第24話 いつかの日々
それは
「お話しは伺っています。あなたが二年生の
「藍沢俊平です。よろしくお願いします!」
「元気がよくてよろしい」
やや緊張した面持ちの俊平を優しく出迎えてくれたのが、当時三年生で生徒会長だった橘芽衣だ。
知的な美人だが決して気取らず、親しみやすい生徒会長。校内の有名人である橘芽衣の存在は当然俊平も知っていたが、これまでは接点もなく会話を交わした機会もない。そういう意味では、この日がほぼ初対面であった。
芽衣とお近づきになりたいという、些か不純な動機で生徒会入りする者もいる中、俊平は担任教師から推薦され生徒会所属となる身。下心など皆無のはずだったのだが、
綺麗な先輩だ。
それが俊平が橘芽衣へ抱いた第一印象だった。ほとんど年齢の変わらぬ同年代の女子に、可愛いではなく綺麗という印象を抱いたのはこれが初めての経験であった。決して容姿に限った話ではない。身に纏う雰囲気や、細やかな仕草一つ一つの印象がとても美しいのだ。
「先生からの推薦だそうだけど、あなた自身のモチベーションはどうなの?」
成績優秀かつ、気配り上手なムードメーカーでもある俊平は教師陣からの評判も上々。そういった事情から生徒会役員へ推薦されたわけだが、必ずしも本人が乗り気であるとは限らない。
教師からの提案を断り切れず、仕方がなく言う通りにしたという可能性も考えられる。
「面白いことを聞くんですね」
「これから一緒に活動していく仲だからね。モチベーションの確認は大切だよ」
「そういうことですか、だったら安心してください。元々生徒会には興味がありましたし、推薦はいいきっかけでした。誰かのために何かをするのって、けっこう好きなんです」
「それはとても心強いわ」
芽衣は素の表情はとても大人っぽいのに、笑顔を見せた瞬間には幼子のような愛嬌に溢れていた。年頃の男子がトキめきを覚えぬはずがない。
「ちなみに、俺が渋々役員を引き受けたテンション低い奴だったらどうするつもりだったんですか?」
「その時は、あなたに生徒会の活動を楽しく思ってもらえるように、全力を尽くすつもりだった。何事も楽しまなければ損だもの」
「何事も楽しまなければ損か」
「あ、あれ。私、もしかして暑苦しかった?」
一転してあたふたとする芽衣。綺麗な先輩は、小動物的な可愛さも併せ持っているようだ。短時間で様々な表情を見せる芽衣の姿は見ていて飽きが来ない。
「いいえ。そういう考え方、けっこう好きですよ」
「よかった、引かれちゃったかっと思ったよ」
「むしろ惹かれました」
「えっ?」
「いえ、こっちの話です」
恋心と呼ぶほど大袈裟なものではないが、これが俊平が初めて橘芽衣の存在を強く意識した瞬間であった。
「橘さん、遅れてすまない」
慌てた様子で一人の長身の男子生徒が生徒会室へと飛び込んできた。
「
「後輩の相談に乗っていたら、時間を忘れてしまってね」
「人望があるのは良いことだけど、時間の管理はしっかりしないと」
「面目ない」
指摘を受け、
面倒見のいい藤枝は友人や後輩から相談事を持ち掛けられる機会が多い。
生徒会と部活動、塾通いまで抱えながらも、決して後輩からの相談事も蔑ろにはせず、一つ一つの相談に向き合っている。
そんな真摯な姿勢が好感を呼び、人望の厚い人物として藤枝は評判だ。
「藤枝くん。彼が新しい役員よ。挨拶してあげて」
「驚かせてすまないね。副会長を務める三年の藤枝耀一です。どうぞよろしく」
「二年の藍沢俊平です。よろしくお願いします」
どちらからでもなく、自然と握手を交わしていた。
互いに気さくな者同士、打ち解け合うまでにそれ程時間はかからなかった。
表情豊かで話し上手で、纏う雰囲気が常に柔らかい、陽だまりのように温かい人。
藤枝に対する俊平のそんな印象は、ごく最近までは覆されることは無かった。
覆されることのなんてないまま、平穏に時が流れていくとばかり思っていたのに。
「藤枝くんはとても頼りになるから、分からないことがあれば遠慮なく聞いてね」
「橘さん。そういうのは普通、僕自身が言うべき台詞じゃないかな?」
「誰が口にしようと、藤枝くんが優秀であることに変わりはないでしょう」
やれやれといった様子で藤枝は肩を竦めた。
想像の上をいく返しをしてくる芽衣には、口では敵いそうにない。
「改めて僕からも言わせてもらうけど、分からないことがあったら気軽に何でも聞いてね。えっと、君は苗字と名前、どっちで呼ばれた方がやりやすい?」
「どちらかといえば名前の方ですかね。俊平と呼んでください」
「それじゃあ、今から俊平と呼ばせてもらうよ」
「それじゃあ私も、流れに便乗して俊平くんって呼ばせてもらおうかな――」
たったの三年で状況は激変してしまった。
憧れだった橘芽衣は自らの意志で命を絶ち、ずっと尊敬し続けてきた藤枝耀一への信頼は現在進行形で大きな揺らぎを見せている。
どうしてこうなった? あの頃は、あんなにも楽しい時間を皆で過ごせていたはずなのに。
〇〇〇
「……ぺい」
――どこで間違えた。俺は一体どこで間違えたんだ?
「しゅんぺい」
――俺は……どうしたらいいんだ?
「俊平」
昼食を済ませてから間もなく、そのまま机に突っ伏して眠っていた形だ。
「砂代子か?」
「寝ぼけてるの? もうすぐ昼休みが終わっちゃうよ」
「そうか、起こしてくれてありがとう」
「ねえ。何か悪い夢でも見た?」
「どうして?」
「何だか、目が赤いよ?」
「変な姿勢で寝てたから、充血でもしたんだろ」
「ならいいけど」
懐かしい夢を見た。
いや、懐かしくなってしまった夢というべきか。
当たり前に存在すると思っていたあの日々は、もう帰ってこないのだから。
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