第61話「貧相な親子」

 首藤が何を考えているかはわからなかったが、無難にこなすしかないと思った。どうせ、たいした役でもないのだから。

 

 ただ、また練習の時のように台詞が棒読みで感情の起伏に乏しいなど難癖をつけられてはかなわないので、本番前日のそろばん教室の帰りに家の近くのモスバーガーに立ち寄り――夜、両親ともに仕事で家にいないことが多く、夕飯は外で済ませるかコンビニなどで購入して食べる日が頻繁にある――、自主練を行うことにした。チキンバーガーとポテト(Lサイズ)、アイスティーを購入し、一番奥のテーブル席に腰かける。

 チキンバーガーをかじりながら、台本をひと通り見返して流れをおさらいする。ついでに、小声で台詞の練習など行ってみる。二十一時を過ぎた今の時間帯は客が少なく、多少声を出すぶんには支障はなかった。

 

 私の台詞は全部で五箇所。序盤に二つ、中盤に二つ、終盤に一つとバランス良く振り分けられている。中盤と終盤の台詞が少し長めなので、そこを中心に確認を進めていた。


「あれっ、池原君」


 三つ目の台詞の練習をしていた最中さなか、右方向から聞き覚えのある不快な声がして顔を上げると、上村が立っていた。

 そういえば、上村は近所に住んでいた。私の家から彼の家まで、およそ七、八分といったところか。だから、上村が普段からここを利用していたとしても不思議はない。しかし、レジから一番遠い席にいるのによく気付くものだ。


「こんな時間に、こんなところで練習してるんだ」

 放課後練習に出ないくせして、という言葉が省略されていることは、上村の冷やかな表情から読み取れた。

「こんな時間にこんな場所にいるのは、君も同じでは?」

「僕は親と一緒だよ。家族四人で食べる分を買いに来たんだ」

 そういえば上村には、二つ上の兄がいると以前話していた。


「あら池原君、こんばんは」

 会計を済ませて番号札を手にした上村の母親がやって来て、私を見て一揖いちゆうする。親子そろって、頬がこけて貧相な体型だ。面倒くさいと思いつつ、軽く会釈した。


「こんな遅くに一人でご飯? 大変ねぇ」

 親子で似たようなことを言うのかとうんざりするが、確かに小学生が一人で外食するには遅い時間かも知れない。

「金曜は、両親とも仕事で家にいないんですよ。ここなら、家から近いので」

 父は帰りはいつも深夜近くだし、母は仕事柄、金曜日は特に忙しく、今ぐらいの時間から明け方まで仕事なので、夕飯を用意する余裕がない。

「あらそうなの。でも、夜道は危ないから気を付けて帰ってね」

「どうも」

 内心ではどうでもいいと思っているだろうに、赤の他人にも優しい親を演じたいのだろうか。


「番号札二番でお待ちのお客様、お待たせいたしました」

 店員がやって来て母親が番号札を返却すると、上村が素早く品物を受け取った。


「では池原君、またね」

「じゃあ、明日の学芸会頑張ろうね。お先に」

 母子それぞれの挨拶を聞き終え、再度軽くお辞儀をする。


 まだチキンバーガーもポテトもかなり残っているが、ドリンクを飲み切ってしまったので、私は台本をテーブルに置き、財布を持って再度レジに向かった。

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