第8章:王国決戦編
第192話プロローグ
「この村もか」
立ち寄った村には人っこ一人いなかった。かれこれ5つ目だ。しかし、戦闘の後が残っている事から、何かに襲われたのだろう。
「くそ!」
シオンが近くにあった壁を殴りつける。1ヶ月以上、なんの成果も得られていない。ただ人々が無為に殺されている事だけは分かる。だが疑問なのは戦闘した痕跡に比べて、圧倒的に人が喰われた跡が少ないのだ。避難したならば問題はないが、アレキウス達の調査によると周辺の街や村ではその様な人々が流れて来たという話はない。
「落ち着けって」
ジンがシオンに近づき声をかける。
「でも、もうこれで5つ目だ! 一体どれくらいの人々が犠牲になっているか!」
近頃、彼女は人がいない村を見つける度に苛つく様になっていた。その度にジンが慌てて彼女をなだめる必要があった。何せ、彼女は使徒だ。怒りで壁を殴るだけでも、とんでもない威力を秘めている。実際に殴った壁は大きく窪み、罅がどんどん広がっていった。
「もしかしたら、実験の為に集められたのでは?」
ハンゾーがふと口に出す。
「どういう事だ?」
その言葉にジンが尋ねた。
「いえ、敵は人間を素体として様々な実験を行なっております。ではその素体の収集はどうやってしているのかと思いましてな」
そこまで聞けばジン達も納得する。今まで戦ってきた魔物や魔人が全て一人の人物の手によるものならば、彼はその素体を集める必要がある。ただ、そこで新たな疑問が生まれた。
「じゃあ、なんで急にこんなに誘拐する事件が増えたんだ? それに痕跡もこれだけ残して、雑すぎないか?」
「わかりません。もしかすると、焦っているのではないでしょうか?」
「焦っている?」
「はい。しかしそれならば何を焦っているというのか……」
「そんな事今はどうだっていい! それよりも誰か生きている者がいないか探すのが先だ!」
シオンの怒声にジン達は頷いた。それから彼らは何件も何件も家を調べ始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「うっ」
ある家の半壊したドアを潜ると、不快な臭気に思わず胸がむかつき、シオンは吐き気を催し、吐いてしまった。周囲を見ると、戦った痕跡とともに小さな子供を抱きながら絶命している女性がいた。腐敗してはいないが、きつい匂いを発している。口を拭ってから次の家に移る。誰か生きている者を見つける為に。しかし誰もいなかった。
しばらくして、ミコト以外の全員が村の入り口に集合した。
「成果は?」
「……」
「こっちもだ」
シオンとゴウテンが首を横に振る。彼らは村の西と北側を担当していたが、どこにもいなかったらしい。同じくハンゾーも首を振った。彼が調べていた東側にも誰もいなかった様だ。同様に村周辺を探索していたジンも何も見つけられなかった。
「皆! ちょっと来て!」
入り口とは反対の南側からミコトが慌てて駆けて来た。
「もしかして!」
「ああ!」
皆の顔に期待が浮かび、彼女に駆け寄る。
「はあ、はあ、はあ……」
余程焦っていたのか、呼気を乱している。
「何かあったのか?」
ジンの言葉に頷き、呼吸を整えてから、ミコトは言った。
「まだ生きている子がいた!」
〜〜〜〜〜〜〜〜
ミコトの案内で、とある一軒の家まで来た彼らは、ミコトの術で結界に覆われながら苦しそうな顔を浮かべている少女を見つけた。
「治療は一応できる限りやったし、目に見える外傷も全部治したんだけど、なぜかずっと苦しんでいるの。取り敢えず皆を呼んでいる間に襲われない様に結界を張ったんだけど……」
「僕が診るから結界を解いて」
シオンの指示でミコトが結界を解除すると、急いでシオンは少女に近づいた。そしてすぐに治療を開始する。
「く、苦しいよ……」
少女が蚊の鳴く様な声でシオンに向かって囁く。
「もう少し我慢してくれ。今治してるから」
「う……ん」
だが突如、少女の腕が巨大化する。
「あ、ああ……駄目だ。駄目だ!」
しかしシオンの叫びも虚しく、少女の体は変異していった。
「シオン、離れろ!」
「でも、まだ助けられるかもしれない!」
「もう無理だ!」
ジンはそれでも少女を救おうとするシオンを強引に引っ張り上げると、距離を取った。
「ハンゾー、ゴウテン!」
「は!」「おう!」
ジンの言葉に二人が反応し武器を抜くと、いまだ変化を続ける少女に斬り掛かった。
「駄目だ! 止めてくれ!」
そのシオンの言葉を無視し、ハンゾーが首を切り落とし、ゴウテンが魔核を破壊し、少女の命を絶った。首がゴロンと地面に転がる。
「ああ……そんな……」
呆然と少女の亡骸を見て、シオンが言葉を失う。
「すまない。だけど、こうするしかないんだ。一度でも魔物に変異すれば救う事は出来ないんだ」
「……それでも!」
しかし、その先の言葉をシオンは持ち合わせていなかった。彼女もジンの言葉は重々理解していたからだ。ジンがシオンを慰めていると、ハンゾーが深刻な表情を浮かべて、彼らに近づいて来た。
「ジン様」
「なんだ?」
「あの少女はおそらく強引に魔物にされた様です」
「どういう事だ?」
「心臓と頭に魔核を植え付けられておりました。それも酷く雑に」
ハンゾーとゴウテンが一発で魔核の破壊に成功したのもその為だ。本来なら露出しないはずの魔核が体内から体外に出たのだ。巧妙に隠したり、純粋な魔物であったりすれば魔核も表出はしない。事実、エルマーの姉であるサラがそうだった。恐らく雑な施術が行われたのだろう。
「つまり、ここいらの村の襲撃は、やっぱり例の男が関わっているという事だな」
合成獣は通常の魔物ではない。人為的に生み出されるものだ。
「……俺達の動きがバレているかも知れねえな」
まるでジン達を嘲笑うかの様に、その魔物がこの村にいた。それは彼らの行動を例の男が予期していたからであると考えられた。
「その可能性はあるかもしんねえ」
ゴウテンがそれに賛成する。
「そもそも、俺たちが着いたタイミングで、あの子が変化するなんて普通あり得ねえだろ」
「でもそれって、まだ例のヤツがこの辺りにいるかも知れないって事じゃない?」
ミコトの呟きに、ジン達は一斉に警戒を強める。しかしハンゾーが首を振った。
「いや、おそらく既におらんでしょう。村の人々の腐敗の状況と少女の様子から考えて、彼女は我々への嫌がらせのために用意されたと考えられます。それならば相手も恐らくすでに逃げておるでしょう。合成獣を一体だけしか置いていなかった辺り、本気ではないかと思います」
「ああ、多分ハンゾーの言う通りだ」
「………」
彼らの会話に参加せず、シオンは少女をじっと見つめていた。その哀れさにか、思わず吐き気を覚えるが、なんとか堪える。
「それで、これからどうすんだよ?」
「うんうん。このままだと後手後手のまんまだよ?」
その質問に、ジンは逡巡する。そして顔を上げた。
「一旦、オリジンに行こう。これ以上俺達に出来る事は少ない。少なくとも、このまま人助けの為に動いているだけじゃ、どうしようもない。それにここまで探しても痕跡が殆ど無いんだ。多分、これからもこの状況が続くだけだ。それなら、イース王達と連携して行動した方がいい。すまねえな、シオン」
「……うん」
納得は出来ていないだろうが、今の現状を鑑みて、彼らに出来る事はこれ以上無い事をシオンも理解していた。
「それじゃあ、オリジンに行くぞ」
疫病の原因とならない様に、村全体を燃やしてから、彼らはオリジンに向けて歩き出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「まあ、あの程度ではあれが限界か。嫌がらせくらいにしかならなかったな」
ジン達の様子を遠くから見ていた男が興醒めした表情を浮かべた。
「しかし……しかし粗末ではあるが、素体は十分集まった。さあ、これからだ。これからが始まりだ!」
暗い研究室で男が叫ぶ。
「ジン・アカツキ……必ず貴様を殺す。そしてシオン・フィル・ルグレ……君を元に新たな魔人として再誕させ、人造魔人化の仮説を証明して見せよう! 待っていろ! はははははははははは!」
狂った様に笑う彼の眼前には数百もの人々が怯え、泣き叫び、怒声を上げながらいくつもの檻に収容されていた。
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