『流石ですわ、お兄様』と褒めてくれる妹が欲しかったけど、何故か自称張飛の生まれ変わりの弟が養子で来て『さすがだ、兄じゃ!』と褒めてくれるようになった件について
『自称『劉備玄徳』と噛ませ犬の万次郎』 番外編
万次郎劇場 その3
『自称『劉備玄徳』と噛ませ犬の万次郎』 番外編
『兄じゃの嫁を決める争いが今日の夜行われる!! 雪さん、一緒に見に行かんか?』
朝、そんなメッセージが私の元に届いた。
桑原万次郎君の兄っていうと、桑原光臣君だと思うのだけど、その嫁が決まるってどういう事なのだろう?
許嫁かな?
それとも、もう結婚したい相手がいるのかな?
ちょっとそれが気になるかな。
『病院を抜け出すの? 入院中でしょ?』
それ以上に気になったのが、万次郎君の状態だった。
『大丈夫だ。問題なく抜け出す!』
そんな返信が返ってきたので、
『それはダメ。治るまで安静にしていないとダメだよ』
と、私は注意しておいた。
『安心するがいい! 兄じゃの嫁を見れば、この程度の怪我、すぐに治ってしまうわ!』
私の心配を知ってか知らずか、意味不明な事を言い始めたので、私は頭を抱えた。
『雪さんに反対されても俺は行く。兄じゃの嫁を見ずに何を見ればいいというのだ!!』
『私が付いていくから無茶しないでね? 万次郎君』
『うむ、分かっておる! 俺は無理はしない! 絶対に無理をしないから安心してくれ』
そういう返事をもらったので、ホッと胸をなで下ろした。
けれども、病院を一緒に抜け出して、会場へと向かっている最中、変な集団と遭遇してしまった万次郎君は果敢にもその集団の前に立ちはだかり、
「なんじゃ、お前らは?」
仁王立ちをして、そう問いかけていた。
「万次郎君! ダメだって! 変な集団に絡んだら。危ないよ」
私がそう言うと、
「こんなおかしな集団を放っておける事などできぬ。無法者の集まりぞ」
「だから、無茶しないで」
私は万次郎君に駆け寄って、その腕を掴んで変な集団に絡むのを止めさせようとした。
けれども、無理だという事を私はよく知っている。
万次郎君は正義感が強くて、何かよくない事が起こっていそうな時には、自分の身が危険にさらされることになったとしても首を突っ込まずにはいられない性格なのをよく知っている。
あの日、貧乏だとバカにされていた私を救い出そうとしてくれたのが、私と万次郎君とが出会うきっかけになった。
その日の帰り道、万次郎君にお礼を言おうと思って校門のところで待っていると、三田さん達にまた絡まれて悪口を言われていた。
私は愛想笑いを浮かべるだけで反論できずにいると、また万次郎君が現れて、私をかばうように三田さん達を怒鳴りつけた。
それが原因で大変な事になっちゃったのだけど、私としては嬉しかった。
こんな私でも守ろうとしてくれる人がいた事に。
だから、私から告白した。
出会って間もないけれども、この人ならきっととと思えて。
「わしら張飛軍団じゃ。これから千宮院を叩きつぶしに行くんだ。邪魔するな、雑魚」
グループのリーダーらしき巨漢が一歩前に出て来て、そんな事を口にした。
「……なぬ?」
万次郎君の雰囲気がその一言で一変して、双方の眉毛がひくひくと痙攣し始める。
万次郎君にとって看過できない事を言われたのかも知れない。
そんな気配が万次郎君の全身から漂い始める。
「……雪さん。無理はしないので安心せえ。しかし、無茶しない範囲で、こいつらを叩きつぶさねばならんのだ。俺は」
沸き上がる怒気を収束させようとしてはいるのだけれども、抑えきれてはいないようで、堪忍してくれと言いたげな不器用な笑顔を私に向けた。
「張飛を自称するどころか、兄じゃの嫁になり得る千宮院を倒そうなどとは……。このまま素通りさせるワケにはいかんのだ。分かってくれとは言わん。だが、今回ばかりは見過ごしてくれ」
諦めきったような笑みが口元に刻まれた事で、私は自然と万次郎君の腕を離していた。
どうして手を離したのか、私自身も理解できなかった。
私がこのままつなぎ止めてしまっていたら、万次郎君が後悔する事になるかもしれない……心の片隅でそう思ってしまっていたからなのかもしれない。
「……すまんな、雪さん」
万次郎君はようやくいつもの笑顔に戻った。
「離れていてくれ。怪我をするかもしれん」
万次郎君は奇怪な集団に顔を向けるなり、そう言った。
「無茶はしないでね」
私はそう告げて、万次郎君から離れていった。
「……さて。何人いるのか知らんが、一人一秒で倒してやろう。お前達など、本物の前では雑魚なんじゃよ。それを分からせてやろう」
その言葉の後、万次郎君の姿がパッと消えて、変な集団のリーダーらしき男の身体が何かに突き飛ばされたかのように宙を舞った。
それだけには留まらず、次から次へと人が空へと舞っていく。
万次郎君の姿は見えないけれども、私には分かる。
超高速で動き回り、殴り飛ばしているのだと。
暴力沙汰なのだけど、私は見て見ぬ振りをするしかなかった。
例えるのならば、万次郎君は『虎』だ。
味方だと頼もしい存在で、敵になるととても恐ろしい存在。
「……もう終わっている?」
安全な距離まで離れたかな、と思って後ろを振り返ると、百人はいそうだった人達が誰一人立ってはいなかった。
一人一秒だとか万次郎君は口にしていたけど、その言葉通りの事を実行していたのかもしれない。
「……つまらん! 何が張飛じゃ! 雑兵以下ではないか!」
声がした方を見ると、万次郎君が天を仰いでそう嘆いていた。
「終わったの?」
「まだ終わらん。こいつらを操っていた奴を倒さねば終わらんのだ」
万次郎君は私が何か言う前に駆けだした。
変な集団を操っていると人の元へと急いだんだと思う。
そして……
「いや、すまん、雪さん。無茶してしまったわ。がはははっ!!」
その日の夜、万次郎君は返り討ちに遭って、入院したときよりも重症になって病院に戻ってきました。
虎というよりも、やんちゃな猫なのかもしれません。
万次郎君は。
少なくとも、私はそう思いました。
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