第四十一話 利害、一致

 城内は慌ただしさを見せる。突然の知らせに動揺の色を見せる者が多数。

 既にすべきことは決まっている。心の内で何度も確かめながら、晴幸はその中を平然とした面持ちで歩く。


 「此れより軍議を始める」

 武田家臣の機敏さは、晴幸の想像を優に超すものであった。

 日暮れとなり、緊急の軍議は近臣の言葉によって始まる。晴信が呼び掛けて、僅か十五分後の事である。

 晴信は終始、険しげな面持ちを浮かべているのが目に見えた。 


 当の晴幸はと言うと、常に辺りの状況を確認することに、時を費やしていた。

 重臣達の集う軍議の場、それは言い換えると、裏切り者を暴く為の絶好の機会。晴幸がするべきだと考えていたのは、まさにそのことである。

 彼はただ目のみで、あらゆる場所に目配せする。不審な動きをする者は居ないかと、細心の注意を払う。


 勿論、裏切者の存在をこの場で、晴信の前で公言する事も出来る。一見その方が炙り出すのには手っ取り早いと思われ、現にその通りなのだが、俺にとっては自暴自棄になった裏切者がこの場で暴れられては困るのだ。仮にも今は戦前の軍議の段階である。戦を前にして、士気や兵力に支障をきたす恐れだってある。

 また、此れ等は裏切者が軍議に参加して居る事が前提で、晴幸の語ることは彼の持論に過ぎないとも思われがちだが、この場に居ない可能性はほぼ皆無だと言っても良い。重臣については虎胤から受け取った書で既に把握している。家臣を送る程であるから、裏切者はそれなりの立場にある者の筈だ。もし仮に裏切者が別の男を軍議に参加させているとすれば、晴信が既に気付いている筈で、例え気付かなくとも、周りの者が直ぐに不振がるだろう。


 こうして暫くの間は様子を見ていたが、裏切者の存在が此度の議題に上がることは無く、軍議は終結の兆しを見せる。やはり誰しも緊急の案件であると、意見が出せない。重臣にも徐々に焦りが見え始める。晴幸に対しても、依然手掛かりは掴めず終いである。

 小癪な、紛れるのが妙に巧い。

 いっそ、此方から仕掛けてみるのもありか。そう思い立ち、口を開こうとした瞬間である。


 「殿、此処で私の考えを御話しても宜しゅうございますか?」


 俺ではない男の声に、晴信は耳を傾ける。その様を傍で見ていた晴幸は、目を見開いた。

 其の男は紛れも無い、原虎胤である。


 「そもそも此度の侵攻、いささか不可解な点がございます。何故信濃の藤沢勢が、此の時期に我等、甲斐武田への侵攻を開始したのか。

  私には、何か訳があるとしか思えませぬ」

 「訳とは何だ、有体に申せ」

 虎胤は顔を上げ、晴信を見る。


 「例えるならば、藤沢殿と内通を図っていた間者がこの武田に紛れておる、など」

 「っ!?」


 重臣達はざわつき始める。此れには流石の晴幸も想定外であった。まさか虎胤がこの状況タイミングで言を発するとは。しかも、裏切者の核心をもろに突いた発言。

 虎胤は俺の方に目線のみを移し、笑みを浮かべる。その様子に晴幸は勘づく。

 そうか、そういうことか。どうやら儂はあやつ同様、彼を甘く見ていたようだ。


 裏切者は的を射た発言に、動揺は不可避だろう。しかし発言主となれば、周囲を観察し、その様子を確認することは出来ない。しかし、其の状況下で発言主でない者が行う周囲確認は、至極容易なことだ。何故なら、その場にいる殆どの人間は、発言主に注意を向けるからである。一点に集中すれば、より視野も狭くなる。

 危うく発言主となるところであった。いや、虎胤と利害が一致していたから良しとしても、己がそこまで想定出来ていなかったことに問題がある。


 晴幸もまた微笑み、周囲に目を向ける。

 虎胤は俺の為に時間を稼いでくれるだろう。とにかく、虎胤が裏切者について語る間が勝負である。

 その時、一人の男が目に留まる。


 身体が震えている。俺は其の男を見て、口を噤んだ。


 




 「近々戦となる。各々備えよ」

 軍議が終わり、皆が戦支度や士気を高める中、男は城の縁側を歩く。


 夜が更け行く中、彼は歯を食い縛り、眉には皺を寄せ、目には鋭い光を帯びている。


 「待て、其処の者」


 男は背後からの声に立ち止まる。声の主は、言わずと知れた山本晴幸。

 ゆっくりと振り返る男の表情は、笑っていた。






 「如何いたした?晴幸殿」





 晴幸が話しかけた男。もとい、武田に紛れ込んだ裏切者と思わしき人物。






 それは、元諏訪家家臣、高遠頼継。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る