第115話最強への挑戦
「お疲れ」
選手控え室に戻ったシオンにジンが寄ってきて労いの言葉をかけてきた。
「うん。ありがと」
「なんか結果だけ見ると圧勝だったな」
「まあね。最近妙に調子がいいんだ。よっぽどの相手じゃなきゃ全く負ける気がしないよ。むしろ……」
むしろ下手したら相手を殺しかねないのではないかというぐらい、出力から何から全てが総合的に飛躍しているのだ。体力は今まで通りだが、法術に関しては以前の比ではないほどだ。肉体が法術に追いついていない分、疲労も激しいのが難ではあるのだが。
『相手が弱すぎて困ってる、なんて傲慢なこと言えないよな』
今の状態は明らかに異常だ。原因は不明だが、内からどんどん力が溢れてくるこの感覚を彼女は持て余していた。
「むしろなんだよ?」
「いや、なんでもないよ」
シオンの様子に少し違和感を感じたが、ジンはそれ以上聞かなかった。
「そう言えば、マルシェたちが一回戦突破を祝ってくれるらしいんだけどお前も行くだろ?」
「うん。じゃあ行こっか」
シオンは早速ジンの前を歩き始める。その姿にジンは強い疑問を覚えた。
「次の対戦相手を確認しとかなくていいのか?」
その言葉にシオンはピタリと足を止めた。
「あー、そうだね。忘れてた。でもまあ次の相手は誰がくるか予想がつくし多分大丈夫だよ」
普段のシオンなら相手を侮るような行動はしないはずだ。あの野外演習では雑魚の魔獣との戦いですら、慎重を期していたのだから。しかしそんな彼女らしくない発言に、ジンはわずかに驚いた。
「知ってるやつなのか?」
「うん。前にちょっと縁があって戦った人が多分上がってくると思う」
「そうか」
もし予想とは違う相手が来たらどうするのか。今までのシオンなら必ず試合を確認していただろう。だが彼女が自分で言っていることだ。ジンに止める権利はない。
「それじゃあ、マルシェたちに合流しようよ」
「わかった」
シオンとジンは観客席にいるはずのマルシェたちの元へと向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「二人ともおめでとう!!」
マルシェはどうやらテレサにも声をかけていたようだ。彼女に案内されて随分と高級そうな喫茶店にジンたちは向かった。
「しっかし、ジンまで勝つとはな!最後なんか滅茶苦茶凄かったしよ!」
顔と店の雰囲気が全くそぐわないルースが興奮しているのか、大声で話してくる。周囲の目が少し痛い。
「そうそう。しかも次はいよいよアスラン様とでしょ?あっ、でも朝に言ったけど私はアスラン様を応援するつもりだからね!」
マルシェの宣言にルースが顔をしかめる。
「……ブレねえな、お前。ここは普通ダチを応援するところだろ」
「いーえ、たとえ誰に何を言われようとも、私は私の心に従って判断します。それが私のポリシーだから!」
「カッコいいなおい!なんでどうでもいいところでカッコいい言葉吐くんだよ!」
しかしルースのツッコミにマルシェはそっぽを向く。そんな彼女を見てジンたちは苦笑いする。
「まあまあ、そんなことは言わずに。そう言えばジンくん。アスランくんへの対策なんかは考えてるの?」
「いや、対策とか言われても、データも何もないから仕様がない。むしろテレサは何か先輩に関することで知っていることがあるか?」
「んー、一つだけ噂として聞いたことだけど。ジンくんはアスランくんが3属性の法術を使えるって話は知ってる?」
「ああ、前にマルシェが言ってたな」
アスランについては何気にジンは結構詳しい。それもそのはず、マルシェの話題の引き出しの中の一つがそれだからである。そのせいか、どんな授業を取っているか、普段何をしているか、行きつけの店はどこかなどなど、不必要な知識も持っている。マルシェ曰く彼のファンクラブがそこかしこで彼をストーカー、もとい尾行、もとい観察をしているのだそうだ。それが毎月会誌として秘密裏に販売されており、その売り上げでファンクラブを運営しているのだそうだ。そんな益体のないことを考えていたジンはテレサの言葉で現実に引き戻された。
「実は今大会なんだけど、彼、法術を使わないっていう噂があるの」
「マジかよ、それで大会出るとかありえねえだろ!そんなんで試合に勝てるわけがねえ!」
ルースが思わず身を乗り出す。ジンも確かに彼の言葉に賛同する。法術が使える者と使えない者とでは大きな差がつく。相手の攻撃に対して対応する手段が狭まり、却って自分の攻撃は相手に届かない。ジン自身がそれを痛感してきたのだから。
「まあ、普通はそう考えるわよね。でもそんな噂が流れていても、私たちの学年のほとんどが彼の優勝を信じて疑っていない。どうしてかわかる?」
それが意味することは一つしかない。そしてテレサの学年でそう考える生徒が多いということがそれを証明している。
「ただただ彼が強いから。法術を扱わなくても、闘気だけの戦闘でも魔物を簡単に殺せる。しかも武器すら持たないでね」
「なっ!」
「あっ!その話聞いたことある!それって本当のことだったのテレサちん!?」
絶句するルースとは対照的に今度はマルシェが興奮して身を乗り出した。確かにジンも驚いていた。ジンでも武装せずに魔物を討つことは可能である。ただアスランは学生でそこまでの技量を持ちながら、さらには法術においても卓越した才能を有しているのだ。
「本当に嫌になるな」
ジンの口から思わず溢れる。
「ん?なんか言った?」
「いや別になんでもねえよ」
ジンはシオンに首を振った。その様子に少し訝しげな顔を浮かべるも、彼女は追求はしてこなかった。
『本当に嫌になる』
知っていたことだがフィリアの依怙贔屓にはうんざりする。『加護なし』という存在を創ったかと思えば、アスランには露骨とも言えるほどの寵愛を与えている。しかし……
『危ねえな』
同時にジンは思う。悪趣味なフィリアのことだ。そんな彼を使徒にするか、魔人に堕とすという可能性はおそらく高い。それがいつになるかわからないが、もしアスランが使徒、あるいは魔人になった時に果たしてジンは倒すことができるだろうか。
「そう言えば、シオンは次の対戦相手を確認しとかなくてよかったの?」
「んー、多分アンブラ先輩が来ると思うから大丈夫」
「あー、アンブラくんか」
テレサは納得したかのように手を胸の前でパンと叩いた。
「アンブラってどんな人なんだ?」
ジンは素直な疑問を二人に投げかける。試合を見学しなかったのはそもそも相手を知っていたからなのだろう。
「元テレサのストーカーだよ」
「あ、あはは、ストーカーっていうか、偶然よく行く場所が同じだっただけだよ」
「休日に毎回行く場所が被って、平日は距離をとっていてもテレサの後ろを毎日ずっと歩いているやつをストーカーって言わないでなんていうんだよ!それに僕、あいつがクラス違うのにテレサの教室前をウロウロしているのをしょっちゅう見たんだぞ!」
「き、気にしすぎだよぉ」
「そんなことない!」
「そうそう、それ確実にやばいって」
鼻息を荒くするシオンにマルシェが賛同する。しかし、どうやらそんな彼の能力をシオンが知っているということは、彼もまた彼女に撃退されたうちの一人なのだろう。
「ねえ」
ジンとルースは突如声をかけられた方に顔を向ける。
「食べ終わったから帰ってもいい?」
そこにはだるそうな顔を浮かべながらテーブルに頬杖をついているアルトワールがいた。
「「いたのかよ!」」
思わずジンとルースは叫んだ。その反応にアルトワールは面倒臭そうに深いため息を吐いた。気がつけばシオンとマルシェがテレサを叱っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「それじゃあジンくん、明日は頑張ってね!」
テレサがジンの手を両手で包み込む。彼女のこういう仕草が男たちを勘違いさせるのではないだろうか。
「明日、絶対本気でやれよ」
「善処はするさ」
「絶対だぞ」
シオンは念入りにジンに言う。正直彼女はジンがアスランに勝てると思っていない。だがそれでも彼が本気を出せばいいところまで行くのではないかとは信じている。だからこそ、彼の全力を見てみたいと思うだ。
「明日はまあ程々に頑張ってねー」
気の抜けるようなマルシェの言葉にシオンもジンも苦笑する。
「それじゃあ帰ろっかな。ルース送って」
「なんでだよ!」
「えー、か弱い女の子を一人で帰らせる気?」
「ちっ、わかったよ。じゃあジン、また後でな」
「おう」
「それじゃあバイバーイ」
嫌がっているような言葉を言いつつも顔が緩みそうになっているルースを連れて、マルシェが去って行った。アルトワールはいつの間にかいなくなっている。おそらく積んである本を読むために帰ったのだろう。
「それじゃあ私たちもそろそろ行こっか、じゃあねジンくん」
「また明日」
「ああ」
テレサが小さく手を振り、シオンがぶっきらぼうに呟いて去って行った。そうして一人残ったジンはゆっくりと帰路に着いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いつも通りの早朝トレーニングを、今日は汗を流す程度で切り上げる。火照った体を朝の空気が冷やしてくれる。心地いい風に目を閉じて浸り、しばらくして目を開ける。これからいよいよ試合だ。アスランは脱いでいたシャツを拾い上げ、準備するために部屋へと戻った。
同時刻、ジンも最終調整を済ませていた。相手はこの学校の最強だ。彼と戦えば、今の自分がどこまで通用するのかを知ることができるはずだ。あの戦いから数年、自分がどれほどレヴィに近づいたかを確認するための試金石となるだろう。パンパンと二度頬を叩き、ジンは寮の部屋を出て、選手控え室へと向かった。ちなみに普段寝坊の常習犯であるルースは席を確保するためかいつの間にかいなくなっていた。
そうしてジンの挑戦が始まった。
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