第18話 演者と尾行者
「あの、
「ええ、そうだけど」
生徒達が次々と下校していく夕暮れ時の校門で、
大よその行動パターンは調査済みなので、彼女の下校時間に合わせて校門で待ち構えることは容易だった。
「突然、すみません。私は一年生の
「私に?」
桜木は不思議そうに繭加を見つめて小首を傾げる。同じ学校の生徒とはいえ、初対面の後輩に突然話があると言われたら、困惑するのも当然だ。
だが、繭加が小声で発した一言で、桜木の困惑は一気に吹き飛び、意識は別の方向へと移る。
「
「……藤枝の?」
藤枝の名前が出た途端、桜木の顔色は、怒りとも悲しみともとれない複雑なものへと変わった。
「桜木先輩は、藤枝さんとお付き合いしていたんですよね」
「一応ね……思い出したくもないけど」
「もう別れられたんですよね?」
「そうだけど、あなたには関係ないでしょう」
「実は……私もあなたと同じなんです」
「どういうこと?」
繭加の一言は、確実に桜木の興味を誘った。
「私も藤枝さんと交際していて……捨てられました」
すかさず確信を突き、繭加は一気に話を自分のペースへと引き込む。
「えっ、あなたもなの?」
「はい。でも、何股も掛けられた末に捨てられたなんて、周りの友達にも言いにくくて……だから、同じような境遇の桜木先輩とお話がしてみたくて」
「でも、どうして私のことが分かったの? 表向きは藤枝と付き合ってたとは公言してなかったから、一部の友人を除いて、知ってる人は少ないはずだけど」
「えっと……それは」
一瞬、繭加は言葉に詰まる。これまでの会話は多少の差異はあれども、打ち合わせで想定してきたものばかりだったので、違和感無く話を進めることが出来ていた。だが、想定外の発言に対する答え――アドリブが求められる場面の練習は十分ではない。
「御影さん?」
背中に冷や汗をかきつつ、繭加は紡ぐ言葉を必死に考える。間が空けば空くほど怪しまれるし、そうなれば全てが水の泡となる。
「ふ、藤枝さん本人から聞いたんです」
咄嗟にそんな言葉を繭加は発したが、
――私の馬鹿! 流石にそれはないでしょう……。
声に出してしまってから、繭加は自分の発言があまりにも馬鹿げていることに気が付いてしまった。
いくら何でも、振られた人間が振った本人から過去に振った女のことを聞いたなどというのは無理がある。
――
心の中で号泣? しながら繭加は、桜木の次の言葉を待った。
「それなら納得。本当に最低だよねあの男、私も過去に振った女の名前を何回か聞かされたもの」
「……そ、そうですよね! 本当に最低ですあの人は」
まさかの展開に内心動揺しながらも、怪しまれないように繭加は話を桜木に合わせる。
とはいえ、この偶然が幸いし、桜木の繭加に対する認識は、初対面の後輩から、似たような境遇の被害者同士へと変わり始め、ある種の仲間意識が芽生えつつあった。
「学校でするような話でもないし、もしよかったら喫茶店にでもいってお話しましょう。私も、御影さんともっと話したくなってきちゃった」
「はい、もちろんです」
「私の行きつけのお店があるから、そこに行きましょう」
繭加がコクリと頷くと、桜木は喫茶店に案内するために繭加の一歩を前を歩き始める。
桜木の後に続く繭加は一瞬振り返ると、校門の方へと視線を送り、そこに控える二人に「行ってきます」と合図した。
「桜木に、どうして自分と藤枝さんのことを知ってるのかって聞かれた時は冷や冷やしたけど、御影の奴、どうにか乗り切ったな」
「悪運が強いですから、繭加ちゃんは」
校門の陰から繭加と桜木のやり取りを見守っていた
「さてと、俺たちも行こうか。二人を見失っても困るし」
「了解です」
俊平と朱里も校門を後にし、繭加と桜木を見失わない程度の距離を保ちつつ尾行を開始する。
「まさか、尾行なんて探偵みたいな真似をする時が来るとは思わなかったよ」
「わくわくしますよね」
「いや、俺は全然」
あまり探偵に対する憧れなどは無いため、俊平には状況を楽しむような感情は生まれない。
そのまま五分程尾行を続けていると、
「俊平先輩、隠れましょう」
「うおっ!」
朱里が俊平を勢いよく電柱の陰に引き寄せる。
何事かと思い俊平が電柱の陰から繭加と桜木の方を見ると、何かを察したように桜木が振り返っていた。
桜木は俊平たちの尾行に気付いた様子は無い。どうやら猫の鳴き声が気になって振り返っただけのようで、俊平たちの隠れる電柱と桜木たちとの間を、ぽっちゃりとした三毛猫が横断していった。
「危ないところでしたね、俊平先輩」
繭加と桜木が再び歩き出したことで、朱里と俊平は電柱の陰から出る。
「まあ、危ないと言えば危なかったけど……俺らって別に面が割れてる訳じゃないし、無理して隠れる必要もなかったんじゃないか? 放課後に学校から繁華街の方に向かう生徒なんて珍しくないし」
むしろ隠れた瞬間を目撃された方がよっぽど怪しい。幸い今回は怪しまれた様子は無いが、余計なリスクを犯したことに変わりはない。
「それもそうですね。じゃあ、もっと自然に振る舞いましょう」
「というと?」
「こうします」
「朱里ちゃん?」
朱里は何の躊躇も無く俊平の腕に自分の腕を回し、まるで仲の良い恋人同士のようなポーズを取る。
「恋人同士のふりをすれば、より自然でしょう?」
「果たしてそうだろうか?」
アドリブで恋人同士のふりをしても、むしろぎこちなくて不自然に映る可能性がある。
「俊平先輩。私と恋人同士のふりをするの、そんなに嫌ですか?」
瞳を潤ませて朱里が俊平を上目遣いで見る。
「別にそんなことはないけど」
「じゃあ恋人作戦で行きましょう」
「あんまり気乗りしないけどな」
「それ以上文句を言うと、キスして黙らせますよ、俊平先輩」
「お、何かそれっぽい台詞」
「何だか馬鹿にしてません?」
「感心してるんだよ、可愛いなと思って」
「そ、そんなことは……」
俊平が白い歯を覗かせて笑うと、朱里は顔を赤くして黙り込んでしまった。
「おっと、見失ったら元も子もない。行くよ朱里ちゃん」
俊平は朱里の手をとり、手を繋いだ状態で歩き出す。
「腕組みだとバカップルぽく見えて逆に不自然だけど、手を繋ぐくらいなら自然な感じでいいんじゃないかな?」
「そ、そうですよね」
朱里は若干照れくさそうにしながらも快く承諾し、二人は手つなぎ状態で繭加と桜木の尾行を続けた。
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