過去編【絶級ティーチャー】その②

 ダーク・バランスというのは要するに、悪になって正義を立ててやろうという考え方のことだ。

 彼はその塊みたいな男だ。

『自分が必要悪になる』『そうすれば周りは団結する』『この世界は下らない』『せめて平和でいてもらわないと困る』

 そしてそのようなことを言う狂人だ。

 どこが狂人かと言うと、そのような自己犠牲を全くなんの抵抗もなく、ライフワークとして行っているところが、だ。

 やった!と私は思った。

 その出会いがうれしかった。

 私は全知ではないがそれなりに賢かったので、人間の限界というものを容易に想像できたのだ。しかし、この少年はそれを超えてきた。

 超えてきた、最初の人間だったのだ。

 彼はびっくりするぐらい矛盾していた。

 私はアフリカで当時小学六年生の歳だった彼(なんでアフリカにいたのかは知らない)に出会って親しくなったが、理解はできなかった。

 彼の迷言の中で一番好きなのはこれだ。

『僕を蔑ろにするな』

 頭おかしいだろ…いやいや、お前が進んで嫌われ者になろうとしてるんじゃんって、私はそう思った。最初は。しかし、彼はこう思っていたらしい…『僕に関わるな、不幸になる。』

 だから、『蔑ろにするな』ということで、蔑ろにされることを望んでいたんだね。私は彼に『ダーク・バランスなんてやめたら?』と言ったらそう言われた。今思えば会話になってなかったねぇ。

 まあそういうわけで、『心底悪になろうとする少年』の存在は私にとって貴重だった。だから、私は思ったのだ。

 と。



 戦闘狂ではないが、私はそう決めた。

 自分に対抗しうる人物の卵を始めて見つけた時は誰しもそうするだろう。まあ、2回目からは普通叩き割るがね。

 しかしその時私はとにかくうれしかったので、巫くんを少し教育することにした。私は自身の成長を止め、彼に『具現蒼穹』という弱い防御能力を与え、義務教育分の知識を与え、後は経過を見守ることにした。

 するとどうだろう。

 彼の人生を一ヶ月間見てみたが、なんともまあ面白くないこと。それなりに優秀で、それなりになんでもできて、面白いのは『ダーク・バランス』に基づく行動だけだった。

 彼はようするに『いい子ちゃん』だった。

 世界に絶望して、正義が歪んでるけど、でもそれでもいい子ちゃんに過ぎなかった。

 私は彼の禍々しい行動に飽きさえしなかったが、物足りなさを感じていた。

 私は一ヶ月ぶりに、外の世界を見てみた。

 アフリカの空気が肌に合わなかったというのもあるが、まあとりあえずまた時々旅をすることにしたのだ。

 外のつまらない人間を見たら、やはり巫くんは『良い』と感じた。そりゃそうだ。彼は狂人なんだから。

 そんな感想を抱きながら、私は日本の家に帰ってきた。まあ、日本の人間もつまらなかったから、

『…じゃアフリカに帰るか』

 と独り言を吐いたその時だった。

 私の日本の家の近くにある銀行で、火災が発生した。妙にあたりがうるさいな、と思って外に出たら火の手が上がっていた。

 すると、1人の少年が銀行の中からバッグを抱えて走り去って行ったのだ。

 私は気になった。

 すぐに透視してバッグの中身を確認したら、そこには大量の金が入っていた。なるほど銀行強盗か。こんなに小さい子が火事まで起こして…よっぽど生活が苦しかったんだな。と、私はそう思って、あえてその子を逃した。

 するとどうだろう。

 その翌日、さあアフリカへ出発だ、と家を出る瞬間、流していたニュースに昨日の銀行強盗事件のことが出てきた。

 私はそれを見て驚愕した。

 キャスターが、『犯人の12歳少年の焼死体が見つかっている』と告げたのだ。なんとあの少年、死亡扱いになっていた。

 居ても立っても居られなくなって、私は千里眼の能力で警察を覗いた。するとちょうど取り調べ中だったようで、少年は申し訳なさそうにしていた。

 しかし反省の色は見えなかった。

 反省する様子は見られなかった。それどころか彼は平然とこう言った。

『計算通り燃えたはずですが』『けが人はいませんでしたか』『いないですよね』『お金は〇〇工場のもう使われてない倉庫に置いてきました』『で、僕は刑務所で暮らせるんですよね』『刑務所って、三食あるんですよね』

 なんということだ。と思った。

 ここまでテンプレートな不幸っ子がいるとは!と思った。まあ私は正義の味方でもなんでもないから、別にそれで銀行強盗の少年を助けてやろうとは思わなかったが、興味が湧いてきた。

 巫くんの時とは違う感情が湧いてきた。

 悪魔的で、悪的な感情。

『あっそうだ』

『強い方と戦おう』

 私はそれで、その銀行強盗少年───

 ──薙紫紅くんも、観察することにした。

 因みに、銀行強盗での怪我人はゼロだった。無論、死者も。

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