4、大蛇の目的

第103話 マルスへの伝言

 マルスは朝の巡回を終えると、昼食を取って今夜の巡回に備えて仮眠をとっていた。思ったよりも疲れていたのか、再び起きたのはちょうど夕方の六時ころだった。辺りはすでに真っ暗である。


「大分寝たな……」

 マルスはそろそろと起きると、隣のリビングからは光が漏れ、話声が聞こえた。


(誰か来ているのか……?)


 寝具から軍服に着替えリビングに顔を出すと、同室になっていたジムルが部屋でサーガス王国の騎士たちと会話を楽しんでいたところだった。


「あ、マルスさん」

 ジムルが声を掛けると、マルスは手を挙げて答えた。

「楽しんでいるみたいで何よりだな」

「楽しいですよ、色々な話が聞けて」

 ジムルがそういうと、一緒に話をしていたサーガス王国の騎士三人が笑って頷いた。

「そうか」

「マルスさんもどうですか?」

 ジムルの誘いは魅力的だったが、これから仕事である。彼は洗面所に向かいながら断った。

「混ざりたいけど、これから巡回なんだ」

「そういえば、そうでしたね」

「気にせず楽しんでくれ」

「はい」


 返事をして話に戻ろうとしたジムルだったが、一つ思い出したことがあり、洗面所に向かったマルスを追いかけた。


「あの、マルスさん」

「んー?」

 歯磨きをするマルスはまだ寝ぼけているようだった。返事にいつものような切れがない。

「さっき、ライファさんがいらっしゃったんですけど」

「らいふぁ?」

「グイファスさんですよ」

 マルスは頷いた。普段「グイファス」としか呼んでいないので、気が付かなかった。

「あ、グイファスね……彼が、何だって?」

「巡回前に一緒に見て欲しい所があるから来て欲しいそうですよ。伝言していてくれって少し前に来られたんです」

「一緒に見て欲しい所?」

「ええ。そこがどこなのかまでは聞きませんでしたけど、七時に城のラウンジで待っているそうです」

「分かった、行くよ。ラウンジね」

「はい。よろしくお願いします」

「あと、今、サーガス王国の騎士の人に聞いた話なんですけど……」

 ジムルが言いにくそうにするので、マルスが催促する。

「何?」

「メレンケリさんって、普段手袋かけてますよね?右手の力を封印するために」

 マルスは眉をひそめた。

「何でそんな当たり前のこと聞くんだ?」

「そうですよね。やっぱり見間違いかな……」

「どういうことだ」

「実は、メレンケリさんが手袋をかけずに城内を歩いている姿を見た人がいたみたいなんです。それで……うっかり触れでもしたら危ないって話をしていたんです」

 マルスの歯を磨く手がぴたりと止まる。

「……」

 どんどん表情が険しくなるマルスに、ジムルは両手をひらひらとさせて努めて明るく振舞った。

「あ、でも誰かと間違ったかもしれませんし、定かじゃないですよ」

「……分かった、確認しておく」

 マルスはため息をついてそう言った。本当のことなのかどうなのか、本人に聞けば分かることだが、今朝のこともあるのでマルスにとっては気が重いできごとだった。

(全く、どうしっちゃったんだよ、メレンケリ……)


「それから、私の気のせいかもしれませんけど」

「うん、何?」

「なんかライファさん、元気がなさそうだったんですが、気のせいですかね」


 マルスは鼻から長く息を吐く。それからゆっくりと蛇口をひねって水を出し、口を水で漱いだ。


「そう見えたのか?」

「何となくですけど」

「……」


 マルスは歯ブラシを片付けると、今度は石鹸を手に取り泡を作る。そしてガシガシと顔を洗った。グイファスのお陰でもう眠気は冷めていた。


「じゃあ、気のせいだな。まあ、疲れているというのはあるかもしれないが。彼も騎士の仕事と大蛇を探す巡回で忙しいんだろう」


 ジムルはマルスの説明に納得し、ほっとしたようだった。疲れているなら、眠ればきっといつものグイファスに戻ると思ったのだろう。


「そうですよね。じゃあ、七時にラウンジ行ってくださいね」

「了解」


 ジムルが洗面所から出ていくと、マルスは顔を上げ、鏡に映る自分を見てため息をついた。

「全く、あいつらは何をやっているんだ」

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