エピローグ

流石ですわ、お兄様 ver2.0



「さすがだな、兄じゃ! 劉備玄徳の兄貴の生まれ変わりを瞬殺してしまうとはな! しかも、黒幕まで一秒で倒すとはさすがとしか言いようがない!」


 病院に連れ帰ると、万次郎はお医者さんからこっぴどく怒られた後、拘束具でベッドに固定された。


 というのも、骨がさらに何本か折れていたようで、安静にしていないと治らないからとの事だった。


 そんな状態なのに、僕の顔を見ると、尊敬の眼差しを向けてきて嬉々としてそう口にした。


「僕は戦いとかあんまりしたくないんだけどね。ただ『流石ですわ、お兄様』と妹に言われる事に憧れていただけの少年だったはずなのに、どうして戦いに明け暮れているんだろう?」


 そう言うと、万次郎はキョトンとした顔をして見せた。


 ラリアット・フランケンシュタイナーが変な薬を使って、ドーピングしたみたいだけど、十本語のカリスマソムリエの山蔵と系統としては似ていたが、あいつよりも弱かったので楽勝だった。


 うん、雑魚だったという事だ。


「ならば、言ってもらえば良いのではないか?」


「誰に? 僕に妹なんていないじゃないか」


「それは……」


 万次郎が僕から視線を外して、病室のドアの方をキリリと睨み付けた。


 なんだろう?


 誰か来たのかな?


 僕もつられて、そちらのほうに正面を向けた。


「くっくっくっ、聞かせてもらったでござるよ」


 聞き覚えのある女の声がするなり、すっと侍姿の人物が病室に入ってきた。


 十本語の比古清音だ。


 刀を腰には佩いてはいないが、病室にいる僕達を襲撃しようとでも考えているのだろうか。


 僕は身構えざるをない。


「お兄様……そう呼ばれたいだけであったのでござるな」


 脅迫のネタでも手に入れたと思っているのか、比古清音は不敵に笑う。


「それで僕を脅迫でもしようっていうの?」


「それは勘違いでござるよ。もう争いはこりごりでござるよ。お主達にぼこぼこにされて、あのお嬢ちゃんのエージェント達にぼこぼこにされて懲りたでござる。故に、不戦の誓いを立てたでござるよ」


 清音は皮肉を含んだ自嘲気味な笑みを僕達に寄こしてきた。


 その表情からうかがい知る事ができたのは、戦意のなさだ。


 どうやら本当に僕達と戦う気はないようだ。


「十本語は解散するとか?」


「解散はしないでござるよ。元々はコスプレイヤーの集団でござったが、原点回帰するだけでござるよ」


「最初からコスプレだけしていれば良かったんじゃないの?」


 どこでどう道を間違えてしまったのかな?


「その通りでござるよ。皆、一騎当千の猛者であったのでな、自分達が最強などと勘違いしてしまったのでござるな。所詮は井の中の蛙でござった。『世界を変える力を!』という名の下に世界を変えようと思ったのでござるが……」


「あの程度の力じゃ世界は変えられないって分かればいいよ、分かれば」


 これで僕達は平和になれるのかな?


 なれるといいな。


「くっくっくっ、一週間後、拙者はこの場所にまた来るでござるよ。その時、本当のコスプレというものを見せてあげるでござるよ」


「必要ないです。あなたとあまり関わりたくないんで」


「なれば、妹にお兄様と言われたと口にしていたとお主の近所で広言するだけでござるよ」


「是非来てください。お待ちしています」


「あ、兄じゃ!」


 おっぱい好きの上、恋人に子作りを強要しているだとか、お兄様と言われたいだとか、そんな噂話まで広まってしまったら、もうこの町では生きていけないかもしれないじゃないか。


 ネットやSNSなんかで拡散されたら、地球上で生きていく事ができなくなるかもしれないしね。


 それは地べたにキスをしてでも防ぎたいところだね。


「ならば、期待して待っているでござるよ」


 清音はくっくっくっとまたしても低く笑いながら病室を出て行った。


 というか、なんでここに来ていたんだ?


 もしかして万次郎の見舞い?


 そうとは思えないだけど……。




 * * *




「ええと、何故、僕がコスプレを? しかも、この格好は……」


 一週間後、予告通り比古清音は万次郎の病室に姿を現した。


 珍妙なコスプレ衣装を持って……。


「これが……俺だと!?」


 順調に回復したと言うべきか、回復力が人間離れをしていたというか、弟の万次郎は一週間あまりで全快に近い身体になっていた。


 複雑骨折とかしていたらしいのだけど、通常の人間の数倍の速度で身体が回復していったのだとか。


 さすだが、万次郎。


 そんな万次郎も清音が持参したコスプレ衣装に身を包んでいた。


 横山光輝三国志の張飛の鎧をまんま再現した衣装らしい。


 で、僕はというと……


「お主は雑兵がよく似合うでござるよ」


「似合うとか言われると複雑な気分なんだけど……」


 張飛姿の万次郎とは対照的に地味で目立たない雑兵姿だ。


 鏡で自分の姿を確認してみると、どう見ても無双系列では一瞬にして吹き飛ばされるレベルの兵士だ。


 似合っていると言えなくもない。


 けれども、それでいいのか、僕?


 それに、こんな兵士の格好をさせて何をさせようというのだろう、清音は。


「それでは、散歩がてら外に出るでござるか」


 清音は僕達にコスプレの衣装を着せただけでは満足していないようで、そんな事を言い出した。


「え? この姿で出歩くの?」


 さすがにこの姿で外を闊歩するのは恥ずかしいと言うべきか、照れくさいというべきか。


「兄じゃ! 行くぞ!」


「えっ?」


 乗り気じゃなかったはずの万次郎がそんな事を言い出して、


「我こそは、張飛益徳なり!! いざ尋常に勝負勝負!!」


 などと名乗りながら、病室をものすごい勢いで出て行ってしまった。


 どうやら清音が用意して衣装が気に入ったようで、張飛であった頃の記憶でも蘇ってきて、戦意が高揚してしまったのかもしれない。


「仕方ない。行くか」


 万次郎がノリノリならば、付き合いで外に出るのも悪くはないかな。


 病室を出たところで、看護婦さんに捕まって叱られている万次郎の後ろ姿が遠目に見えたけれども……。


「で、どうするの?」


 ゆっくりと病室から出て来た清音に訊ねると、


「撮影会でござるよ。それ以外になにがあると思ったのでござるか?」


 さも当然のように言われる。


「撮影会? そんなの許可した覚えはないんだけど……」


「仕方ないでござるな。SNSで拡散するでござるか。おっぱい好きで、妹におにい……」


「合点承知の助ですよ!」


 奇っ怪な返事をしてしまったが、動揺していたワケじゃないぞ?


 ただ焦っただけなんだ。


「待っていましたよ」


 外に出ると、十本語の芹沢詠読が短く切った丸太の上に高級そうなカメラを載せて待っていた。


 三脚の代わりに丸太を使うとか、どれだけ丸太好きなんだろう。


 あれ?


 なんか三脚代わりの丸太のところに何か槍みたいなものが立てかけてある。


 なんだろう、あれは?


「まいった、まいった。婦長さんにしこたま絞られてしまったわ。がははっ!!」


 僕と清音が外に出て、ちょっと待っていると、万次郎がばつが悪そうに頭を掻きながら、苦笑いを浮かべながら病院から出て来た。


「蛇矛!! 何故ここに!!」


 ああ、三国志の時代の張飛が使用していた武器か、蛇矛って。


 ん?


 なんか嫌な予感しかしないんだけど……。




 * * *





 目をカッと見開くと、僕は自室のベッドで横になっていた。


 どうやらいつのまにか眠ってしまったらしい。


 窓からは朝日が射し込んでいるし、外からは雀の『チュンチュン』という鳴き声が聞こえて来る。


 これで平和な一日が始まるんだろうな。


 あれが夢でよかった……のかな?


 現実でも良かったような気がしないでもない。


「ふぅ……」


 今日は戦いとかがありませんように。


 一息吐いて、上半身を起こそうとしたときに、何かしらの違和感を抱いた。


 誰かの息づかいが聞こえる。


 しかも、すぐ傍で。


 誰だ?


 そう思って、身体の向きを変えると、裸のモブ子が僕のベッドの中に潜り込んでいるのではないか。


 いや、全裸ではない。


 あの時と同じで乳首と大事なところとを大きな絆創膏で隠している。


 つまりこれは行為がなかったという証明ではなかろうか。


 というか、何故モブ子が僕の横に?


「……ほへ?」


 僕の視線を察するなり、僕をちらりと見て、その頬を紅潮させた。


 そして、すっと視線を逸らして、


「さすがですわ、お兄様」


 どう流石なの?!


 これってもしかして『朝チュン』のシチュエーション?!


 だとしたら、なんでこんな展開になっているの?!


 ……って!


 もしかして、これも夢?!


 だとしたら、目覚め……ていいのかな?


 このまま夢を見ていてもいい気がするんだけど……。


「はっ?!」


 夢だと気づいてしまったからなのだろう。


 僕は目を見開いて、一気に覚醒してしまっていた。


 けれども、妙だった。


 僕の視界の中に二つの山がある。


 山と言うべきか、でっぱりというべきか、奇妙に盛り上がった二つの山のようなものが目の前にあるのだ。


 形に見覚えがあるのだけど、なんだろうか、これは。


 手を伸ばして人差し指で弾いてみると、ほどよい弾力感がある。


 手触り感が知りたくなって、僕は軽く鷲づかみしてみる。


 力を入れずに手全体で屠ると、得も言われぬ至福感が全身を駆け巡った。


「……お兄様」


 と、モブ子の声が頭上に降りてくる。


 それども、モブ子が僕の事を『お兄様』と呼ぶはずはないし、これも夢なんだろうな。


 夢なら、揉む度に幸せになれる山をもっと味わっておかないと。


「お兄様!」


 時には力を入れたりして揉みしだいていると、モブ子のあからさまな怒気を含んだ声が聞こえてくる。


「え?」


 モブ子が僕の事をお兄様と呼ぶはずもないし、と改めて思って揉もうとすると、僕は突き落とされるように落下した。


「ぎゃふっ?!」


 落下といっても、床に落ちたようなもので、数十センチの高さくらいのところから落とされたような形だった。


「あれ?」


 全身に痛みが駆け抜ける。


 痛覚は本物であったので、これは夢ではないと悟るも、何がなんだか分からない。


 どういう事なので?


「あなたの事はお兄様とは呼べないわね。兄じゃで十分ね」


 モブ子の声がする方向に顔を向けると、ソファーに座っていて、般若のような形相をしているモブ子がいた。


 ん?


 もしかして、僕って自宅のソファーの上でモブ子に膝枕してもらっていたとか?


 あの二つの山はモブ子の胸だったのか、もしかして……。


 モブ子の胸をお構いなく揉んでいたというのかな……。


「あ、いや、ごめん……。胸だとは気づかなくて……」


 モブ子が膝枕してくれていた経緯が思い出せない。


 そんな展開にどうしてなっていたんだろう?


 誰か教えて欲しい。


「がははっ!! さすがだ、兄じゃ! 兄じゃの事を『やっぱり雑兵がお似合いね』と馬鹿にしたキラの胸を揉んでやり返すとは! 男の仕返しというものじゃ!」


 万次郎もリビングルームにいたんだ。


 万次郎が見ている中、僕はモブ子のおっぱいを揉んでいたというのか!


 しまった!


 セクハラシーンをばっちり見られてしまうとは!


「いいわよ。今ので今までの借りは返した事にしてあげるから感謝なさい。兄じゃじゃなくて、お兄様って呼ぶ事で借りを返そうとしていたのに残念だったわね」


「何の事で?」


「一週間以上も前に十本語の人達が私にも謝りに来たのよ。許すとしても条件があるって言ったの。一つは兄じゃがして欲しい事を訊きだして欲しいっていう事と、もう一つは万次郎お兄様が喜ぶ事をしてあげて欲しいって」


「なるほど、それで比古清音が来たんだ」


 モブ子の条件を遂行するために、清音は病院に来たのか。


 で、万次郎の願いが張飛のコスプレだったのかな?


 で、僕の願いは……。


「……あ」


 僕の願いはそうだ。


『流石ですわ、お兄様』


 そう妹に言ってもらうことだ。


 僕がついつい口にしてしまった事を耳にして、清音がモブ子に伝えたのかな?


 だからモブ子は『お兄様』と二回ほど言ったのか。


 清音は約束を反故してしまっているんだけど、ネットで拡散していた約束違反ではないのかな?


「もうお兄様だなんて言ってあげないわよ。あなたはずっと……一生、兄じゃね」


 モブ子が悪戯っぽい笑みを僕へと見せる。


「……そんな」


 そうだ。


 僕は清音からあの時の画像が送られてきたんだ。


 張飛を演じる万次郎の蛇矛で倒される僕が演じる兵士という構図だ。


 その画像を見たモブ子に笑い転げられるし馬鹿にされるし。


僕は僕で、僕の雑兵っぷりがあまりにも堂に入りすぎていた事に驚いて、そのまま卒倒してしまったんだ。


 モブ子が膝枕してくれていたのではなく、モブ子と肩を並べて座っていたからので、隣にいたモブ子に倒れこんでしまったといったところなのかも。


「私は言わないわよ。『流石ですわ、お兄様』なんて」


「今言ったよね。流石ですわ、お兄様って」


「……私、『流石ですわ、お兄様』なんて口にしていた?」


「ほら、また言った」


 うん、良い響きだ。


『流石ですわ、お兄様』


 心にじんとくる響きだ。


 モブ子に言われると尚更心に来るのかもしれない。


「さすがだ、兄じゃ! キラを手玉に取っておる!!」


 万次郎からはずっと『さすだが、兄じゃ』と言われ続ける予感しかない。


 けれども、モブ子はいつかきっと僕に『流石ですわ、お兄様』と普通に言ってくれる気がする。


 近い将来にきっと……。


 そんな予感がするんだ。



~ 第一部 完 ~

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