第41話狂気
「くそったれ!」
マリアは砦の中に入り込んだ魔獣を1匹、また1匹と倒して行く。
「これ、だから、飛行型はやっかいなんだよ!」
マリアの足元にはガーゴイルやら、ハーピーやら、グリフォンやらが倒れ伏している。目の前にいたグリフォンを炎で燃やし尽くすと、今度は後方から迫ってきたガーゴイルに『鎌鼬』を放ち真っ二つにする。
魔獣たちがバジットを襲撃し始めてからマリアは何人かの衛兵たちと都市の中を周回し、怪我人や子供、老人などの救助を行なっていた。無数に襲いかかってくる魔獣の数は20を超えたところで数えるのを止めた。だがようやく逃げ遅れた人々の回収が大体終わったところで再び襲撃を受けたのだった。
魔獣たちを蹴散らした後で一息つこうとしたマリアは、近くの店の前に置いてあった椅子に腰掛けようとする。しかしその途中で宿の方から悲鳴が聞こえてきた。
「まだいんのかい!ていうよりあっちはイルスたちが行ったところじゃないか。あいつら適当にやりやがったな、後でとっちめてやる!」
マリアは頭の中に若い狐人とその取り巻きたちの顔を思い浮かべる。うんざりとした表情を顔に出しながらも現場に直行することにした。彼女は非常に不安な気持ちにかられた。なぜなら宿の方から聞こえてきた声はどこか聞き覚えのある声だったからだ。
「大丈夫、あの子は賢い子だ。逃げ遅れているはずがない…」
そう自分に言い聞かせながらもマリアは自ずと進む足が速くなっていることに気づいていた。
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「こ、来ないで!」
マリアの数十メートル先に、猫人のマチが小さな子供を抱きかかえて背を向け震えながら涙顔で目の前にいるワイバーンを睨めつけていた。その背には引き裂かれたのか、夥しいほどの血が流れているらしく、彼女のシャツが傷口のあたりからドス黒く染まっていた。
よく見るとその顔に血の気はなく、青白い、今にも気絶してしまいそうな顔をしていた。それでも必死になってその男の子を守ろうとしていた。だがそれを見ていたワイバーンはシュルシュルと笑っているかのような音を出し、大きく口を開けてマチに襲いかかろうとする。
一瞬、マリアの頭の中で何かの光景がよぎる。
全身に鳥肌が立ち、目の前が赤黒く染まる。そして次の瞬間腹の奥底からドス黒い怒りが湧き出す。彼女は木の槍を空中に瞬時に作り出して放つ。それはワイバーンの右翼を貫く。
「ギャァァァァ!」
突然の痛みにワイバーンが叫ぶ。マリアはそのまま魔獣に向かって歩き始めた。意識外からの突然の攻撃と痛みに慌てふためいていたワイバーンは動くこともできず地面を転がった。だがマリアを認識すると、彼女が醸し出す禍々しい力の本流に、身を震わせ、警戒するかのように声をあげ、火の玉を吐き出した。
マリアはそれを無視するかのようにゆっくり近寄り続ける。
「『氷盾』」
そう呟いた彼女の右腕に氷の盾が出現する。それを使って、飛んできた炎弾を横殴りするように弾き飛ばす。炎弾はそのまま民家にぶつかると勢いよく燃え上がり始めた。弾いた氷の盾がその熱でわずかに溶ける。ワイバーンはそれを見てもめげずに何度も何度も炎弾をマリアに向けて放ち続ける。しかし彼女はそれを盾で受け流していく。
その盾は何度も打つかってくる炎弾の熱によって徐々に溶け始めていた。だがマリアはそれに気づかない。ただ彼女はワイバーンに向かって近づいていく。そして氷の盾がほぼ溶けきり、彼女の右腕に火傷によって火ぶくれがひどくなり始めたところで、ワイバーンの目前に迫った。
そこから始まったのは一方的な蹂躙であった。
怯えるそれにゆっくりと近づいたマリアは次々に木槍を空中に作り出し、それを射出してワイバーンの体に次々と突き刺していく。ワイバーンは踊るマリオネットのように木槍に貫かれては吹き飛ばされ、貫かれては吹き飛ばされてを繰り返されていく。だがその痛みにグルグルと唸りながらも、なんとか口を開けて反撃の炎弾を吐き出そうとする。
「うるさいんだよ」
マリアは一言呟くと木槍をその口に突き立てて強引に黙らせる。くぐもった叫び声を聞きながらマリアは、深い憎しみのこもった焦点の合わない虚ろな目で、ギロリとそれを見やる。
「あんたが、あんたがあんたがあんたがあんたが!許さない、許さない許さない許さない!」
彼女は正気を失ったかのように唾を撒き散らし、喚き散らし、血が出るほどに頭を掻き毟る。だが唐突に静かになると、再び木槍を空中に作り出して、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、それを目の前にいる魔獣に突き刺していく。
「あは、あはははははははははははは!」
ワイバーンから吹き出した血が、彼女の赤い髪を、白い肌を赤黒く染めていく。それでも彼女の狂気は止まらない。
「あはははははははははははははははははははははは!」
やがて、もはや原型をとどめない肉塊になったそれを見ながら、それでもそれを木槍で穿ち続け、マリアは狂ったように笑い続けた。炎上する建物に周囲を照らされながら、邪悪で妖艶な女の笑い声が高らかに響いた。
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「お姉ちゃん!マチお姉ちゃん!起きて、ねえ起きてよ!おばちゃん!マチお姉ちゃんが死んじゃう!」
小さな子供の泣き声が聞こえてきた。その声が聞こえてきた方向にマリアはぼんやりと目を向ける。そこには血に染まったシャツを着て息も絶え絶えな少女に必死な表情で呼びかける、少女と同じ猫耳の男の子がいた。
それを認識した途端に、マリアの頭に残っていた熱りがさっと下がる。彼女の赤黒く染まった視界が徐々に色を取り戻した。なぜだか、まるで長時間術を使った後のようにどっと疲れている。
マチたちのところに慌てて駆け寄り、彼女の状態を確認する。幸いなことに、出血は激しいが、重要な器官に傷を負っているわけではなかった。しかし流した血の量が多いため、油断できない状態であることには変わりない。
「マチ!ちょっと待ってな。今治してやるから。ほらクロ少しどいとくれ」
そう言ってマリアはクロを退かせると、すぐさま患部に手を乗せて光法術を発動させる。彼女の体から白く淡い光が立ち上り、治癒の光がマチの身体中を包み込んだ。見る見るうちに傷口が塞がっていく。数瞬で傷口が塞がる。それを確認したマリアがマチの顔を見やる。
血の気が失せて真っ白な顔になってはいるが、耳を口元に近づけると微かに呼吸していることがわかった。予断を許さない状況ではあるがひとまず窮地を脱したと言える。
「もう大丈夫だ。だから泣き止んでおくれ?」
マリアがそう言いながら泣きじゃくるクロの頭の上に血まみれの手を伸ばそうとする。
「ひっ!」
クロは泣きながらも弾かれたように彼女から離れようとした。
「ど、どうしたんだい、クロ?」
予期していなかった反応をマリアは不思議に思ったがすぐに思い至る。小さな子供の目の前にいる彼女は、血だらけで、なおかつ、つい先ほどその子の前で、魔獣を殺したのである。マチが助かったことを知って安堵し、緊張感がほぐれたクロには、今度はマリアが薄気味悪く思えたのだろう。
いつもなら猫のようにマリアにじゃれてくるのだが、その目には怯えの色が映っていた。そのように解釈し、仕方ないと肩をすくめ、マチを担ごうとして、右腕に鋭い痛みを感じる。思わず小さく呻きながらそちらを見やると、焼けただれた腕があった。
「なんだいこりゃ?あんた何か知ってるかい?」
このような怪我をした記憶は彼女にはなかった。再び治癒の術を発動し手早く怪我を治しつつ、クロに尋ねる。だが彼は小さく震えながら、
「お、おばちゃん覚えてないの?」
「ん、なんのことだい?」
「何って…」
クロが言葉を続けようとしたところで遠くから魔獣の鳴き声が響いてきた。
「まあいいさ、それよりあたしは今から詰所にマチを連れて行くつもりだから、クロも一緒においで。そこなら兵士たちも集まっているはずだ」
そう言ってからマチを担ぎ上げてゆっくり歩き始めた彼女の後を、一定の距離を開けつつもクロは付き従った。後ろを意識しながらマリアは苦笑する。
「はは、あたしも嫌われたもんだねえ」
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