第42話 そして日常へと戻りゆく

「おや、お目覚めですね」

「……ん?」


 意識を覚醒させた俊平しゅんぺいが重たげな瞼を上げると、微笑みを浮かべた美少女が視界に映り込んだ。完全に寝ぼけており、知り合いにこんな美少女がいたかと思い、しばし脳内が混乱する。


御影みかげか?」

「疑問形とは、寝ぼけていますね?」

「何時からここに?」

「たった今です。先輩の可愛らしい寝顔を少しだけ眺めさせて頂きました」

「俺の寝顔は高いぞ」


 苦笑交じりに俊平は上体を起こし、覚醒を促すように大きく伸びをした。


「出会った時とは逆ですね」

「そうだな。あの時はお前が横たわっていて、俺はそれを見下ろしてた」

「どうしてここで横に?」

「出会った時のお前の真似をしてみたら、そのまま眠くなってな」

「この場所を、どう感じましたか?」


 俊平の隣に腰を下ろすと、繭加はあの時の俊平の台詞をなぞった。


「お前の言う通り、ここの地面は固い。それと」

「それと?」

「空は遠いなって」

「そうですね」


 俊平の言葉に思うところあったのだろう。逆光に目を細めながら、繭加まゆかも天空を見上げた。


「飲むか? お前も来るんじゃないかと思って、何となく二本買っておいた」

「ありがとうございます」


 俊平は購入したヨーグルト飲料の一本を繭加へと手渡した。

 ヨーグルト飲料が好きな繭加は美味しそうにグイグイと。ヨーグルト飲料が苦手な俊平は酸味に表情を顰めながら、少しずつ飲み込んでいく。


「御影。お前はこれからどうするんだ?」

「これからというと?」

「ダークサイドの収集、これからも続けるのか?」

「もちろんです。芽衣めい姉さんの件は一区切りつきましたが、ダークサイドの収集が私の趣味であることに変わりはありませんから」

「一区切りというのは?」


 解決ではなく一区切りと言う。まるで、全て終わったわけではないと言ってるように聞こえる。現状、繭加が俊平の関与に感づいているとは思えないが、


「答えを得たはずなのに、どこかすっきりしない自分がいるんです。あくまでも感覚的なもので、根拠なんて何もないんですがね」


 深層を覗き込むことを恐れてはならないと、繭加の本能がそう告げているのかもしれない。彼女自身も、今の自分の状態に戸惑っているようだ。


「ダークサイドの収集は私の趣味です。趣味である以上、感情は十分考慮材料に値すると思うんです。ですので、芽衣姉さんの件は解決済みとはせずに、今のところは保留案件としておこうかと」

「いずれ調べ直すということか?」

「そうですね。少し間を置いて冷静になってから、もう一度芽衣姉さんの件を客観視してみるのもいいかもしれません。もちろんその結果、今回判明した真実と差異が無いのならそれならそれで構いません。正式に解決済みとするだけです」

「いいんじゃないか」


 止めはしない。それは繭加の有する当然の権利だ。

 もしも深層に彼女が近づいたなら、その時俊平は、素直に心の内を曝け出す覚悟だ。


「その際は、また協力してくれますか?」

「俺でよければ、その時はお前の近くにいてやるよ」


 本当の意味で解決に導くには、当事者たる俊平の存在は不可欠だ。

 俊平の側には断る権利も理由もない。


「それ以外の活動も、たまにだったら手伝ってやってもいいぞ」

「それは、深層文芸部の活動をということですか?」

「お前は危なかしいからな。監視役は必要かなって」


 今回の藤枝ふじえだの件で発揮した行動力を見るに、いつか繭加の身に危険が及ぶ可能性は否定できない。愛する人の妹にも等しき存在を、みすみす危険には晒せない。繭加の行動に目を光らせておく必要がある。


「それじゃあ、正式に入部しますか?」

「それは遠慮しておく。俺はあくまでも帰宅部で、たまに顔を出す程度が丁度いい」


 最後に勢いよくグイっとヨーグルト飲料を飲み干すと、俊平は静かに立ち上がった。

 もう間もなく昼休みが終わる。五限に遅刻しないよう、そろそろ校舎に戻らなくてはいけない。


「そろそろ戻るぞ御影。お前確か、無遅刻無欠席の優等生なんだろう」

「あっ、待ってくださいよ先輩! 入部して正式に一緒に活動しましょうよ」


 聞こえない振りをして足早に立ち去ろうとする俊平の背中を、笑顔の繭加が追いかけた。




 ダークサイドへようこそ 了


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ダークサイドへようこそ 湖城マコト @makoto3

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