間の章

レヴィ:愛しらぬ仔龍

 僕にとってあの人は特別で、唯一でも、あの人にとって僕は特別であっても、唯一ではない。あの人の愛は誰にでも注がれて、僕はその中の1人でしかない。それがたまらなく悔しくて、悲しくて、切ない。


 目の前には凄惨な光景が広がっている。大量の死体と崩壊した街並み。我ながらよくやったものだ。フィリア様のお願いであったけれども、なぜか気が乗らない『仕事』だった。そう、『仕事』だったのだ。今まで自分が人を殺し、街を壊すことを仕事だと思うことはなかった。その行為は遊びであり快楽であり、特に意味はなかった。しかし、いつからだろうか。それらに退屈さを覚えたのは。この前ジンと戦ってからだろうか。それとも生物学的に父親であった男を殺してからだろうか。それとももっと前、本当の母親を殺した時からだろうか。


 最近、人を殺すことに想像以上に疲れる自分がいる。子を守ろうとする親を殺すたびに不快な感情を微かに抱く。それがなぜなのか、僕にはわからない。きっとわかってはいけない感情なのだろうと思う。だって僕は自分で壊したのだから。


 ふと、後ろで気配がする。そちらに目を向けると、黒焦げになった母親らしき物に必死に呼びかけている少女がいる。歳の頃は12,3だろうか。煤で汚れていなければ綺麗な金髪だっただろう。身につけている物から、それなりに裕福な家庭で育ったのかもしれない。彼女の行動を見て一層不快感がます。殺そうかと思い近づいて、手を挙げて、戻す。どうせ自分が何もしなくても、死ぬか、奴隷にでも落ちるだろう。それならば今わざわざ僕が手を下す必要はない。


 どことなく気怠い体を無視して、龍へと変化し、空へと舞い上がる。上空から見ると意外と生き残っている人間がいる。だがこの『仕事』はもう終わりだ。弱い人間を喰う気も起きない。喰べるなら命懸けの戦いができるような相手がいい。そうすれば、生きていることを実感できるから。


 何かが欲しい。だけどそれが何なのか分からない。この行き場のない感情は父さんを殺してからどんどん膨れ上がっている。こんなことなら、殺さなければよかったと思うけど、でもやっぱり殺してよかったとも思う。なぜこんなことを思うのか。この感情はフィリア様への裏切りのように感じる。でも考えるのをやめられない。気がつけば思い浮かべているのは父と、そして母の顔だ。それが堪らなく嫌だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【何を考えている?】


 頭の中で、ノヴァが話しかけてくる。最近こいつの声は僕をますますイラつかせる。フィリア様とノヴァの間にある絆とも言える何か。僕はそれが欲しくて堪らない。なぜこいつにあって、僕には無いのか。フィリア様はいつ僕を認めてくれるのだろうか。それが知りたい。それが怖い。いつまでたっても、あの方は僕を『唯一』として受け入れてくれないのではと思うと、足元がぐらついているかのような錯覚に陥る。


【なぜ生きている人間を見逃したのだ?】


「うるさいな。僕の勝手だろう」


【しかし、フィリア様の願いはあの街の破壊であっただろう。お前の行為はあの御方の願いに即していない】


 まただ。この行為はノヴァに下されたものであって、僕にでは無い。いつも彼女の言葉はこいつを通して僕に伝えられる。僕はあの御方と直接繋がっていないのだ。ノヴァがフィリア様の名前を出すたびに、まるで何かを取り上げられたような不快な気持ちが吹き上がってくる。


「うるさいって言ってるだろ!それはお前が受けた願いであって僕には関係ない!」


 だから僕は声に出して叫び、耳を塞ごうとする。でもそんなことをしても、ノヴァの声は消えない。当然だ。あいつは僕の体の中にいるのだから。内から聞こえてくる声をどうやって消せばいい?


 所詮、僕はこの本当の姿すら知らない男の宿主でしかない。僕の価値は僕そのものではなく、ノヴァという四魔の付属品であるということだけだ。それならばなぜフィリア様は僕の感情を残したのか?それが分からない。それが知りたい。本当の父さんと母さんにもう一度会いたい。会って僕を肯定して欲しい。彼らは僕を『僕』として受け入れていた。彼らにとって僕はノヴァの付属品ではなかったのだ。


 漸く、あの時涙がこぼれた理由がわかった気がする。僕は自分の手で『僕』本来の価値を絶ったのだ。今、僕を『僕』として受け入れてくれるのは皮肉なことだけど、ジンしかいない。今ならわかる。あいつを初めて見た時に父さんを不快に思ったのも、きっと父さんが弱かったからじゃない。僕という子供がいるのに、ジンに向けるその優しさが不快だったのだ。


 なぜ僕はこうしてただ殺戮を繰り返しているんだろう。ジンに会いたい。会って『僕』を認めて欲しい。ジンはフィリア様への供物であって、僕は彼を育てる存在でしかない。だけど、それでも、僕は『僕』であるという存在証明が欲しい。たとえ彼と殺し合いになったとしても。

 

 今僕の目の前で殺している人間共にとって、おそらく僕は厄災でしかなく、地震や火山の噴火、洪水や津波と同じ、理不尽なものという認識でしかない。彼らは僕が『僕』であるという価値の証明にはならない。


 ノヴァが羨ましい。フィリア様のお言葉を受け取れるほどに信頼されているから。


 ジンが羨ましい。彼のために立ち上がってくれる人がいるから。


 あの少女が羨ましい。死んだ母親のために泣けるのだから。


 僕には何もない。存在する価値も、生きていく意味も、そして、愛してくれる人も。


 僕の意識はノヴァと徐々に融合している。つまり、僕はいつか『僕』ではなくなるのだ。それが堪らなく怖い。その時に果たして『僕』が残っているのか分からなくて、吐き気がするほど怖い。


【レヴィよ。お前に与えられた使命がなんなのか、今一度思い出すが良い】


 ノヴァの言葉が信じられない。そんな思いを持ってはいけないのに。だって彼の言葉はフィリア様の言葉に等しいから。こんな思い、不敬でしかない。でも仕方ないじゃないか。生まれた時から僕は彼と一緒にいた。それなのに愛されるのは彼であって、僕じゃない。不公平で不快だ。何もかもが不愉快だ。


「いつか、いつかお前を喰らってやる」


 その言葉に驚いたのだろう。ノヴァは一瞬息を止めて、僕の頭の中で笑い出した。


【面白い。やってみるがいい】



 その言葉に込められた嘲笑の念が、さらに僕をイラつかせた。


「絶対に喰らってやるぞ!」


 もう一度言葉にする。これは僕が『僕』であるための誓いだ。だけどノヴァはそんな僕の想いを嘲笑い続けた。

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