第30話 決別
「……その後、あなたはどうされたんですか?」
「……
「当事者たるあなた自身が、
「
2年前の夏休みに起こった藤枝の変化。それは、
「……積極的に女の子と関係を持つようになった。より魅力的な女の子との出会いが、橘さんの存在を忘れさせてくれると思ったんだ」
「……出来るわけないでしょう」
目を伏せて、静かな怒りを滲ませる
ポケットに両手を突っ込んだまま、胸糞悪いと言わんばかりに荒々しく床面を踏みつけた。
「俊平の言う通りだ。どんなに女の子と関係を持っても、直ぐに橘さんの顔が頭に浮かぶ。橘さんと比較して、早々に興味を失ってしまう。中には正直な話、橘さんに負けず劣らず綺麗な子もいたけど、それでも僕の心は満たされなかった……いつかは記憶の中の橘さんに別れを告げられると思っていたけど、今日に至るまで、僕は彼女を忘れることが出来ないでいる……」
「……多くの女性を傷つけて、自分の評判を守るために被害者を脅すような真似までして。そこまでして続けなければいけないことだったのか?」
「……我ながら都合のいい話しさ。強迫観念の如く、多くの女性と関係を結びながらも、自己保身に走る程度には僕は理性的だった。普段の僕は、自分で言うのもなんだが、模範的生徒であり、誰からも慕われる頼れる先輩だったし、そんな自分に酔っていた。それが崩れ去る様は、恐ろしくて想像出来なかったから……」
「教えてくださいよ。被害者達に申し訳ないとは思わなかったのか? 薄っぺらい謝罪なら止めてください。俺達が知りたいのは本心だ」
「……自己保身で手いっぱいで、捨てた子達のこと心境まであまり気にしたことはなかったよ。慣れてきてからは、女の子たちの裸を写すことも、脅しの掛け方も、僕の中ではもはや作業と化していたから」
「……そうかよ」
呆れて物も言えないといった様子で、俊平はポケットに手を突っ込んだまま藤枝に背を向けた。その背中は、かつて尊敬した先輩に対する決別を表明しているようにも見える。
「……これが僕の話せる全てだよ」
消え入るような声でそう言うと、藤枝は意気消沈した様子で自身の膝へと顔を埋めた。
自身の暗部を他人に、それも最も信頼していた後輩たちに暴かれた衝撃。
己を省みて、その愚かさを自覚したことに対する衝撃。
些細な刺激で崩壊してしまいそうなほどに、今の藤枝は大きくひび割れていた。
「……あなたのダークサイド。しかと見届けさせて頂きました」
そう言って、繭加はブレザーの内ポケットに手をやった。
本人からの自供という、これ以上ないダークサイドの証明を、彼女の武器は今回もしっかりと記録し終えたようだ。
ダークサイドの収集という、最も重要な作業を完了しても、繭加の表情は優れない。実の姉のように慕う人の死の真相に関わる事柄。手放しでは喜べないのも当然だろう。
ひょっとしたら、これまでのダークサイド収拾全てが、今日という日のための練習だったのかもしれない。真相を突き止めるための調査能力の強化はもちろんのこと、真相を知ることを恐れる気持ちを、趣味という建前を作り上げることで誤魔化そうとしていた。あるいは従姉の死の原因を作った人間に臆せず立ち向かえるよう、様々なダークサイドに慣れようとしていた。
真相は本人のみぞ知るところだが、それこそが繭加のダークサイド収拾のきっかけだったのかもしれない。
「……橘さんの自殺の原因や、僕の女性関係の悪行を知って、君達はこれからもどうするつもりなんだい?」
恐ろしさのあまり、面を上げぬまま藤枝が声を震わせる。
当事者として、藤枝の不安は当然のものだろう。
直接の因果関係の証明が難しい自殺の件はまだしも、女性関係に関しては然るべき措置を取られれば、学生とはいえ社会的制裁を受ける可能性は十分に考えられる。
「……私は真相が知れただけで満足です。人の心の闇、私はダークサイドと呼んでいますが、それをコレクションすることが私の目的。それ以外の用途に情報を利用する意志は私にはありません。それが私の決めたダークサイド収拾のルールです。例え芽衣姉さんに関連した事案であったとしても、例外にはしません。この場で見聞きした情報が公開されることはありませんのでご安心を……」
どうしたらいいか分からないというのが、繭加の本音だったのかもしれない。
趣味という建前を作り上げたのは、事務的に事を収める理由作りの意味もあったのかもしれない。
顔を上げた藤枝が、不安気に繭加と俊平とを見比べる。
繭加からの口約束だけでは心配だ。見知った人物からも言質を取りたいのだろう。
「俺の知る限り、御影は入手した情報を広めるような真似はしたことはありません。こいつの言葉を信じてください。御影は決して、藤枝さんの秘密を漏らしたりしませんから」
「……分かったよ。信じる」
所詮は学生同士の口約束だ。最後は信じるか信じないかの感情論でしかない。
繭加の口にしたルールという言葉と、最後にもう一度だけ昔のように藤枝さんと呼んでくれた俊平の思いを、藤枝は信じることにした。否、元より主導権を持たぬ以上、信じる他ないのだ。
「お話しは済みました。もう行ってもけっこうですよ」
「……ああ」
藤枝は力なく立ち上がり、俯いたまま屋上の出入り口へ歩みを進める。
すれ違い様に俊平と藤枝の目が合うが、何か言いたそうにしながらも、結局お互いに言葉を発することはなかった。
「……やっぱり、最後に一つだけ」
去り際の藤枝を、繭加が呼び止めた。
「橘芽衣の身内として、一つだけお願いがあります」
「……何だい?」
「いつでもいい。心の整理がついたら、一度芽衣姉さんにしっかりと謝ってください」
「……そうだね。僕は彼女に謝罪しなくてはいけない」
消え入るような声で背中で語ると、藤枝は屋上から姿を消し、校舎の中へと戻っていった。
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