十本語騒動 その8 丸太は盾になるんですか? ver2.0



「ッ?!」


 ただならぬ気配を察知して、ぐりぐりと押しつけてくるモブ子の右手を掴んで、僕の方へとたぐり寄せる。


「えっ!?」


 僕の反撃なんて想定もしていなかったのか、モブ子の身体がよろめいて、僕に抱きつくような形でおさまった。


「ちょ、ちょっと!! 兄じゃ! な、何するのよ!!」


 次の瞬間、さきほどまでモブ子がいた辺りに巨大な丸太が落ちてきたのだけど、バウンドしてあさっての方向に飛んでいった。


「えっ!? 丸太!?」


 暴れるモブ子を勢いよく抱き寄せたせいか、なんていうか、モブ子の身体が僕におぶさるような形で押し倒された。


「何故……丸太?!」


 その疑問を解消しようかと状況を見定めようとしたのだけど、視界が真っ暗になってしまった。


 な、何、これ?!


「……っ?!」


 僕の視界を覆ったものが何か分からず、手でどけようと足掻くと、むにゅっとして柔らかい何かが手のうちに収まる。


 むにゅ、むにゅ。


 いや、収まりきれずに手の中からはみ出してしまう。


 なんだろう、これは?


 敵の攻撃?


 ん?


 なんかおかしい。


 妙な吐息が僕のおでこの辺りにかかっているような?


 さっき嗅いだ記憶がある甘いシャンプーらしき香りが鼻孔に触れているような?


 布のような手触りと、滑らかな人肌のような温もりが僕の手に伝わってくるような?


 嫌な予感がするし、冷静になって考えよう。


 確かモブ子が僕に覆い被さってきて……。


「あ」


 血の気が一気に引いてきた。


 この後、僕、確実に死にそうだ。


 というか、必ず殺される。


 きっと殺される。


 モブ子に……。


「混乱したからといって、この行為が許されると思って? そんなにしたら千切れるわよ」


 至って冷静というか、冷徹な声を耳元で囁かれた。


 言葉が口から紡がれるたびに吐息が耳にかかり、ちょっとだけこそばゆい。


「ごめん、混乱してた。決しておっぱいが揉みたかったわけじゃない!」


 おそらくは胸を強く掴んでしまっていたのだろう。


 そこまでされてもなお、冷静なモブ子に感謝しつつ、心の中で何度も頭をさげながら、傷つけないように細心の注意を払いながら掴んでいた胸を解放する。


「我慢してて。この埋め合わせはきっとするから」


「はい?」


 上半身は下着しか着ていない裸に近いような格好なのだから、こんな行為は通常時であればもっての他だけど、今は非常事態だから回避のしようがない。


 僕はとっさにモブ子の腰に手を回す。


 もちろん傷つけないように気を配りながらだ。


 汗ばんでいるのか、緊張しているのかは判然としないながらも、しっとりとしたモブ子の肌を腕で感じる。


 結構体温が高いのか、皮膚から腕へとモブ子の体温というべきか温かみのようなものが伝わってくる。


「動かないで」


 超能力を使って、僕とモブ子とをスライディングさせるように床をさっと滑らせた。


 数メートルほど移動したところで静止すると、さっきまで僕達がいた場所に丸太が一本落ちてきた。


 しかも、落ちた瞬間、丸太は木目に沿って砕け散った。


 力任せに投げつけてきたであろう事が窺えて、回避して正解である事に気づかされた。


 あんなのをまともに食らっていたら、モブ子は大怪我を負っていたかもしれないし。


「……」


 モブ子が砕け散った丸太の惨状を目の当たりにして息を呑んだ。


 恐怖からなのか、僕へと身体をさらに密着させるようにして身体を寄せてくる。


「はえていた丸太を数本持ってきて正解でしたね」


 廃ビルのフロアに、ほんわかとしたような女の声が響き渡る。


 怪力女?


 このままの体勢では次の攻撃に備えられないと、モブ子を抱きしめたまま、すっと身体を起こす。


 モブ子が倒れないように支えながら立ち上がる。


 あれ?


 顔には冷静さと気丈さがまだ十分に残っているようではあったけれども、身体はこの状況で恐怖を感じているのか、膝がガクガクと震えているのが分かる。


「……さっさと終わらせるから我慢してて」


 上半身が裸に近いままなのはどうにかしてやりたいと思ったのだけど、さっきまで手にしていたはずの制服の上着はさっき丸太が直撃した場所の近くにあって、すぐに取りに行けるかどうか怪しい。


 こちらに引き寄せてもいいんだけど、その最中に敵の攻撃が来てしまったら対処のしようがない。


「僕が盾になるから安心して」


「……う、うん」


 僕はモブ子を守れるように半ば強引に後ろへと下がらせた。


 そうやってモブ子を守るような位置に陣取り、丸太使いの出方を窺う。


 モブ子は僕に寄り添うようにして離れようとはしないけれども、やはり怖いのだろう。


「あれ? 山蔵はやられている?」


 丸太を投げつけてきた本人が普段と変わらないような足取りで僕達の前に現れた。


 眼鏡をかけた一見すると読書好きなのではないだろうかと思しき、理知的で、聡明そうなほっそりとした見た目の女だった。


 そんな外見とは不釣り合いな事に、彼女の身長の二倍もありそうな二本の丸太を持っていた。


 丸太二本を抱えて持っているのではなく、片腕でまるでただの棒きれを持っていますとでも言いたげに軽々と掴んた。


 合計四本もの丸太をここまで持ってきたというからにはよっぽどの怪力なのだろう。


「あらら? あなた、張飛の生まれ変わりさん?」


 眼鏡の女は丸太を持ったまま、右手の人差し指を唇の辺りに当てて首を傾げた。


 丸太を二本指くらいで持ち上げてしまっている姿は細腕なのに怪力である事を明示していた。


「何度も言わせてもらうけど、人違いです。それよりもあなたは十本語なので?」


「人違いとは思えませんので、張飛ではないにしろ、本物の転生者かとお見受けします。今日一日で七人もの十本語が倒れてしまっているのですから本物と言わざるを得ません」


「……いるの? 本当の生まれ変わりなんて?」


 言い方がちょっと気にかかったので、僕は訊いてみた。


「はい。本物でしたら、今日倒された七人程度では手も足も出ないが常でしたので、本物だと確証していますよ」


「本物の生まれ変わりを残りの四人なら倒せるとでも言いたいの?」


「はい。世紀末リーダーの清音、吸血鬼狩りヴァンパイアハンターの私こと芹沢詠読せりざわ よむよむ、錬金術師のE子ちゃんなら、本物と互角に戦えますよ」


 詠読とかいう珍妙な名前の女が悪意のない笑みを僕へと向けてくる。


 サイキッカーかおりんの名前が挙がらないという事は戦力外という事なんだろうな。


 まあ、能力的には当然か。


 それに、あの清音とかいう、あのござる風の女。


 いくつもの作品の設定を盛っているんだか。


「山蔵がご迷惑をかけたようで」


 詠読が僕から視線を外して、向こうで倒れている山蔵をちらりと見て、ため息と共に謝辞を含んだように言う。


「モブ子も含めて酷い目にあってね」


「それは失礼しました。山蔵には手を出さないように言い含めておいたのですが、欲望には逆らえなかったようでして」


「なら、監督責任を取ってもらうよ」


 僕がサイコキネシスを練り上げ始めると、


「攻撃ですか?」


 僕が超能力を発動させているのを嗅ぎ取ってか、詠読が何か目的でもあるのか、左手で持っていた丸太を床に立てた。


「野生にはえている丸太は武器にも盾にもなるんですよ」


 いやいやいやいや、丸太ははえてないだろう。


 丸太は加工してああなるものだろうが!


 そんな現実ではあり得ない台詞のせいで気が削がれたからか、サイコキネシスがすっぽ抜けてしまった。


 百パーセントとは行かないまでも、十パーセント程の威力であったであろう。


 僕の生み出した破壊の波が詠読へと突進していったのだけど、


「は?」


 丸太に直撃するなり、僕のサイコキネシスが四散して、詠読へと辿り着けなかったのだ。


「私、言いましたよね。丸太は盾にもなるって」


 丸太が盾になるなんて事あるのかよ!


 丸太はただの丸太だろ?


 どうしてそうなるのか。


 その原理を説明してよ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る