第39話合流
大キマイラの尻尾の攻撃をしゃがんで躱す。すかさず襲ってきた尻尾を切り落とそうと短剣を上に振るい、その攻撃は見事に蛇の頭を切り飛ばした。そして一足飛びで後方に下がり、距離をとった。
「—————————————!」
尻尾を切り落とされた大キマイラは憤怒の形相をジンに向ける。互いに睨み合いを続ける彼らの周囲にはすでに事切れた、中、小キマイラが転がっていた。
ジリジリとひりつくような時間の中で、唐突に大キマイラが勢いよくジンに飛びかかり爪を伸ばしてくる。だがジンはその攻撃を冷静に、体をわずかに右に動かして躱す。その躱しざまに左手に持った短剣でヤギの首の喉笛を切り裂く。そして、痛みに苦しむキマイラの背に飛び乗ると、背中側から心臓のあたりに狙いをつけて剣を振り下ろす。ある程度のところまで突き刺さると、分厚い毛皮と骨に阻まれて進まなくなるが、
「レクス、発動!」
と叫ぶと、右手に持っていた短剣レクスに封じられた金神術が発動する。剣身が伸び、刃幅が広がり、切れ味が鋭くなった。そしてそのままキマイラの心臓部まで容易く切り裂いた。血が吹き出しジンの体を赤く染める。ビクンビクンと何度か痙攣したのち、大キマイラは事切れた。それを確認し、大きく深呼吸をして乱れた息を整えた。
金神術を魔核に封じ込めるというのはウィルのアイディアだった。短剣は使い続ければ、切れ味が落ち、また付着した血によって錆びてしまう。金神術ならこの点を克服できた。加えて強固な鎧を身につけた相手であっても容易に切り裂く切れ味を付与することができる。
もう一本の剣サルトゥスには雷神術が込められている。金神術との相性を考えた上で、これもまたウィルにアドバイスされたのだ。雷化の神術を発動させれば、強化された肉体をさらに活性化させ、まさに稲妻のような速度で動くことができる。相手を一時的に麻痺させてその隙をつくことも可能である。
川で体に付着した血を軽く洗い流した後、ジンはレックスたちを追いかけることにした。先ほどの戦闘で体にはいくらか疲労が残っているが、嫌な予感がするため、体を闘気と無神術で補強し走り始める。身体能力を一気に3倍近くまで強化した彼は猛スピードで河原を駆け、森を抜ける。小高い丘の近くまでついたところで、遠くから爆発音や、何かの騒ぎ声が大量に聞こえてきた。一瞬、最悪の光景が頭をよぎる。
「まさか…」
思わず足を止めてしまった彼は、再び走り始めた。今度は自分が今できる最大である5倍の身体強化を自身に施す。丘の天辺まで一息で駆け上がった彼の目に映ったのは、大量の魔獣たちに襲われたバジット砦であった。
「嘘…だろ」
あまりの光景に言葉を失うジンであったがすぐさま仲間たちのことを思い出し、周囲に目を向ける。
「レックスたちは一体どこに?」
自分よりも先にこの光景を見たであろうレックスたちは、他の魔獣に襲われていなければ周辺にいるはずだった。しかしその姿はどこにも見えない。
「レックス、ラルフ!ヨーク、ラビ、ザルク!誰か、誰かいないのか!」
反応が戻ってこないため、焦燥感に苛まれる。
「誰か!誰かいたら返事をしてくれ!」
大声で友人たちの名前を呼び、周囲を駆け回る。すると彼の近くにあった木の根が突如動き出し、中からレックスたちが現れた。
「みんな!よかった、無事だったのか」
全員の無事を確認してジンは安堵の息をこぼした。張り詰めていた意識がわずかに緩む。
「お前こそな。それで、キマイラの方は倒したのか?」
「ああ、ま、あの程度俺なら余裕だね」
レックスの言葉に冗談めかしく返答する。
「はは、うるせえよ」
そう言ってレックスは拳を前に突き出してきたので、ジンはそれに自分の拳を軽くぶつけた。
「それで…今どんな状況かわかるか?砦の方がどうなっているかとか、マリアたちはどうしているかとか」
「とりあえず、マリアたちは無事だ。砦の方も門はまだ保つらしいけど、それもせいぜい1日から2日らしい」
「そうか…それでこのことはもうウィルには伝えたのか?」
「ああ、ついでにティファニア様にもな。ウィルは多分あと20分ぐらいで来るんじゃねえかな。ティファニア様は兵隊を送ってくれるらしいんだが、そいつらが来るにはまた2時間ぐらいかかるらしい」
「わかった。それで、レックスたちは何をしてたんだ?」
「何って、俺らはお前が来るのを待ってたんだ。どう考えても、俺らにこの中を突っ切れるほどの実力はねえしな。それに…」
『俺たちが見えなかったら、お前が無理やり突っ込むんじゃねえかと思ってな』
そう続けようとしたがレックスは結局言わなかった。ジンが意識的にか、無意識的にかはわからないが、仲間や知り合いが傷つくこと、あるいは死にそうになることを非常に恐れていることにレックスは気がついていた。だからこそ、その精神の脆さが気になるところだが、今そんなことを話している暇はない。
「え?それに、どうしたんだ?」
「いやなんでもねえ、忘れてくれ。さてと…これからどうするよ?」
「そうだな…なんとかマリアに合流できないかな?」
「そりゃ、それができりゃあ一番だけどよ。俺たちがあん中突っ切んのは無理だぜ?少し進んだところでぶっ殺されんのがオチだ」
「そうなんだよなぁ。どうすっかな…」
「あ、あのジンくんはやっぱりあの中を行くつもりなの?」
ラルフがおずおずとジンに尋ねてくる。
「ん?ああ、そのつもりだけど」
「む、無理だよ!そりゃあジンくんとレックスくんならなんとか行き着けるかもしれないけどさ、僕にはとてもじゃないけどそんなことできないよ!」
ラルフがヒステリックに声を上げる。そしてそれに同意するように他の3人が頷く。彼らはジンやレックスのように修行などしていない。ある程度神術は扱えはするが、所詮素人に毛の生えたようなものであった。
「お、落ち着けって!だから今みんなであの中を突破できる方法を考えてるんじゃないか」
ジンが宥め賺すようにラルフに言う。
「で、でも!」
それでも彼は食い下がってくる。だが、
「ラルフ、少し黙ってろ」
グルグルと唸りながら、レックスが凄むとラルフはヒッと小さく悲鳴をあげ手から、すごすごと静かになった。だがその顔には不満と恐怖の色が見て取れた。さっ、とレックスが他の面々を見やると彼らもやはり同じような顔をしていた。
「そ、そうは言ってもよお、マジで俺たちはどうすればいいんだよ?」
「だからそれを考えてるって言ってんだろ!」
怖いのは理解しているが、何度も似たようなことを聞かれて、イラついたレックスの語気が思わず強くなる。
「でも実際に無理だろ!なあもう俺たちだけでも逃げたほうがいいんじゃね?」
「てめえ!何寝ぼけたこと言ってんだ!」
ザルクの言葉を聞いて、レックスは怒りのあまり彼の胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「ぐ、くっ、ぐるじい…」
「砦の中には俺たちみてえなやつらの面倒を見てくれた人達が一杯いんだろ!その人達を見捨てろって言ってんのか!」
首を絞められているザルクの顔がどんどん青くなっていくが、興奮したレックスはそれに気がつかない。冷静に見えるが焦っているのは、現状に恐怖感を抱いているのは彼も同じなのだ。
「おい、レックス落ち着けって!それ以上やったらザルクが死んじまう」
そんな彼にジンは慌てて声をかける。
「うるせえ!こいつは一発殴らなきゃ気が済まねえ!」
ザルクがその言葉を聞いて青い顔をより一層青くする。レックスが左手で襟を掴んだまま、右手を後ろに引いて思いっきり殴るために力を込める。だが結局その拳はザルクに届くことはなかった。突如レックスの背後の空間が歪曲したからだ。それに気がついたジンとレックスは素早くラルフたちの手を引いて、距離をとった。
「あらあら、そんなに大声を出してどうしたんですか?」
すると、中から淡い緑色のフード付きローブに、頂点に紫色の宝玉が飾られ、金と銀の複雑な装飾が施された木の杖を手にしたティファニアが現れた。
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