3、翻弄される心

第93話 ローシェ・ルイリア

 次の日、まだ日が昇らぬ程の早朝のことである。


 グイファスが自宅からアファレスク城へ勤務してきたとき、城の中に入ろうとする見慣れた後姿を見つけた。その人は、短くて艶のある髪が特徴的で、いつも黒っぽいドレスを好んで着る女性だ。そして今日も灰色のコートの下は、黒いドレスの裾がはみ出している。


 グイファスはその女性に近づくと声を掛けた。


「ローシェ」


 呼びかけるとすぐにくるりと振り返る。エメラルドの揺れる耳飾りが、きらりと光った。ローシェと呼ばれた女性は、目元は釣り目できついものの、色白で美しい顔立ちをした人だった。


「グイファス。なんだ戻っていたのか」


 グイファスが隣の国に行っていた、というよりも隣町に行っていたくらいの軽さで、ローシェ・ルイリアは答えた。


「何だ、はないだろう。いつもながら素っ気ない」

「お前は私に何を求めているんだ。すごく心配した、とでも言って欲しかったのか?」

「……」

 グイファスは眉間に手を当てた。そういば、彼女はこういう女性ひとだった、と。

「いや、求めた俺が悪かった」

「男は女に色々なことを求めすぎなのだ。私はたとえ、父にこの言葉遣いを直せと言われても直す気はない」

「それは、前からそうだろう……」


 彼女は侯爵家の令嬢でありながら、男のような性格をしている。馬は乗りこなすし、剣も使いこなす。狩りも勉学も得意だが、だからといって女性的な部分が劣っているかというとそうでもなく、裁縫に、料理、歌やダンスもこなしてしまうのだから、こういうのを「そつなくこなす」ということなのだとグイファスは思っている。


「で、私に何か言いたいことでもあるのかな、グイファス・ライファよ」

 ローシェが片眉を軽く上げて見せる。まるですべてお見通しと言った様子だ。こういうことがなければ、本当にいい相談相手なのだが、とグイファスは心の中で思いながらも彼女に言った。

「シェヘラザードの件だ」


 ローシェはその名から瞬時に、誰のことを言っているのか分かった。

「ああ。ディラント子爵の娘か。よくお前になついていた」

 ローシェの言い方だと語弊があるので、グイファスはあえてそこを修正する。

「なついているんじゃない。迷惑をかけられているんだ」

 するとローシェは左手に右手の拳をぽん、と乗せて納得した。

「迷惑ね。確かにそうだった。よく私がグイファスに相談されて、おぱらってやったけ。また面倒なことに巻き込まれたのか?」

 グイファスは肩をすくめる。

「多少は。でも、それよりも聞いて欲しいことがあるんだ。シェヘラザードとは全ての決着がついた」

「ふむ。それは面白そうだ。聞いてやろう。だが、レディに立ち話をさせるとはどうなのかな。紅茶の一杯でも欲しいのだが」

 ローシェに指摘され、確かに会ってからそのまま話し込んでしまった。グイファスは思い出したように謝った。

「それは気が付かなくてすまなかったな。では、紅茶でも飲みながら少し話そうか」

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