武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る

第二十八話 虎胤、訪問

　俺が城下に戻った頃には、既に辺りは暗闇だった。

　俺は門番の目を盗み、塀を伝いながら屋敷へと戻る。

　どうやら、俺が居なかったことが話題になる事は無かった様だ。

　一つ有るとすれば、〈感染する病にかかっている〉事になって居た為に、

　三日間は屋敷を出ることが出来なかったというくらいだ。

　今日が、其の三日目。

　戦の日々に、久方ぶりの穏やかさが戻った気がした。

　縁側へ座った俺の足元に、紅葉の葉が散っている。

　其の一つ一つの形や色合いは、心惹かれるものが有る。

　紅みがかった紅葉は、まるで秋の始まりを告げる様。

　病という名目で居る以上は、肩の傷は如何にかして隠さないとな。

　俺はぐっと、肩を押さえる。

　其の時、脳裏で藤三郎の声が聞こえた。

　〈如何して俺を見殺しにした？御前は分かっていた筈だろう。

　　御前は理解してくれて居ると思って居た、

　　なのに、如何して俺を助けなかった〉

　俺は口を押える。

　あの時の、藤三郎の死に様、

　思い出すだけで吐き気がする。

　自覚が無いだけで、

　俺自身、彼に対して何か、罪悪感を抱いて居るのかもしれない。

　もっと早く、彼の真意を南部に伝えるべきだったと。

　俺はゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着かせる。

　そして、静かな空を見上げた。

　そう言えば、南部は如何しているだろうか。

　あれからというもの、彼について何も音沙汰は無い。

　何ら変わり無ければ良いものだが。

　其の時、がたりと、戸の開く音がする。

　「っ！」

　俺は慌てて布団を被り、大きく咳払いをした。

　「やぁ」

　其処に現れたのは、一人の男。

　俺は構わず、病を患った体（てい）を見せる。

　「済まぬ……少し風邪気味で、ごほっ、うつしては悪い。

　　悪いが、またにしてくれ、ごほっ」

　「偽りを申すな、山本晴幸殿」

　其の言葉に、俺は布団から顔を出した。

　「……原殿に、ございますか？」

　「いかにも」

　男はそう言って、床に座る。

　俺は跳ね起き、彼に茶を差し出そうと、湯呑を取り出した。

　「其方の屋敷の所在を其処等で聞き回ってな、此処を見つけたのじゃ。

　　会えて嬉しいぞ、晴幸殿」

　「私もです、それにしても此度は誠に忝うございました、

　　病に見舞われた体にして下さったのですな」

　「ああ、全く大事だったぞ。

　　いきなり文が来たと思えば、苦労掛けさせやがる」

　虎胤は笑い、俺は苦笑する。

　どうやら怒ってはいない様だと悟り、俺は安堵した。

　虎胤（かれ）によれば、運良く晴信から直接訊ねられる事は無かったらしく、

　晴信を騙したことへの罪悪感は、さほど感じなかったそうだ。

　また、虎胤の傷は既に塞がっており、今や快然だと言う。

　俺はこの機に、彼に一連の出来事を話す。

　藤三郎が、僧に扮して甲斐に残っていたこと。

　二人は人通りのない山中に向かって居たこと。

　そして、南部が、藤三郎を何度も刀で殴り、殺したこと。

　「南部も、派手な真似をしたものだな」

　そう言って彼は茶をすする。

　南部の噂は、どうやらまだ出回って居ない様だ。

　恐らく、南部は気付く事になるだろうな。己が起こした勘違いに。

　藤三郎が裏切ったと思い込み、怒りに任せ、殺してしまった事への罪悪感を。

　残酷だが、南部はきっと、自らの過ちを正当化するだろう。

　彼が敵だったことには変わりないのだ、と。

　だが、今になってしまえば、其れで良いのかもしれない。

　「そう言えば晴幸殿、話は変わるが、

　　其方に一つ訊ねたいことが有ったのだ」

　俺は我に返り、虎胤の顔を見る。

　彼はゆっくりと茶を置いた。

　「我が娘と、何をしていたのだ？」

　「へ？」

　その瞬間、彼は俺の両頬をがっと掴む。

　怒ってる、彼は恐ろしい表情を浮かべている。

　俺は唾を飲んだ。

　「いえ、あの、武庫の整理をして居たのですが、

　　菊様が参られて、少し話をしたのみにございます……」

　「……それは誠だな？」

　「は、はい」

　「……まあ此度は許そう、

　　今後はくれぐれも、娘に手を出すんじゃないぞ。

　　若し出せば……分かっているな」

　「……はい……」

　暫くして、虎胤の表情がぱっと明るくなる。

　そして、何事も無かったかの様に挨拶をし、屋敷を出るのであった。

　心臓に悪い。

　虎胤が居なくなった後、俺はぶはっと息を吐き、横になった。

　原虎胤

　セントウ　 二一七九

　セイジ 　　一八六四

　ザイリョク 一二〇七

　チノウ　　一八八三

　戦闘値二千を超える者は、意外と多いのかもしれない。

　まあ確かに、大人数の諏訪軍を相手に生き残ったというのは、相当なことだろう。

　俺はふと、頭上を飛ぶ一匹の蜻蛉を見る。

　縁側から入って来たのだろうか。

　俺は目を細める。

　こういう時、俺はいつも、夢の中の蜻蛉を思い出す。

　今回死んでいった者達の表情も、脳裏にちらつく。

　いつか俺も、あの夢の光景通り、死を迎えるのだろうか。

　若し死んだら、俺は元の世界に戻れるだろうか。

　まあ良い。

　もしその時を迎えれば、俺にも踏ん切りがつく。

　死ねば、元に戻れるか否か。

　それもきっと、一種の博打だ。

　俺は起き上がる。

　そして、決意した。

　虎胤と話したことで、俺が今すべきことを、見つけられた気がした。

　翌朝、俺は早くから屋敷を出る。

　其処から数分ほど歩いた場所にある、一件の屋敷。

　「南部殿」

　俺が訪れたのは、南部の屋敷

　其処には、変わり果てた様に座って居た、南部の姿があった。