第三十七話 狐の、事件

 (眠れぬ……)

 深夜、晴幸は起き上がり、厠へと向かう。

 何処からか聞こえる梟の鳴き声、廊下のきしむ音、

 皆が寝静まった城内というのは、やはり何処か不気味である。

 しかし、その不気味さがまた、晴幸にとっては心地の良いものでもあった。


 (今ならば、あの男の意識は眠っている。

  儂が己の身体に乗り移ったところで、あの男にとって迷惑など微塵も無いだろう。)

 本物の晴幸は、掌を見ながら微笑む。

 それは交わした契り、いわば契約の穴を突いた行動。


 用を足す晴幸は、元来た道を戻る。

 その途中で、彼は何処とない違和感を感じ取った。

 外を見ると、丸い形の物体が落ちている。


 晴幸は部屋に戻り草履を履き、物体の近くへと寄る。

 「提灯……か?」

 その時、足元に感じた柔らかい感触。

 その正体に、彼は硬直する。



 男が、晴幸の足元で死んでいた。



 「っ!?」

 晴幸は思わず一歩退く。

 (何じゃ、これは……)


 首を深くまで掻き斬られ、腹には数ヶ所の刺し傷。

 はえが集り、異臭を伴い、晴幸は思わず手で鼻を覆う。

 視るに堪えない、残虐な手口。


 晴幸はゆっくりとその場に屈む。

 一体誰がこんなことを?

 傷の多さから、自害したとは考えられない。

 少なくとも、誰かが手を加え、此の男を殺したのだろう。


 此処が武田の領内である以上、見逃すわけにはいかぬな。

 晴幸が死体の着ている着物を触ると、途端に風が吹き、辺りが明るくなる。


 顔を上げると、目の前に男が立っている。

 顔には狐の面をかぶり、誰かは分からない。

 




 「御前がやったのか」

 男は俯き顔を上げ、晴幸を見る。


 「......じじい、知りたいか?

  武田家中で何が起こって居るか」

 「儂の問いに答えろ......!」


 俺の言葉に、男は笑う。

 笑い、口にする。


 「武田には、裏切者が居る」


 裏切者だと?

 晴幸は眉に皺を寄せながら、男の方へ歩み寄った。

 「答えぬのなら、その内のつらを見せよ」

 晴幸は男の顔に手を伸ばすが、途端に肘を掴まれる。


 「残念だ、実に残念だ、

  御前は全てを知ってしまった」


 恐ろしい程の低い声。

 晴幸は目を丸くする。





 「すべてを知った御前には、

  死んでもらわねばな」




 其の瞬間、男は晴幸の首を掴む。

 今までに感じた事がない、恐ろしい程の力で、晴幸の首が潰される。



 「ぐぅ……っ……あぁあ……!!」


 晴幸はもがく。男の手を解こうとするが、びくともしない。

 まずい、このままでは

 その時、晴幸は面の隙間から、男の目を見る。

 男は、鋭く殺意に満ちた目をしていた。


 まて、やめろ、はなせ

 晴幸は歯を食いしばり、目を閉じる。

 息が出来なくなる直前に、晴幸の意識は飛んだ。




 「っはあっ!!」

 気付けば辺りは暗く、先程の場所で屈み込んででいた。

 晴幸は己の首を触る。不思議と掴まれた感覚が残っている。

 息切れが治まらない。晴幸は呼吸が出来ることを確認した後に、胸に手を当てる。

 (……この男は、討った相手の顔は見て居なかった様だな)

 身体が熱く、汗が噴き出す。晴幸は男を横目で見ながら、そう確信する。


 しかし、元に戻れて良かった。

 あのままスキルを使い続けて居れば、どうなっていたか分かったものではない。






 翌日、男の死体は武田家家臣によって発見される。


 「こりゃ派手にやられたものだな」

 家臣がざわつく中、一人の男がその場に現れる。


 「どけ、此れは何事だ」


 その男とは、武田家家臣筆頭である板垣。

 彼は死体を見るや否や、辺りを見回す。

 男が死んでいた場所は、城門とは裏側の雑草。

 (成程……此れでは一概に門番の不届きとは言えぬな)


 「此の男が何者か、分かる者は居るか」

 「は、召物と此れから、恐らく武田に酒を献上して居た者かと」

 発言主が持って居たのは、酒屋の柄が入った提灯。

 恐らくこの男の物として、間違いはないだろう。


 「やはりそうか、昨晩の我らの騒ぎは聞いて居た筈だ。

  どうやら酒の支度に追われていたのだろう

  そこの者、此度の件、即刻殿に伝えよ」

 そう言いながら、板垣は内心後悔していた。

 若し我らが浮かれ、酒を飲まずにいれば、この男が死ぬことは無かったのではないかと。




 「……ん」

 俺が目を覚ました頃には、城内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 何か起きたのだろうか。俺はそんな疑問を持ちながら、とこを出る。

 

 

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