第41話 君を思い、微睡む

 昼休み。早目に教室で昼食を終えた俊平しゅんぺいは、用事があると瑛介えいすけたちに断りを入れて、たちばな芽衣めいの自殺現場である校舎裏を目指していた。

 一度外履きに履き替えるため、生徒玄関の方へ歩いていると、一方的に見覚えのある女子生徒二人組が反対側から歩いてきた。


「映画のチケット貰ったからさ。週末、麻衣子まいこも一緒行かない?」

「うん。行く行く」


 笑顔でそんなやり取りをしながら俊平とすれ違ったのは、白木しらき真奈まな吉岡よしおか麻衣子まいこの二人組であった。一見すると仲睦まじい友達同士のやり取りにしか見えないが、二人のダークサイドを知る者としては、状況を素直に受け止められないというのが正直なところだ。

 表面上は笑顔を浮かべたまま、互いに腹の探り合いをしているのかもしれないし、見た目の印象通り、友人同士、純粋に和やかな会話をしているだけなのかもしれない。真実は当人たちのみが知るところだ。


「一応、買っていくか」


 生徒玄関に設置されている自動販売機で、紙パックのヨーグルト飲料を二つ購入してから、俊平は靴を履き替えた。


 〇〇〇


「芽衣さん。あの時俺はどうすればよかったんだろう?」


 二年前に橘芽衣が横たわっていたであろう場所にヨーグルト飲料を一つ供え、俊平は返答を望めぬ言葉を投げかける。


「あなたは意地悪な人だ。年下の俺に辛い思いばかりさせて、今だって答えを返してはくれない……」


 あの時は突然のことに動揺して、感情的に芽衣を突き放してしまった。

 俊平は今でもそのことを強く後悔している。 

 同時に、芽衣のことが憎らしくもある。

 どうして自分を信じて、思い留まってはくれなかったのかと。

 俊平の芽衣に対する愛は本物だ。

 酷い裏切りを受けても、

 愛する人がもうこの世に存在しなくとも、

 今も続く愛慕の情こそが、何よりの証明である。


 一日でいい。

 一日考える時間さえ貰えれば、きっと俊平は芽衣の過ちを許す決断をし、再び芽衣の愛を受け入れることが出来たはずなのだ。


 それなのに芽衣は、動揺する年下の男の子に心の整理をさせる時間さえ与えぬまま、身勝手に跳んでしまった。

 

 たったの一日でいい。たったの一日思い留まってくれていたなら。

 未来はきっと、もっと明るいものになっていたはずなのだ。


 過去に戻る術がない以上、IFなんて考えても仕方がない。

 それでも、人間は想像性を有する生き物だ。

 橘芽衣が生きていたなら。そう思わずにいられない。

 

「……俺を傷つけた酷い人なのに、俺はどうしてもあなたを嫌いになれません。あなたのことが好きだから、あなたを愛しているから。俺はあなた以上に素敵な人を知らない。俺はきっと、あなた以外の女性を好きになることなんてない。これはきっと呪いだ。あなたは俺に呪いを植え付けて逝ってしまった……なのに、そんな呪いさえも愛おしく感じてしまう……」


 自然と俊平の頬を涙が伝っていた。

 涙を流すのなんて、随分と久しぶりだった。

 涙なんて、芽衣の死を知ったあの日に、全てを枯れ果てたとばかり思っていたから。


「……だいぶ遅くなっちゃいましたけど、そろそろ呼び捨てさせてください」


 手の甲で涙を拭い去り、記憶の中で微笑む橘芽衣と向かい合う。


「芽衣。今も昔も、これからも、俺はあなたのことが大好きです」


 感情を吐き出すと同時に、俊平は芽衣が身を投げた屋上を見上げるように、アスファルトの地面の上に大の字で寝ころんだ。

 薄らと差し込む日差しがとても心地いい。感情をたっぷりと吐き出したせいか、何だか瞼を重く感じる。


 心地よさから、俊平は次第に微睡んでいく。

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