第23話 思わぬ遭遇
「結局、一勝一敗か」
「拗ねるな拗ねるな」
勝ち越せなかった
「この後はどうする?」
シューズの返却と会計をしながら、俊平が尋ねる。
「書店に寄ってもいいか? 漫画の新刊の発売日でな」
「オッケー」
書店はボーリング場と同じ繁華街の中にあり、徒歩で数分の距離だ。急いで帰る用事も無いので、俊平は瑛介の寄り道に快く付き合うことにした。
〇〇〇
「もうすぐ6時か」
「早いもんだな」
夕刻を迎え、繁華街は学生を中心に賑わいを見せていた。
繁華街はファストフード店やゲームセンター、カラオケボックスなど、放課後の定番スポットが揃っているので、この時間帯は必然的に学生の数が多くなる。
当然、知り合いに遭遇する可能性も大いに有り――
「俊平、あれって
「どこだよ?」
「ほら、あの二人組の男の方」
「……本当だ」
人込みの中に、こちらの方へと歩いてくる藤枝の姿が確認出来た。長身なので、人込みの中でも存在感がある。
藤枝はどうやら一人ではなく、隣に女性を携えて、楽し気に会話をしているようだった。
少し進んだところで、藤枝も俊平と瑛介の存在に気が付いたようで、
「あれ、俊平と
「どうもです。藤枝先輩」
瑛介は笑顔で藤枝に応えたが、俊平の目線は藤枝ではなく、彼の同伴者である隣の少女へと向けられていた。
今日は用事があるから活動は無しと言っていたが、まさか彼女がこんなところにいるとは、流石の俊平も予想していなかった。
向こうもまさか出先で俊平に遭遇するとは思っていなかったのだろう。声にこそ出さないが、表情に苦笑いを含んでいる。
「隣にいるのは、もしかして藤枝先輩の彼女さんですか?」
「まだ彼女ではないよ。けど、僕はもっと仲良くなりたいと思っている」
事情を知らぬ瑛介が陽気に藤枝に質問する。藤枝も悪い気はしていないのか、割とノリノリで質問に答えている。
「その制服。もしかしてうちの学校の?」
「そうだよ。一年生の
藤枝に優しく背を押された御影繭加が一歩前に出て、営業スマイルを全面に押し出した。
「初めまして、御影繭加です。お二人とも、うちの生徒さんですか?」
――ああ、そういう体でいくのね。
色々と聞きたいことはあったが、この場は初対面ということで通すという繭加の意志をくみ、俊平も調子を合わせることにした。
「俺は二年の藍沢俊平。こっちは友人の矢神」
「どうも、矢神瑛介です」
少なくとも、見た目は儚げな美少女である繭加を目の当たりにし、瑛介は声が上ずっている。藤枝の彼女候補だという前情報が無ければ、もう少しはっちゃけていたかかもしれない。
「それじゃあ、お二人は先輩さんですね」
「まあ、そういうことになるな」
——ああ、居心地が悪い。
などと思いながらも、それを表情に出さないように頑張りつつ、俊平はひたすら初対面の先輩を演じていた。
瑛介が一緒で本当に良かった。喋り上手な瑛介が会話を繋いでくれるので、最低限のコミュニケーションだけで乗り切れそうだ。
「彼女さん。可愛いですね」
「そんな、可愛いなんてお上手です」
本音交じりの瑛介の世辞に、繭加は照れ臭そうに応えていた。
傍目に見ながら、きっと半分くらいは本心で恥じらっているのだろうなと俊平は想像する。繭加は意外とストレートな言葉に弱い印象がある。
「こんなところで会うなんて奇遇だね」
「そうですね」
藤枝の関心は、親しい後輩である俊平へと向いていた。
瑛介とは単なる先輩後輩程度の関係でしかないので、親しい俊平とのやり取りに切り替えるのは自然な流れではある。
「いつの間にあんな可愛い子と?」
「つい最近のことだよ」
だろうなと、俊平は心の中で頷く。何も聞かされてはいなかったが、おそらく繭加は先日の
まだ彼女ではないとのことだが、結果として繭加が藤枝の隣に収まっているということは、藤枝という男の手の早さの証明でもある。
俊平はこの場で藤枝に質問を畳みかけ、真実を明らかにしたい衝動に駆られるが、理性で必死にそれを抑え込む。場ぐらいは弁えているつもりだ。
「受験生なんですから、恋愛に現を抜かして勉強を疎かにしたら駄目ですよ」
「俊平は厳しいな」
「優しさですよ」
「心配してくれてありがとう。大丈夫、上手くバランスは取っていくさ」
——何も知らずに楽しそうに。
藤枝は繭加が
「藤枝さん。俺らは用事があるんで、これで失礼しますね」
これ以上は友好的な演技をしているのも疲れるので、俊平は瑛介の用事にかこつけてその場を離れることにした。今の状況に繭加も神経を使っているだろうし、早めに離れた方がお互いのためだ。
「分かった。それじゃあ、また学校で」
「はい」
「さようなら、先輩」
繭加はペコリとお辞儀をし、藤枝の後を追って行った。
「可愛い子だったな。繭加ちゃん」
「そうかもな」
あれが素なら、確かに繭加はとても可愛らしい少女だろうと俊平も思うが、それが演技であることや、彼女の趣味嗜好が人のダークサイドに興味を抱く特殊なものであることを知っている身だと、色々と複雑だった。
明日になったら、藤枝と一緒にいた件を追求しなければならない。
俊平はそう心に決めた。
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