうではないようだった。

 それにしても、目的の人はどこだろう。

 そう思ってキョロキョロしていると、畑の方から細い煙が上がっているのが見えた。目を凝らせば、そのそばで誰かが焚き火を突っついている。


 ショコラが近づいてみると、そこにいたのはどうやら少年のようだった。

 ショコラと同じくらいの年齢(十五歳)か、少し上くらいだろう。

 簡素な白いシャツの腕をまくって、軍手をはめ、ぼうっと焚き火を見ている。


(もしかして、庭師さん?)


 庭師であれなんであれ、誰かに会えたのはよかった。

 ショコラはホッとして、庭師の少年に声をかけた。


「あのっ!」


 ショコラが声を上げると、少年はようやく顔を上げた。

 サラサラとした黒髪に、目が醒めるようなアイスブルーの、印象的な瞳。

 そして随分と整った顔立ちをした、全体的に綺麗な印象の少年だった。

 けれどその目はどこか眠そうで、やる気がなさそうにショコラを見上げている。


「は、はじめまして、わたし、ショコラと申します! あの、ご主人様はどこにいらっしゃいますか?」


 ショコラは勢いよく頭をさげる。


「……」


 少年は眠そうな目でじーっとショコラを眺めた。

 たっぷり十秒はたっただろうか。

 ようやく少年は口を開いた。


「こんにちは」


 スローペースな会話に、ショコラはがくっとなる。

 随分とのんびりした人だ。


「……ご主人様って人は知らないけど。この家の人たちは、みんな留守だよ」


「えっ!? お留守なんですか!?」


「うん。でももうちょっとで帰ってくるんじゃない」


「そ、そうなんですか」


 ショコラの顔に安堵が広がる。

 少年は眠そうな目を焚き火の中に向けると、持っていた木の枝で、中をつついた。そしてぶすりと何かを突き刺す。

 手元にそれをたぐり寄せると、どうやらそれは焼き芋のようだった。

 

 深い紫色の皮に包まれた、ほかほかとした芋。

 甘い匂いがショコラの元までやってきた。

 少年はぱっくりと二つにそれを割る。

 黄色がかったオレンジ色の身がぎっしりと詰まった、随分と甘そうな焼き芋だった。


 ぐぎゅ〜。


 ショコラはハッとして、お腹に手をあてた。ここ二、三日、ろくなものを食べていない。

 恥ずかしくなってあわあわしていると、少年はそばにあった丸太に腰を下ろした。それからショコラを見上げて、ずいと焼き芋を片方差し出した。


「焼き芋」


「え」


「食べる?」


 返事をする前に、再びお腹の方が先に返事をしてしまった。


 ◆


「ショコラはずっと人間界の孤児院で暮らしていたんですけど、ある日魔王『ラグナル』様からお手紙が来たんです」


「ふうん」


 あつあつの焼き芋を頬張りながら、ショコラは隣にいる少年にそう語った。

 結局、食欲に負けてしまって、ショコラはありがたく芋を頂戴していた。

 今、二人は丸太に並んで座っている。

 焚き火のそばには、ホットミルクのたっぷり入ったマグが置いてあった。


「そのお手紙には、ラグナル様の召使いになるために、お家に来なさいって書いてありました」


「……そうなの?」


「そうなんです」


 あつあつの焼き芋は、蜜がしたたるくらいに甘くて、美味しい。

 ショコラのしっぽは終始揺れっぱなしだった。

 こんなに美味しい食事はいつぶりだろうか。


「ここまで来るのに、いっぱい歩いて、緊張して、疲れていたので、助かりました。美味しいお芋、本当にありがとうございました」


 ショコラが笑ってそう言うと、少年はずっと何かを考えていたようだったが、そばにあったマグをとって、ショコラに渡した。

 ホットミルクだ。


「飲む?」


「え? でも……」


 ショコラがこれ以上は、と遠慮していると、手にグイと持たされた。


「飲んで。体、まだ冷たいよ。もっとこっち、来て」


 少年はショコラの体を自分の方に近づけた。


「あ、ありがとうございます」


(なんていい人なんでしょう!)


 お言葉に甘えて、ショコラはカップを受け取り、口付ける。

 熱くて甘やかなミルクが、ショコラの体を芯から温めた。

 嬉しいのか、垂れていた耳もひょこひょこ動いている。


「おいしいです」


 ショコラが目を細めてそう言うと、少年は立ち上がった。


「芋、掘ってくる。君は座ってて」


「え?」


「そこにいて」


 ショコラがきょとんとしていると、少年は近くにあったシャベルを手にとって、芋が植えてあるのだろう畑へと向かった。

 ショコラはきょと、とその姿を見ていた。


(不思議な人……)


 ショコラがマグを置いて手伝おうと立ち上がると、館の方から声が聞こえてきた。

 ショコラが振り返ると、館の表の方からやってきたのだろう、男女二人組の大人が手を振りながらやってきた。


「ラグナル様、ただいま戻りました!」


 一人は執事の格好をした品のいい老人、もう一人はメイド服を着た美しい女性だった。女性の頭からは、くるんとした小さなツノが生えていた。


「大変なんですよ、お迎えに上がったショコラ様が……あら?」


 女性の口から自分の名前が出て、ショコラは驚いた。

 向こうの二人も、ショコラを見て目を丸くしている。


「は、初めまして、ショコラです」


「ええ!? どうしてショコラ様がここに?」


「おやまあ、これはこれは」


 驚く二人。

 ショコラは困ってしまった。


「あの、だめでしたか……?」


「い、いえ、そうではなくて。あれ、もしかして、ラグナル様がお迎えに?」


「? 歩いてきました」


 ここまで来るのに、十日以上かかったことを説明する。


「嘘、そんな」


 女性は戸惑いを隠しきれていないようだった。ショコラも何かまずいことをしてしまったのか、と眉を寄せて不安げな顔になる。ちょろちょろ揺れていたしっぽが止まって、足の間に挟まった。


「まあまあ。一度、ラグナル様をお呼びしましょうか」

 

 ゆったりとした調子で老人はそう言うと、畑の方へ向かって手を振った。


「おーい、ラグナル様、一度こちらへいらしてください!」


 ん?


 ショコラは固まった。

 畑には先ほど会話をしていた少年、ただ一人しかいない。


「あの、ラグナル様って……?」


「? あそこにいる方ですよ」


「えっ」

 

 ショコラは言葉を無くしてしまった。

 

 ……。

 

 ………。

 

 ……………。


 魔王様、芋掘ってますけど!?


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