調査編
第14話 善人ではないという自覚
「なあ、
「急にどうしたんだ?」
翌朝。教室にやってきた瑛介が席に着くなり、
俊平の意図はもちろん、藤枝のダークサイドを探るための情報収集にあるのだが、事情など知る由も無い瑛介は唐突な質問に困惑し、ショルダーバックの中身も出さぬまま、その場で硬直している。
「昨日帰り際に偶然会ってさ。それでちょっと気になっただけだよ」
俊平の言葉に一応は納得したらしく、瑛介は顎に手を当て考え込むような仕草を見せる。
「そりゃあ藤枝先輩といえば、運動神経抜群、成績優秀、イケメンで女子人気も高い超絶リア充。それでいてユーモアもあって、人柄が良いから男子にも慕われてる。『リア充爆発しろ!』と悪態突く奴もいない完璧人間。そんな感じだろ? 俺にもちょっとくらい魅力を分けてもらいたいくらいだ」
表現はともかく、瑛介の語る藤枝燿一像は、他の生徒が抱いているそれとほとんど変わらない。藤枝のことを知る生徒なら皆、多かれ少なかれ同じような印象を持っているはずだ。
「悪い噂とかは?」
「聞いたことないな、少なくとも俺は。というか、藤枝先輩のことなら俺よりもお前の方がよく知っているだろ?」
「まあ、それはそうなんだけどな」
もっともな意見に俊平は苦笑する。瑛介も藤枝と顔見知りではあるが、あくまで同じ中学出身の先輩後輩程度の関係性でしかない。一方で俊平は、生徒会で一緒になる機会が多かったので、他の生徒に比べて交流が深い。
「何が気になってるのかは知らないけど、噂を聞きたいなら
「そういうものか?」
「はむかったら俺らなんて、残りの高校生活を社会的に死んだ状態で送ることになるぞ」
瑛介が話を誇張させ面白おかしく語る。その姿は怪談や都市伝説を語り聞かせて反応を楽しむ様にどこか似ている。
「なら大丈夫だ。俺、探られて困る腹とか無いから。お前と違ってな」
「いや、俺もねえよ!」
「じゃあお前の意見に従って、俺は女性陣の所に行ってくるよ」
「お、おい」
素早い切り返しに思わぬダメージを受けた瑛介を特にフォローすることもせず、俊平は自分の席から立ち上がり、砂代子と亜季が談笑している廊下側の席(亜季の席)へと向かう。
「ちょっと邪魔するぜ」
一声かけて、近くの空いていた席に腰掛ける。
「二人に聞きたいことがあってさ」
「改まっちゃってどうしたの? 俊平」
「らしくないよ」
堅苦しい間柄でもないのだろうにと思い、二人は「ねえ」と頷き合っている。
「実は、藤枝さんについて聞きたいんだけどさ」
「藤枝さんって三年の?」
砂代子の言葉に俊平は頷く。
「聞きたいって、具体的には? 私達、藤枝先輩と親しいわけじゃないし、むしろ俊平の方が詳しいんじゃない?」
「まあ、それはそうなんだが」
直前に瑛介に言われた言葉を思い返す。やはり、藤枝に最も近い位置にいるのは俊平だというのが皆の共通認識のようだ。だが、今回俊平が知りたいのは、自身の知らない藤枝の一面にあり、藤枝に対して親しい先輩というフィルターがかかっている俊平の審美眼は、今回に限っては役には立たない。今必要なのは第三者からの客観的な意見だ。
「ちょっと変な噂を小耳に挟んでな。まさか藤枝さん本人に聞くわけにもいかないし、個人的に調べてるんだ」
流石にいきなり女性関係の噂を口にすることは憚られたため、ざっくりと噂という表現で尋ねる。もし引っ掛かりを覚えるなら、二人に何かしらのリアクションがあるはずだ。
「知ってたんだ、俊平」
砂代子の声のトーンが下がった。変化があったのは亜季も同様で、複雑そうな表情で砂代子の方を見つめている。
――やはり藤枝さんには何かがある。
二人の反応を見て、俊平はそう確信した。
「信じたくないけどさ。藤枝さんって、女性関係で悪い噂があるんだろ?」
ここぞとばかりに俊平は確信をつく。
言葉とは裏腹に心は落ち着いてた。疑惑が確信に変わっていく、不思議な高揚感が体を支配する。
「……俊平なら悪いようにはしないと思うから言うけど、実は私達の友達に、藤枝先輩と付き合ってた子がいたの」
「藤枝さんと?」
砂代子からもたらされた情報は俊平の想像以上のものだった。女子の中での藤枝に対する評判を聞ければ上々と思っていたのだが、まさか当事者の存在まで明らかになるとは思っていなかった。
「C組の
気まずそうに亜季が女子生徒の名前を口にする。雰囲気から察するに、話の内容が穏やかなものではないことは確実だ。
「その桜木って子と、藤枝さんの間に何があったんだ?」
一瞬の間を置き、忌々し気に砂代子が口を開く。
「……藤枝先輩、志保以外の子とも付き合ってたの」
「二股ってことか?」
「そんな生易しいものじゃないわ。一体何人の女の子と関係を持っていたのか分らないくらいよ」
「興味の移り変わりも早くて、捨てられた子も多い。志保もその一人だし……」
言葉に現しながら砂代子は怒りを、亜季は不快感をそれぞれ表している。友人が被害に遭っているのだ。感情的になるのも当然だった。
「そんなに悪名高いのか、藤枝さんは」
冷静に現実を受け止められるようになってきたとはいえ、流石の俊平もここまでの悪評には驚きを隠せないでいる。
「……知り合いに被害に遭ったことのある子の間ではね。悪評を知る子は、全体的には少数派だと思う。内容が内容だし、被害に遭った子たちも口が重いから」
砂代子は自然と拳を強く握りしめており、亜季は砂代子の言葉を肯定し静かに頷いている。
「そんなことになってたのか」
「何で今まで言わなかった?」
話振りから察するに、藤枝の悪評が立ったのは昨日今日のことではない。なぜ砂代子や亜季が一度も自分にそのことを話さなかったのか、俊平には疑問だった。
「……だって俊平って、藤枝先輩と親しいんでしょう? そんな人の悪評なんて、俊平に言えないよ」
「仲の良い先輩の悪口なんて言われて、俊平くんの気分が良いわけないし」
「余計な気づかいだよ。でも、サンキューな」
自分を気遣ってくれたのだということは俊平もちゃんと理解しており、少し照れ臭そうに、二人に向かって微笑みかけた。
俊平を怒らせてしまったのではないかと不安気だった砂代子と亜季も、その表情を見て安堵の表情を浮かべている。
「情報提供に感謝するよ。二人とも」
そう言い残し俊平はその場を立ち去ろうとする。普段なら雑談でも交えていくところではあるが、今の俊平にそこまでの余裕は無い。
「ねえ、俊平」
去り際の俊平を砂代子が呼び止める。
「志保ちゃんのことは、そっとしておいてあげてね」
砂代子の危惧すること。それは更なる情報を求めて、俊平が桜木志保の心の傷を掘り返すような真似をしてしまうことだった。もちろん俊平がそんな配慮の無い行動を取る人間だとは思っていないが、それでも傷心の友人を思えばこそ、念は押しておきたかった。
「そんなことするわけないだろ。人の気持ちは分る人間のつもりだ」
俊平ははっきりとそう告げ、自分の席へと戻って行く。
「だよね、俊平だもん」
「本当に良い男だね」
背を向けた俊平の表情に、笑顔が無いことには気づいていない。
――悪いな、二人とも。
この時俊平は、桜木志保にも事情を聴くことが必要だと心に決めていた。
砂代子たちの気持ちを裏切るのは心苦しいが、それでも真実を知りたいという気持ちの方が勝ってしまう。
自分は決して善人ではないと、俊平は改めて自覚した。
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