レヴィとカミーラ2 深まる絆
「……誰だ?」
体を動かせないレヴィは顔を覗かせた少女を顔だけ動かして睨む。カミーラはその鋭い視線に怯みながらも、持ってきた食べ物を彼の前においた。
「た、食べ物を持ってきました」
固そうなパンや萎びた野菜のスープがレヴィの目の前に置かれる。
「食べられそうですか? 私のお昼なんですけど」
「……」
カミーラの質問に、レヴィは意識を腹に向ける。微かに空腹を感じた。
「……ああ」
何とか頷くも腕も上がらない。それに気がついたカミーラは固くなったパンを何とか千切ってレヴィの口元に近づけた。レヴィは一瞬その手ごと喰らおうかと考えたが、不思議な事に人間を喰う事に忌避感を覚えている事に気がついた。
「これもあいつが消えたからか……」
「え? 何か言いましたか?」
「……いや、何でもない」
そう言うとレヴィは口を開ける。カミーラはその中にパンをそっと入れた。固いパンをもぐもぐと食べると、またレヴィは口を開けてカミーラに催促した。カミーラは慌ててパンを千切る。それを繰り返し、あっという間にパンもスープも無くなった。
「……少し寝る」
ボソリと呟くと、レヴィは目を閉じて瞬く間に眠りについた。
「……勝手な人」
〜〜〜〜〜〜〜〜
レヴィは順調に回復を続けた。初めは恐る恐る会いに来ていたカミーラも、レヴィが何もしない事がわかると次第に慣れていった。
「今日は久々にお肉が出たんです」
カミーラが見せたのは筋張った薄い肉だった。それをレヴィの前で固いパンに挟んで渡す。上半身を起こす事ができるようになったレヴィはそれを受け取って、不味そうな顔を浮かべながら半分だけ食べて、カミーラに突き返した。
「不味い」
「ふふふ、本当ですね」
レヴィの感想にカミーラは苦笑しながら、彼の手からパンを受け取り自分も食べる。少し前にレヴィはカミーラが食事をとっていない事を知り、それ以来半分だけ残してはカミーラに返すようになっていた。
「ごちそうさまでした」
カミーラはパンを食べ終えると立ち上がる。
「それじゃあ、また明日もご飯持ってきますね」
「……ああ」
木の洞から出ていったカミーラの後ろ姿を眺めながらレヴィはまた目を閉じて体を休めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なあ、何でそんな格好をしているんだ?」
レヴィはふと疑問に思った事を尋ねる。裸同然の下着で森の中を歩き回るなど、人間社会から逸脱したレヴィであっても異常だと理解出来る。後ろに体を向けていたカミーラがビクンと体を震わせる。決してレヴィの方は見ないが、拳を強く握りしめている事に彼は気づいた。
「言えない事なのか?」
「……ご、ご主人様の趣味なんです。全くとんでもないお方ですよね。あはは……」
ようやくレヴィの方に顔を向けると頬を掻きながら苦笑した。その様子から、これ以上詮索されたくない事を何となく理解した。
「……そうか。悪い、くだらない事を聞いた」
レヴィはカミーラに謝る。自分が頭を下げている事にレヴィは気付き、驚いた。
「いえ、私だってこんな格好をしている人がいれば驚きますから」
「……まあ、何だ。風邪には気をつけろよ」
「あ、あはは、そうですね。気をつけます」
どことなくカミーラがホッとしと表情を見せたので、レヴィはそれ以上追求しなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「だいぶ動けるようになってきたな」
手を閉じたり開いたりしながら力が入る事を確認する。ようやく起き上がる事も出来るようになり、最近では外に出て歩く訓練をしている。
「しかし、力が無いと2ヶ月も治るのにかかるのか。いや、まだ龍魔の力を使いこなせていないからか」
ノヴァを消し去ってから気づいた事だが、以前まで力を使う際はノヴァの補助があったのだ。つまりノヴァがいる事によって10割の力を扱えたのに対し、現在では3、4割程度の力しか扱えない。
「今戦えばあいつには確実に負けるな」
レヴィはジンの顔を思い出す。拳に力が入る。
「まあ、焦らずに行くしかないか」
その時、背後からガサリと音が聞こえてきた。レヴィはゆっくりと振り返る。
「飯を持ってきたか……おい!?」
しかし、レヴィの目に入ってきたのは青痣や鞭の傷が身体中にあるカミーラの姿だった。片目は抉られたのか血を流し、落ち窪んでいる。顔は額から右頬まで切り裂かれていた。左耳と鼻は削ぎ落とされている。右腕を折らたらしく変な方向に曲がっている上に手足の爪は剥がされている。片方の胸は抉り取られ、股からは血が流れ、下着は真っ赤に染まっていた。どうやってここまで来られたのか分からないほどの大怪我だ。
「う……あ……」
口を開けると歯が全て抜かれていた。そのまま力なくカミーラは倒れた。
「カミーラ!」
レヴィはカミーラに駆け寄るとその体を抱き起す。
「誰だ、誰にやられた!?」
しかしその問いに答える事は今の彼女にはできなかった。
「くそっ! どうする、どうすればいい……」
ノヴァが持っていた無神術さえあれば、彼女を回復させる事も可能だった。それ以上に彼の知識があれば救う事も出来たはずだった。しかし、今の彼にはそのどちらもない。
『助けてあげようか?』
突然レヴィは白い空間の中にいた。目の前にはラグナが笑顔を浮かべて立っていた。
「お前がやったのか!」
レヴィはラグナに掴みかかる。だがラグナは何でもないかのように涼しい顔をしていた。
『いんや、僕じゃないよ。偶然だよ偶然って言いたい所だけど、おばさんが介入した可能性は無きにしも非ずかな』
「フィリア様が? どういう事だ?」
レヴィはラグナから手を放し、ヨロヨロと後ろに下がった。
『おいおい、君も分かっているだろう? 彼女の趣味をさ』
「馬鹿な、理由が無いだろう! 失敗した俺を見続けるなんて!」
『いやいや、君が自分で言ったんじゃないか。彼女は全ての人間を平等に扱うって。失敗したからって彼女の目からは逃れられないさ。何よりも君はあまりにも多くの存在と縁がある龍魔だ。たとえノヴァを滅ぼしたとしても君が龍魔であることは変わらない。それなら彼女が君の物語に介入するのは当然の事だろ?』
ラグナの言う事には矛盾がないように感じられた。
「そんな……じゃあ、どうすれば……」
レヴィは膝から崩れ落ちる。
『一つ聞きたいんだけどさ、何であの子を助けようとしているんだい? 君、そんな性格じゃないだろう? むしろ喰べる側じゃないか』
その質問にレヴィは混乱する。確かに今までならあの少女を放置する事に何ら躊躇いはなかった。だが自分の中の何かがその決断を許さなかった。
「分からない。だけどあいつは俺を助けてくれた。傷ついた俺の側にいてくれた。何の得にもならない俺の面倒を見てくれた。俺に優しくしてくれた!」
『ふぅん、面白い変化だね。その気持ち、悪くないよ。いいだろう。君に力を貸してあげよう』
レヴィはひどく楽しそうに右手を持ち上げる。その手が光り始め、徐々に人差し指に光が集中していき、小さな光球が指先に浮かんだ。
『貸してあげるよ。さあ受け取るがいい』
その指でレヴィの額を突く。光球はそのままレヴィの頭の中に吸収された。
「な、何をした!」
『無神術、必要だろ? 使えるようにしてあげたから直してあげるといいよ』
〜〜〜〜〜〜〜〜
目を開けると、目の前にボロボロのカミーラがいた。だが呼吸音は小さく、体はどんどん冷たくなっていた。
「死なせねえ!」
レヴィはすぐに無神術を発動する。ノヴァが何度も使っていた術だ。使い方については理解していた。すぐに体の修復が始まる。
「死ぬんじゃねえぞ!」
カミーラの体はどんどん治っていく。折れた腕が、剥がされた爪が、抉られた胸が、下腹部の怪我が、削ぎ落とされた左耳と鼻が、抉られた片目が、顔の切り傷が、次々と直っていった。そして瞬く間に、カミーラは元の容姿に戻った。
「よかった」
そっとレヴィは額にかかった彼女の髪をどかし、彼女の唇をなぞるように撫でた。
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