第137話闘気

「儂等が想像していたよりもずっと深刻な事態のようだ」


 オーガの血を剣から拭いながら、倒木の上に座っていたハンゾーがぼそりと呟いた。その言葉に3人は頷く。当初確認されたのは5体のオーガだった。だが先ほど襲ってきたのも数は4だ。つまり単純に考えても少なくとも2体はまだいることになる。なにせ襲撃してきたオーガの中には魔物と予想されていた2個体がいなかったからだ。


 通常オーガは群れを作らない。家族で行動はするものの、繁殖力は人とそれほど大差がないため、何十人からなる群れを作ることはないのだ。また仮に作ったとしても、それを維持するためのリーダーになれるほどの個体はなかなかいない。そのため群れを作ってもほとんどの場合は自然消滅するのだそうだ。


 しかしおそらく今回は違う。厄介なことに魔物は得てして人間の頃の知恵を有していることがほとんどだ。もちろん記憶の有無は定かではないが。つまりやろうと思えばオーガの群れを作り、それを支配することなど容易だろう。


 実際に彼らを襲ってきたオーガも、拙いながらも連携をとって襲いかかってきた。これはつまり魔物がオーガたちに知恵を授けたと考えて間違いないだろう。そう考えると今回の敵はかなりの知恵が残っていると見ていい。遠くで待機していた一体はおそらく偵察部隊の報告役だったのだろう。戦闘が終了するかしないかのうちにいなくなっていた。


「あの離れて見てたやつは追わなくてよかったの?」


「あれはわざとですよ姫様」


「わざと?」


「ええ、こんな森の中でどこにいるかわからない魔物たちを探すのは非常に困難です。だからわざと放置した」


「ああ、そういうこと」


 クロウの言葉にミーシャは得心するが、ジンには何のことか分からない。


「どういうことだ?」


「なに、簡単なことだ。あやつの気の質は覚えたからな」


 そう言うとハンゾーは剣を鞘に収めて立ち上がると、ジンに顔を向けた。


「気?」


「まあいいから付いてこい。歩きながら話そう」


 そう言うとハンゾーは先ほどのオーガが向かった方向とは少しずれた方角へと歩き始める。そんな彼を当然のようにミーシャとクロウが付き従う。よく分からないままに、ジンはそれに従った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「気というのはいわゆる闘気のことだ。小僧、お主は闘気の扱いに慣れているようだな」


「ああ、法術があまり得意じゃなかったから、その代わりに闘気の訓練をしてきたんだ」


 森を進みながら先ほどの疑問を改めて尋ねたところ、ハンゾーはジンに説明をし始めた。


「ならば闘気の質が一人一人違うことは知っておるか?」


 その質問にジンは目を丸くする。当然だ。そんなことを彼は今まで考えたこともない。


「その顔だと、どうやらそんなこと考えたこともなかったようだな。まあ無理もないか。普通の国は法術が盛んであるせいで、闘気というものをただ肉体を強くするための手段としてしか捉えていないようだしな」


「違うのか?」


「いや、違わぬよ。ただ理解が不十分だというだけだ。その点、儂等の国では早くから闘気についての研究をしてきた」


「理解が不十分ってどういうことだ?」


「言葉通りの意味だ。闘気にはもっと可能性が秘められている。先ほども言ったがな。そもそも闘気とはどのような力なのか、なぜ法術は使えない人間がいるのに、闘気は全ての人間が使えるのか考えたことはあるか?」



「なんで誰もが使えるのか…か。生命エネルギーだからってことか?」


「その通りだ。ではなぜその生命エネルギーを肉体に纏うことができるか考えたことはあるか?」


 ジンは知らない。ただ気がつけば自分の体のうちにある力を感じていたのだ。だから何の疑問もなく今まで使ってきた。


「ない」


「肉体に闘気を纏うためには、まず生命エネルギーを闘気に変換する必要がある。次にその生成した闘気を生命エネルギーから分離させる。そしてそれを肉体へと纏わせるのだ。生命エネルギーと闘気を分離できるということがどういうことに繋がるかわかるか?」


 やはりジンには想像もつかない。


「つまり、それが意味するのは闘気は肉体からも切り離すことができるということだ。なぜなら闘気は現象から『分離』できる事象だからだ。だから武器に闘気を纏わせることも可能だ。ということはそれを放つこともまた可能であるということだ。だからこういうこともできる」


 そうしてハンゾーは剣に闘気を集め、振り抜いた。その瞬間風が走り、地面を引き裂き、遠くにある岩にぶつかると、まるで紙でも切るかのように容易く二つに切断した。


「今のは『飛燕』という闘気を飛ばす斬撃だ。法術のように溜める必要もなく放てる上に、その威力は闘気の扱いに長ければ長けるほど速く、強くなる」


「なるほど。それじゃあさっきの『気の質は覚えた』ってどういうことだ?」


「あらゆる生物は常に微弱ながらも無意識のうちに闘気で身を包んでいる。そして先ほども少し触れたが、闘気は生物それぞれに違いがある。『気』を覚えるとは、その闘気の形を把握するということだ。鍛錬を積むことで、それがどこにいるのか把握することもできるようになる。もちろん闘気の強弱によっては遠くから分かることもあれば、近くに行っても分からないこともあるし、そもそもこの技術を身につけるには気が遠くなるほどの修行が必要になる。『気』だけにな」


「なるほど」


 ハンゾーの薄ら寒いギャグを無視して、ジンは考える。この闘気を感知する技術を身につけることができれば、自分からレヴィを見つけることも可能になるはずだ。あの禍々しい闘気は簡単に忘れられるものではない。容易に身につけることは出来ないそうではあるが、挑戦する価値はある。


 ちなみにジンには知り得ないことではあるが、レヴィがジンの場所を初めから知っていたのは、彼がこの力を無意識のうちに『ノヴァ』の知識から身につけていたためである。


「ごほん。と、とにかく闘気についての理解を深めれば、様々なことに応用が利くようになるということだ」


 ジンに渾身のギャグを流され、ミーシャとクロウにも無視されたハンゾーは頬を少し赤らめながら話をまとめた。


「でも、そんな力が隠されているなら、あんたらの国以外でも普通に誰か研究しているんじゃないのか?」


「確かに儂等の国以外にも研究者はおるだろうが、法術に比べて闘気の有用性は低いと考えられている。そのため民衆への認知度も低いのだろうな。実際に様々な国で調べたことはあるが、闘気について記述された書物はほとんどなかった。あっても圧倒的に不完全なものばかりだった」


 ハンゾーの言葉通り、キール神聖王国などの大国では法術絶対主義とでもいうような風潮がある。不自然なほどに加護なしが差別されるのも、それが一因でもある。特にそれはフィリア信仰の篤い国ほどその傾向が高かった。


「じゃあ『蒼気』とか『黄気』はどういうことなんだ?」


「あれも不完全な技術だ。儂等の国の研究者はその先があると考えている。実際に過去の歴史を紐解けば、わずかだが、その先を体現したものがいるのだ」


「その先?」


「ああ、その名も『紅気』。伝承によるとその力は四魔すら悠に超え、神にすら届くと言われている」


 ジンはその言葉を聞いて身震いする。『紅気』を身につけることができれば、フィリアへとたどり着くことができるかもしれない。未だ四魔であるレヴィを倒すことすらできないが、それでもジンは少しだけ可能性が見えた気がした。


「それはどうやったら身につけることができるんだ?やっぱり才能なのか?」


「いや、まだ修得条件は分かっていない。ただ『蒼気』や『黄気』のように才能だけで身につけられるものではないということだけは分かっている。その程度なら儂でも修得できているはずだからな」


 そう言うと、ハンゾーは一瞬だけ『蒼気』を身に纏った。


「だからまあ、小僧もあまり期待はしないほうがいいぞ」


 ハンゾーの言葉は正しい。だがジンはどうしてもその力が欲しかった。しかしさらに質問をしようとしたジンを手で制して、鋭い視線を前方に向けた。何かが蠢いているのが見て取れた。


「どうやら向こうもこちらに来ていたようだ。皆、構えろ!」


 次の瞬間、いくつもの巨大な水の塊がジンたちに襲い掛かった。

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