五 三五年後


 男の頭には白髪が目立ち始めていた。

 むしろ、白髪の方が多いぐらいだ。

 最初の穴があいてから、既に三五年の月日が流れていた。

 まだ、仕事は終わっていない。


 疲れると、そんな言葉をつぶやくようになっていた。超安定物質の運搬や管理など、自分が関わってきたものは、ほとんど部下に引き継いだ。


 浮き島の量産。

 浮き島を作ることはずっとやってきたが、他の仕事も並行してだった。今は、浮き島だけに力を注いでいる。


 世界中につくる。それが、男の選んだ仕事だった。

 海へ流れた超安定物質による、海面の上昇。


 馬鹿げた話だと、笑う人間も多い。まあ、当然と言えば当然だ。巨大な穴が、人の手の届かないところにあいた場合の話だ。


 今も穴は二つ。超安定物質は完全に管理できている。地下にも川にも、海にも漏れ出してはいない。もはや、穴が増えるなどとは、誰も思っていないのだ。

 自分は浮き島に着目した。


 だが、誰もやらなかった。誰かが早い段階でやっておくべきことだとは、わかっていた。だから、自分が率先して作ってきた。

 現在も、穴の向こう側がどうなっているのかはわかっていない。

 仮説は増えた。定説と呼ばれるものも、出てきた。


 万が一が起きた場合、人々はどこへ逃げるのか。どうやって、重要なものを保存するのか。全てを山岳地帯には、置いておけまい。

 そう。

 遠い、遠い、未来の話だ。人類は、そこから復活を遂げる。

 男の頭の中には、それらがはっきりと映っていた。


 浮くことができれば、沈みはしないのだ。超安定物質にも浮く。それは実験済みで、わかっている。


 もちろん、海面が上昇するほど漏れ出せば、海流は変わり、世界中の気候に影響が出る。海洋生物も大量に死滅する。


 人が生きていくには、土地が必要だ。何をするにしてもだ。初めから沈まない土地があれば、まだ、対策を練る猶予はある。


 他は、誰かがやればいい。自分は、浮き島という巨大な船を作る。それでいいと思ってきた。


 それに、最初の場合のように、街が一つ完全になくなる場合だってあるのだ。浮き島は避難場所にもなる。



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