第110話本戦前2

「ようシオン、どっちが一番か早速証明できそうだな」


「はぁ、また君かフォルス。いい加減僕を見つけたら喧嘩売ってくるのやめてくれよ」


 後ろからお供を連れて話しかけてきたフォルスに不満げな顔を向ける。だが相手はそんなことはどうでもいいと言うような顔を浮かべている。


「んなこたぁ、どうでもいいんだよ」


 というより本当に思っていた。


「大事なのは俺とお前、どっちが一年で最強かを決めることだろ」


 何度も何度も繰り返してくる同じ話に、シオンは露骨にうんざりしていると言わんばかりの顔を浮かべるが、興奮しているためか、そもそも興味がないのかフォルスは全く気にした様子がない。


「最強最強っていうけど、それが僕たちなのかどうかわからないじゃないか」


「はっ、この大会で他にめぼしい一年がいるか?まさかEクラスのやつのことを言ってるんじゃねえだろうな」


 フォルスは見下したような態度をとる。


「そうだよ」


 シオンの言葉に一瞬面食らうがすぐさまその顔が嘲笑の色に変わった。


「かははは、さすがにそれはねえよ。なあ?」


「あはははは、そうっすね!」


「ぷふふふ、本当に!」


 シオンはそれを見て肩を竦める。あいも変わらず目の前の男は視野が狭い。『最強』という言葉に捉われて足元をすくわれるのではないかと少々不安になってくる。


「まあいいさ。それじゃあ楽しみにしているぜ。くだらねえ試合にだけはしてくれんなよ、かはははは!」


 フォルスは笑いながら歩き去る。お供たちもそれについていく。彼らの後ろ姿を見てシオンはため息をついた。もう一度試合表を眺める。一回戦のフォルスの次の相手の名前を見て、シオンは荒々しい笑みを浮かべた。


「絶対に勝てよジン」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 徐々に陽が高くなってきた。ジンはいつもの鍛錬を軽めに切り上げる。今日からいよいよ本戦が始まる。初戦の相手であるジャット・ミリタリスはグランによると槍術と風、土の二重属性保持者だという。その上レティシアの話を信じるならば体術も相当のものだろう。一体どれほど強いのか、武者震いする。その上彼に勝てば学校最強の相手と戦うことができるのだ。今の自分の実力がどれほどのものか。それを確認できる絶好の機会だ。


「さてと、行くか」


 ジンは一旦部屋に戻り、それから試合会場へと向かう。会場は学校が所有する巨大な闘技場だ。舞台は一辺100メートルにもなる巨大な正方形で、何枚もの石畳が敷き詰められている。その周囲を芝生が囲い、さらにその周りを観客席が包んでいる。


 本戦のルールは時間無制限で、勝敗は降参を宣言するか、意識を失う、または場外に落ちた場合に決定する。得物はなんでもありだが予備武器は一本までしか登録できない。そのため試合中に武器がどちらも破壊された場合はそのまま無手で続行するか、降参するかを決定することになる。


「お、やっと来たか」


「あー、ほんとだ。おーいジンくん」


 声の先に顔を向けるとルースとマルシェがニコニコと笑っていた。自然と彼らの元へと歩を進める。


「もう来てたのか」


「あったりめぇよ!のんびりしてたらいい席取られちまうからな」


「そうそう、もうアルるんが席取ってくれてるんだー」


 アルトワールが見当たらないのはそれが理由らしい。この大会は一般公開しているため、毎年多くの観衆が集まる。さらに各師団からも何人かがスカウトとして派遣される。まだ進路が決まっていない3年にとっては重要な機会である。その上今年は前情報でキール神聖王国の国王イース・フィリアン・キールが観覧しにくるのだそうだ。それに付随して近衛騎士団も動員されているらしい。つまり団長のサリカも見に来るのだろう。あとは恐らくフォルスの父親である王国騎士団長のアレキウスも。だからこそ今年の大会は本戦に出場した全ての生徒にとって特別なものになるだろうということが予想されている。


「あー、なんだ。色々言おうと柄にもなく考えてきたんだが忘れちまった。まあとにかく頑張って一回戦ぐらい突破しろよ!」


「はは、善処するよ」


 ルースが突き出してきた拳に拳を合わせて互いに笑う。


「絶対勝ってね!あっ、でもアスラン先輩と試合することになったら、私はジンくんよりアスラン先輩を応援するからね!」


「ははは……それは酷くない?」


 マルシェの言葉にジンは思わず苦笑いする。それを見てマルシェはケラケラと明るく笑った。それからしばし三人でおしゃべりを続けた。


「それじゃあ行ってくる」


「おう、絶対勝てよ!」


「頑張って!」


 二人に見送られて、ジンは選手控え室へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 控え室にはまだ全員揃っていなかった。午後からスタートの者はほとんど来ていないようだ。部屋の中を見渡すとジンはすぐにシオンを見つけた。一瞬口角が上がるが彼女の近くにいる少年を見てすぐに元に戻る。どうやら彼女はいつか見た赤髪の少年に絡まれているようだった。以前もらったデータと照らし合わせるとどうやらあれがシオンの一回戦の相手のフォルス・ビルストなのだろう。その光景を見てなんとなくだがイラっとしたジンは、足早に彼女に近づき声をかけた。


「ようシオン。調子はどうだ?」


「ああ?」


「あっ、ジン!よかった。探そうと思ってたんだ」


 シオンが安堵の顔を浮かべたのを見て、フォルスは不機嫌そうな顔を一層不機嫌そうにしててジンを睨みつけてくる。だが所詮は威嚇だ。その程度のことに怖気付くことはない。


「誰だテメェは?」


「ジンだ」


「ジン?ああ、お前があのゴミクラスのやつか。はっ、全くお前みたいな雑魚がよく上がってこれたもんだぜ。先輩たちも情けねえな。あるいはお前が幸運過ぎたってか?」


「この大会は運で勝ち残れるような者じゃないって知ってるだろ。ジンは実力で上がってきてるんだ。それに幾ら何でもその口は先輩たちに失礼じゃないか」


「かはは、どうでもいいんだ、んなこたぁよ。それよりもなんで雑魚が俺たちの会話の邪魔しに来てんだ。ぶっ殺されてぇのか、ああ?」


「いや別に、ただ俺もシオンに用があったから来ただけだよ」


「そ、そうそう、僕たち約束があったんだよ。だからこれ以上君に付き合ってはいられないから」


 シオンは立ち上がるとジンを盾にするかのように彼の背後に回った。それを見てこめかみをひくつかせる。


「ああ?テ、テメェらまさか出来てんのか?」


 その様を見てどうやら誤解したようだ。今までにないほどに殺意のこもった目をジンに向けてきた。


「いや俺たちは……」


「そうだったらなんだっていうんだ!」


 ジンの言葉を遮るシオンに非難の目を向けると、少し申し訳なさそうな顔を浮かべている。だがフォルスは直前のシオンの言葉に気を取られて、それに気がついていなかった。


「ふ、ふざけてんのか。そんな雑魚とお前じゃ釣り合わねえだろ!」


「釣り合う、釣り合わないは僕が決めることであってお前が決めることじゃない!」


 シオンの正論はしかし今のフォルスには火に油をそそぐようなものだった。


「いや、いやいやそんなわけねえ。お前はそんな女じゃねえだろ。もっと強くて冷徹で孤高で、雑魚には興味ない、そんな女だろうお前は!」


「知らないよそんなの。勝手にお前のイメージを僕に押し付けるなよ!」


 その言葉にショックを受けたのかフォルスは驚きの表情を浮かべてから下を向いて、怒りで肩を震わせた。そして急に顔を上げる。


「決めた」


「え?」


「もう決めた、ジンだったな。お前は俺がぶっ殺す。そんでシオン、お前、俺が勝ったら俺の女になれ」


「「はあ?」」


 ジンもシオンもフォルスの宣言を聞いて間の抜けた声を上げる。


「なんで?」


 思わずシオンは聞き返してしまう。だがフォルスは恥ずかしいのか怒っているかわからないが顔を真っ赤にさせて言葉を吐き捨てる。


「なんでもクソもねえ!お前には俺みたいな強い男以外に合わねえんだよ!それに俺はお前ぐらい強い女でなきゃ付き合う気はねえ!だからお前は俺と付き合うしかねえんだ!」


 つまりはそういうことである。何度も入学以来シオンに絡んできたのは単純に強さ比べをしたかったのとは別に純粋に惚れたからである。しかし如何せん今まで武にしか興味のなかったフォルスだ。どうアプローチすればいいかわからなかったのだ。それが拗れに拗れた結果、とりあえず喧嘩腰になって話しかけるという今のスタイルになったのだった。


「いいか、お前は絶対俺が手に入れる。だから試合覚悟しておけよ!そんでジン、てめえは今度ぶっ殺す!」


 そう言い捨てるとずんずんとフォルスは歩き去って行った。二人は唖然としてその後ろ姿を眺めるしかなかった。


「……ああ言ってたけど」


「うん、次の試合のモチベーション高くなかったけど、絶対に負けられなくなったよ」


「つーかお前のせいで俺ぶっ殺されることになったんだけど」


「それはごめん」


「……まあいいけどさ。勝てよ」


「うん。絶対に負けない」


 気がつけばジンの試合までもう30分を切っていた。それに気がついたジンは慌ててシオンに別れを告げると試合の準備を急いだ。


「ジン・アカツキ、ジャット・ミリタリス。時間だ」


 そしてついに時間がきた。ジンはアップをやめて短剣を腰のベルトに挿した。


「頑張れよ」


「ああ」


 シオンの声援を背に、ジンはジャットとともに舞台へと向かった。

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