第44話終結
次に目が醒めるとジンは早速司令室に向かった。外から魔獣たちの咆哮や術の飛び交う音が聞こえてくる。
「目が覚めたか」
部屋の中で会議が行われていたらしかったが、ジンが部屋に入ってくるなりそれを中断し、ヴォルクが話しかけてくる。どうやら昨日から一睡もしていなかったらしい。目の下にはうっすらとくまができていた。
「おじさん、今の状況は?」
「昨日話した通り、こちらが優勢だ。ティファニア様とその配下による攻撃でかなりの数を削ることに成功した。このままなら今日の夕暮れ時までにはなんとかなるだろう」
「よかった。でもそれならあとどれぐらい残ってるの?」
「2万弱というところだな。ティファニア様たちには今休憩を取ってもらっている。その代わり、ウィルとマリアが正門の警備についている。それとマリアが、起きたら正門まで来るようにとのことだ」
「正門までだね。わかった、行ってみる」
「ああ、お前の働きに期待しているぞ」
状況が改善したおかげか、少し険の取れた顔のヴォルクがジンに軽く笑いながらそう言った。それを見てから、ジンは部屋から走り出て行った。
正門に着くとウィルとマリアが魔獣たちに向かって術を放っている最中であった。
「『炎弾』!」
「『雷撃』!」
二人の放った術が魔獣を蹴散らし、焦がし、殺していく。
「マリア、ウィル!」
ジンが声をかけると二人は彼の方へと顔を向ける。
「おお、起きたかジン。調子はどうだ?『土槍』!」
ジンに向けて笑いかけながら、頭上で作った土の槍を次々と射出していく。
「うん、もう大丈夫。それで俺は今から何をすればいいの?」
「なに、あんたには力の訓練を積んで欲しくてね。ここなら的なんていくらでもあるしね。『熱風』!」
炎の力で熱された高温の風が魔獣たちを蹂躙し、燃やしていく。
「そうそう、こいつらにならなんの気兼ねもなく一昨日の力を使えんだろ?『金雨』!」
金属でできた大粒の雨が魔獣たちを降り穿つ。
「で、でも…また失敗したら…」
「男がうじうじしてんじゃねえよ『土石流』!」
「大丈夫、あんたならできるよ『光閃』!」
「…わかった、やってみる」
マリアたちに励まされ、一つ深呼吸をするとジンは眼下の魔獣に向けて意識を集中させていく。自分の頭の中にある何かの回路が繋がっていくように感じられ、ジンは目の前にある空間が軋み出している気がした。
「そうだ、その調子で今溜めているものを魔獣たちにぶつけてやるんだ!」
マリアからの声に促されるように、ジンは自分の前にある力に指向性を持たせて放つ。
それは凄まじい力であった。空間が歪曲し黒点が収束する。やがてそれは周囲に群がる魔獣たちを飲み込み肥大化していき、すぐに消え去った。時間にして2、3秒である。だが数百の魔獣が一瞬のうちに消失し、あるいは刃物で綺麗に切られたかのようにその体の一部を喪失していた。
「…なんだこれ…これが無属性の力なのか」
「ええ、まさかこれほどだなんて…」
先ほどまで術を放ち続けていた二人が目の前の光景に呆然とする。焼失したのでも、押しつぶされたのでもなく、ただ忽然と消え去ったのだ。二人の様子に気が付かないジンは自分の成果を見て慄然するとともに、仄暗い快楽を感じる。暗い喜びが胸の内に湧き上がる。
『この力があれば、もしかしたら…』
今までなんの術も扱えなかった彼にとって、自分の力は高尚なもののように感じられた。レックスは『コントロールできなくてもいいんじゃないか』と言っていた。だがジンは思った、確かにこの力は恐ろしいが、この力をコントロールすることができれば、自分は更なる力を身につけることができると。そしてそれはあの女神にも届きうるのではないかと。
自然とジンの体に力が入る。今の感覚を忘れないために再び集中を始める。マリアとウィルが何かを話しかけてきていることは頭の片隅で認識したが、そんなことはどうでもよかった。ただ自分の力を使いこなしたい。ただ眼下の魔獣たちを殺したい。その暗い感情が彼の思考を蝕む。
だから彼はそれを何度も何度も繰り返した。口元に歪んだ笑みを浮かべながら。
「あははははははははははは!」
「ジン落ち着け!」
「ジン、一旦やめなさい!」
突然暴走を始めたジンにマリアとウィルは慌てて止めようとして駆け寄り声をかける。この状態のジンに触れては巻き込まれる可能性が大いにあった。だからこそ彼らは声をかけることしかできなかった。
合計5発の黒球を放った後、ジンは崩れ落ちるかのように倒れた。ウィルとマリアはジンに近寄り、彼の様子を確認する。
「どうだ?」
「大丈夫、ただの術の使いすぎから来る失神だと思う」
「…そうか。それで、お前は今のをどう思う?」
「どうって…」
「俺は正直不気味だったよ。ジンの力もそうだし、それにこいつの暴走の仕方もな」
「確かにね。私もあんたが言ってたことを思い出したよ。この子のあの様子は確かに力に溺れているように感じたよ」
二人は今見たものを思い出しながら、それが生み出した結果を眺める。計5つの小型のクレーターはそこだけぽっかりと穴が空いたかのように、死体も何も無い空間が広がっている。少なくとも二千匹以上は殺しただろう。
「まったく末恐ろしいね」
「ああ、そうだな。こいつにちゃんとした精神鍛錬をしねえと、確実に歪んじまうぜ」
「ええ、どうやら明日からこれまで以上に厳しくしないといけないようだね」
「まったくだ」
そう言いながらウィルはジンを担ぎ上げた。
「こいつをちょっと兵舎に置いて来る。どうせしばらく起きねえだろ」
「わかった。そんじゃああたしはもう少しここにいるよ」
「おう、任せた」
ウィルはそう言うとジンを担いで兵舎の方へと向かった。兵舎にいたヴォルクたちはジンがすぐに戻ってきたことに驚いていたが、ウィルの話を聞いて納得した。
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たとえ魔物クラスであろうとも、ピンからキリまであった。このスタンピードにおける魔物はおおよそ100体いた。だが元の能力が低かったのか、マリアたち使徒の前では無力に等しい存在であった。魔物たちが次々と倒されていくことで、彼らが統制をとっていた魔獣たちも徐々に逃走を開始し始めた。
魔獣たちを結果として間引きしたことにより、アーカイア大森林から流れてきた魔獣たちが住むのに十分な環境が整えられたのだ。
ついに最後まで残っていたトロールの群れをティファニアが完全に消滅させた。これにより今回の魔獣の大暴走は集結した。被害は早期にマリア、ウィル、ティファニア、ヴォルクの4人の使徒が参戦したおかげで、当初見積もられていた死傷者数よりもはるかに下回った。
しかしながら、空中から攻め入ってきた魔獣たちにより都市の機能は大打撃を受け、また魔獣たちの侵攻のために壁の向こう側にあった農地は壊滅的であった。今後数年間、城塞都市としての機能が低下することは容易に想像することができた。
だが人々は何とか生き延びることができたことを喜び、失った人々を思い嘆き、それでも次の日のことを考えて行動を開始した。いつまた人間が攻めてくるかわからなかったからだ。それまでにある程度都市機能を回復していなければ、エデンは人間に蹂躙されるかもしれないのだから。
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それから一週間が経過した。マリアとウィルは法術を駆使して疫病の蔓延を防ぐために魔獣の死骸を燃やしたり、ボロボロになった土壌の整備のために土や水法術を駆使したりと一日中精力的に働き周り、ようやくおおよその目処が立ったので、帰ることにしたのだ。
門の前にはヴォルクと、ウィル、マリアが立っていた。
「お前ら、もう帰るのか?」
「おお、もともと食料買うために来ただけだしな」
「そうそう、それにマチとかも元気になったしね」
「俺としてはもう少しここにいて復興の手伝いをして欲しいんだがな」
「まあそう言うなって。俺たちはジンを鍛えなきゃいけねえ。だけどあいつの力は下手したら暴走しちまうかもしれねえからな。できる限り街から離しておいたほうがいいんだよ」
「そうか…だがそんなに危険なのか?」
「…正直に言って鍛えたらどうなるかわからないの。ただ確実なのは、あの子の力は強大すぎてあの子自身が呑まれる可能性があるってことだけ。だから一刻も早くまともにコントロールできるようにしなくちゃならないわ」
大人たちが話しているのを遠目に見ながらジンは荷車に寝そべっていた。やがて彼らが話しながら近づいて来ているのを感じると顔を上げた。
「…連絡員が殺されていた件はこれから調査するつもりだ。お前たちも気をつけろよ。俺にはどうにもこの件がきな臭く感じられてな」
「そうだな。ティファニア様への連絡員だけが殺されたってのが不自然すぎる。一体誰が何の意図を持ってやったのか…」
「まだあんまり情報が集まってないのに憶測してもあんまり意味ないよ。変に先入観が入ったらそれこそ真相の解明なんてできないだろ」
「まあ、それもそうだな」
ヴォルクとウィルがマリアの言葉に頷く。
「それよりもほら、ジンも暇そうな顔しているし、そろそろあたし達も出発しようじゃないか」
「そうだな、それじゃあヴォルク、また今度街の様子を見るついでに顔出すから、そん時にわかったことを教えてくれ」
「ああ、それまでにある程度調べがついているように努力するぜ。それじゃあ元気でな。ジンも気をつけるんだぞ?」
「うんわかった、おじさんもね」
ヴォルクはそれを聞いて一つ大きな笑みを浮かべ頷くと、じゃあなと言って街の方へと向かって行った。
「よし、それじゃ俺たちも帰るか」
「そうしますか。全く今回はとんでもなく疲れたよ」
「はっ、違いない。ほらジン帰るぞ」
「うん!」
そんなことを言いながらマリアとウィルは購入した食料などを荷車に乗せると、ジンとともにゆっくりと帰路に着いた。
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