第40話 ラクト・アージェ

「ということは、二人は結婚したってことか?」


 マルスは三人に確認するように聞いた。すると、ずっと黙っていたグイファスが答えた。

「つまりは、そういうことだろう」

 そして、グイファスはメレンケリを見て微笑んだ。

「良かったな、メレンケリ」


 メレンケリの右手に宿る力は、確かに彼女を不幸にしてきたかもしれなかった。しかし、その力がなかったら、ラクトとメドゥーサは結ばれることはなかったし、メレンケリも生まれなかった。


「ひいおじい様……ひいおばあ様……」


 メレンケリは両手を胸の前に組んだ。その祈るようなしぐさに、フェルミアはふっと顔を綻ばせた。彼女は暖炉からポットを取り出すと、テーブルに置いてある四人分のカップにお茶を注ぐ。今度はミルクが入っていないお茶だ。


「メレンケリ、あんたの曾祖父は素晴らしい人だよ。メドゥーサは救われ、サーガス王国に平和をもたらした。この話を聞いたらその右手に宿る力のことに対して、少しは気持ちが和らいだんじゃないか?」


 聞かれてメレンケリは自分に問いかけてみた。気持ちが変わっただろうか、と。

 だが、それはよく分からなかった。


「……それは、分かりませんけど……」

「……」

「曾祖父のしたことは、確かに勇敢だったと思いました」

 メレンケリの真っ直ぐな瞳に、フェルミアはにっと笑った。

「そうか」

 フェルは全員にお茶を淹れると、また自分の席に戻った。


「まあ、それからラクト・アージェは色々苦労はしたようだった。右手には、石にする力があったからね。人々に悪影響をもたらしかねないと思ったのだろう。一応、サーガス王国からは呪術師も一緒に移り住んだ。それが私の家だ。今じゃ、呪術師としての力は衰えつつあって、まじない師なんて言っているけどね」


 そういってフェルミアは肩をすくめた。その一方で、メレンケリは驚いたように目を見開いた。


「じゃあ、ずっと私の家を……アージェ家を支えて下さっていたんですか……?」


 右手の力を封印する手袋も、フェルミアの一族がずっと提供してくれていたのだろう。そうでなかったら、アージェ家は普通に生活はしていられなかった。


「まあ、そんなところかな」

 フェルミアはカップ覗きゆっくりとくゆらせる。


「でも持ちつ持たれつさ。呪術師なんて、ジルコ王国じゃ俗世を捨てたような人間だと思われている。だから街では生活できなくて山に引きこもった。それでも生きてこれたのは、アージェ家がずっと支えてくれていたからだ。お陰で私の代まで生きてこられたってわけさ」

「……」


「ラクト・アージェのことだが、彼は元々剣士だったことを生かして、ジルコ王国の軍隊に所属することにしたんだ。それからだよ。その右手に宿る力を、『石膏者』として使うようになったのは」

「そう、だったんですね……」


 メレンケリは自分の右手を見下ろした。曾祖父から伝わってきた力。それは曾祖母を助けるため、そしてサーガス王国を救うために自ら負った呪いの力。そう考えると、誇りに思うような部分も確かにあった。そして、フェルミアのような呪術師が支えてきたからこそ、今の自分がいることも。


 それでも、メレンケリが十八年生きてきて、培われてきたこの力の恐ろしさは簡単には拭えないし、拭ってはいけないものであることも分かっている。自分がいかに人を葬って来たことか。この力を肯定するには、あまりにも人の命を奪いすぎている。


「……」

 右手をじっと見つめるメレンケリに、フェルミアはあることを提案しようと思い立った。

「なあ、メレンケリ」

「はい、何でしょう」


「あんたはその力を、サーガス王国を救うために使う気はあるかい?」

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