レヴィとカミーラ3 痛み
「あんた、最近、どこで何してんのよ?」
後ろから声をかけられた。その声だけで誰かすぐに分かり、一瞬うんざりするが、その顔を彼女に見られればいじめられるのは分かっていた。その表情を消して、恐る恐る彼女の方に向く。案の定そこにいたのはマリツィアさんだった。
「マ、マリツィアさん」
マリツィアさんはこの屋敷の古株だ。女の私でも綺麗だと思うほどの容姿をしている。だけどそれとは裏腹にマリツィアさんは誰よりも残酷だった。旦那様に気に入ってもらうためなら何でもするのだ。少し前にも旦那様の気に入られた子がマリツィアさんに嵌められて、怒り狂った旦那様に殺された。マリツィアさんは自分がやったとは言っていないけど、皆わかっていた。彼女に目をつけられれば命はない。だから私達はなるべく彼女を刺激したり、旦那様に気に入られすぎたりしないように注意していた。
「何? 私が聞いてるのに、何で黙ってんの?」
「え……えっと……」
私は口ごもる。なんて言えばいいんだろう。あの人……レヴィさんを匿っている事がバレたら、きっと私は旦那様に殺される。
「もしかして、旦那様を裏切ってるの?」
その言葉にゾッとする。その質問が意味する事は一つだ。
「ち、違います! そんな事しません!」
慌てて否定するけど、マリツィアの目は獲物を見つけたかのようだった。
「そう? それならよかったわ」
ニッコリと笑う彼女を見て、私は背筋が凍る思いがした。このままここにいると何をされるか分からない。ついていない事に、マリツィアさんは私を目の敵にしている。こっちは望んでいないのに、私は旦那様に気に入られているからだ。隙があれば、何をされるか分からない。
「それじゃあ、今日の夜もよろしくね」
「は、はい」
マリツィアさんは私の返事も聞かずに踵を返すと去って行った。
「……逃げなきゃ」
でも、どこに逃げればいいんだろう。お父様もお母様もいない。私を助けてくれる人はどこにもいない。それに、私が逃げればレヴィさんはどうなるんだろう。あの人はまだ私が側にいないとダメなのに。あの人には私が必要なんだ。あの人を助けられるのは私だけなんだ。だから、私はあの人を助けないといけないんだ。それに、私はあの人から真実をまだ聞いていない。
「レヴィさんも一緒に……」
その晩、私は旦那様や他の人達が寝たのを確認してから、こっそりと部屋を抜け出した。バレないように物音を立てないように、何とか進む。以前逃げ出す事を想像した時に、警備の巡回のタイミングを確かめた事があった。それを思い出しながら、屋敷の中を進む。そして、日中に開けておいた窓からこっそり外に出た。
屋敷を囲う外壁には外につながる穴があった。私はいつもそこを出て、小川に行っていた。だからいつものように私はその穴から外に出た。
「ぶふぅ、どうやらマリツィアの言う通りだったようだな」
その声を聞いて、私は背筋が凍るような思いをした。恐る恐る顔を上げると、そこには豚のような顔のご主人様が、いやらしく笑っていた。
「ええ、私も彼女の計画を知った時は驚きましたわ。まさか大恩あるご主人様から逃げようだなんて」
「ふぅ、ふぅ、全く嘆かわしいぞ、カミーラ。あれほど愛してやったというのに」
ご主人様から目が離せない。体が震えて、ガチガチという音が聞こえてくる。それが自分の歯が鳴らす音だと気づいた。
「あ、わ、私……」
「ぶふぅ、言い訳は聞かん。わしを傷つけた罰、受けてもらうぞ。何心配するな。お前はわしのお気に入りだからな。殺しまではせん。殺しまではな」
「ひっ」
声が喉の奥から漏れ出る。口の中がカラカラだ。
「たまには私にも楽しませていただけませんか?」
「ぶひひ、全くお前も悪趣味な女だ。いいだろう、一緒に楽しもうではないか。おい、連れて行け」
ご主人様は後ろに控えていた二人の兵士に命令した。彼らを縋るように見る。だけど二人は気まずそうな顔を一瞬浮かべただけで、私を立たせると、そのまま拷問部屋に連れて行った。
「ぶふふふ、本当に残念だ。お前にこいつらを使わないといけないとはな」
目の前にはずらりと拷問器具が並べられている。
「さてと、まずはどれからにするか。マリツィアはどれがいい?」
楽しそうに道具を撫でながら、マリツィアさんを見る。マリツィアさんは繁々と道具を見てから一つ取り上げた。
「まずはこれからではいかがでしょうか?」
鉄製の梨のような物を私の前に掲げてニッコリと笑った。
〜〜〜〜〜〜〜〜
身体中が痛い。痛くて苦しくて、どうにかなりそうだった。突然体が解放される。ドサリと地面に転がる。何とか残った目で周りを見ると、ご主人様達はいびきをかいて寝ていた。何故という疑問の前に体を何とか立たせて歩き出す。屋敷内は不思議なほどに静かだった。まるで私以外起きている人はいないみたいだった。
私は森を目指した。レヴィさんの元へ。だけど、もうどこを歩いているのか分からなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
痛みを感じなくて、目を開けると心配そうにレヴィさんが覗き込んでいた。
「レ……ヴィ……さん」
私は彼の名前を呼ぶ。レヴィさんは私に本当に嬉しそうな笑顔を浮かべながら、私を強く抱きしめた。だけどとても優しくて、心が温かくなった。思わず涙が溢れた。
「よかった。本当によかった」
レヴィさんが優しくそう言った。
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