かませ犬のインテリヤクザ ver2.0


「明神、出てこい!! この卑怯者めが!!」


 ことの成り行きを見守っていた万次郎が僕たちを追い越して、いの一番と言いたげにファミレスに入店して、そう大声を張り上げた。


 店内は早朝という事もあって、あまりお客さんがいなかったのが幸いと言えた。


 豪傑のような外見、それはある意味、そっち系統の人物と誤解されてしまうような背格好が店内に衝撃を与えるのには予想できた展開だった。


 一瞬にして店内は静寂に包まれた。


 窓際にいた一組の男女が腰を浮かせて、怯えたような表情をして万次郎を見始めた。


「お前達か!! キラを捨てたのはお前達か!」


 そんな機微を見逃す事なく、万次郎はその男女へと近づいていく。


「お客様、店内では……」


 店長らしき男がそれモンだと勘違いしていて、オドオドした様子で万次郎の方へと近づいていくと、


 万次郎は学生手帳を取り出して慣れた様子で店長に見せて、


「俺は十六歳の学生じゃ! この男女に話があるだ!」


 と、その筋の者ではない事を端的に説明して、


「借金取りに追われて、子供を捨てて逃げた奴らを追ってきただけだ!!」


 ずんずんとその男女の方へと進んでいく。


「……学生証を見せるが手慣れている。よく間違われるのか」


 モブ子は自分を捨てた両親から隠れるように僕の背後に回り、僕の服の袖をくっと掴んだ。


「……ん?」


 何故僕の背後に?


 モブ子も気になったが、それよりも万次郎だ。


 僕は万次郎の動向をつぶさに観察しつつも、大事になりやしないかと内心ヒヤヒヤしていた。


 ここで暴力沙汰などを起こしてしまったのならば、モブ子が傷つくだけではなく、警察の厄介になるのでは、と思えてならなかったからだ。


 僕が出張ってもいいのだけど、それだと万次郎のプライドか何かを傷つけてしまいそうで控えておいた。


「何故、キラを見捨てた! 養子であるから捨てたのか!!」


 虎さえもすくみ上がらせそうな眼光でギラギラと睨み付けている様は圧巻だ。


 そんな万次郎が目と鼻の先まで来たのだから、モブ子の両親は肩を寄せ合って震え出した。


 万次郎の心の中で、何かが爆発しているのかもしれない。


 それは、自分が施設に預けられたか何かした事と関係あるのかな?


「それは……しゃ、借金で……」


 モブ子の両親は万次郎の気迫にタジタジといった案配だった。


「なっとらん! なっとらんのだよ、お前達は!! 伊尹いいんは捨て子であったのにも関わらず、厨師に拾われて、一流の料理人となり、そこからさらに殷の湯王の宰相になったという。それなのにお前達はなんだというのだ! 借金如きで子供を捨てるなど犬畜生にも劣る所業! お前達は犬よりも下郎だ! 下郎は下郎らしく地獄に落ちろ!」


 鬼気迫る勢いがあってか、モブ子の両親はガタガタと震えだしていて、今にも失禁してしまいそうな感じだ。


 けれども、万次郎。


 伊尹の話はともかく、何故そこから犬畜生とか、下郎とか、地獄とかが出てくるのか。


 ちょっと話の繋がりに無理がありすぎたかな?


 勢いで圧倒しつつ、罵倒を織り交ぜて、相手を威圧するスタイルだからあまり深くは考えない方がいいのかもね。


「……もういいって、万次郎」


 このままでは警察とか呼ばれそうな気がして、僕は万次郎をいさめることにする。


「し、しかしだな、兄じゃ。言わねばならぬのだよ、ここは。この場面は」


 万次郎は引くのを潔しとはしていなかった。


「ここは、兄であるこの僕に任せて欲しい。万次郎はよくやってくれた」


「……むぅ」


 万次郎は不服そうだったものの、僕の言葉に従い、平生の表情の戻って素直に退いてくれた。


 しかも、いたら邪魔だと思ったのか、店長らしき男に『迷惑をかけた』と頭を下げてファミレスから出て行った。


 万次郎は勢いで行動しちゃうけど、こういうところは謙虚で好感が持てる。


「……さて」


 まだ震え上がったままでいるモブ子の両親と今度は僕が正対した。


「朗報が一つあるんだな、これが」


 まだ僕の後ろに隠れているモブ子を横目で確認するも、僕の背中から出てくる様子がない。


 どうやらもう話したりする気はさらさらないらしい。


「四百万円は僕が完済しておいたんだけど、もう二度と僕の後ろに隠れている女の子に近づかないでね。あのお金は手切れ金を言うことで。それと……」


 僕は超能力を発動させて、モブ子の両親の金縛り状態にした。


「今、金縛りみたいになっていると思うけど、それ以上に凄いことが僕にはできるんだけど、これは脅しじゃなくて警告だからね」


 僕は二人ににっこりと笑いかけてから超能力を解いてやった。


「養子離縁の申し立てをするから、それもよろしくね。元に住んでいた場所に戻っておいてね。そうじゃないと手続きが面倒だから」


「は、はい! しょ、承知しました!!」


 僕は満面の笑みを二人に向けた後、モブ子に何か言う事はないかな? と訊ねようと振り返る。


「……ありがとう、兄じゃ」


 耳元で囁くようにモブ子が言う。


「……そこは兄じゃじゃなくて、お兄様だろう」


「あなたはエレガントじゃないし、お兄様っていう雰囲気がしないもの。かませ犬のインテリヤクザみたいだし、兄じゃよ、兄じゃ」


「……は?」


 どうやら僕はもうちょっとエレガントにならなければいけないらしい。


 モブ子から『お兄様』と呼ばれるためには。


 というか、エレガントってどういうふうなんだろう?


 貴族の衣装が似合うとかそんなところなのかな?


 いやいや、それ以前に万次郎のどこがエレガントなんだ?


 エレガントというよりも、エレファントなんじゃないか? 暴れエレファントというか、そんなところじゃないのか?


「そんじゃ、僕の提案はきっちりと守ってね。約束だよ」


 もう一度僕は微笑む。


「……は、はい!」


 顔面蒼白の二人が壊れたように首を縦に何度も何度も振る。


 僕はその様子を見て一安心して、ファミレスの出口へと向かう。


「今までありがとう。そして、さようなら」


 モブ子が元両親を一顧だにせずにそう告げて、僕についてくる。


 モブ子はまだ僕の服の袖を掴んでいる。


 よっぽどその手触りが気に入っているようだ。


 この服、安物のはずなんだろうけど?


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