第25話 父の過去(前編)

 父の過去の告白にメレンケリは息を飲んだ。衝撃的な事実だった。あまり語らず、堅実で、亭主関白な父が冗談を言うはずもない。


「石に……」


 メレンケリが乾いた唇をようやく開いて、ぽつりと呟く。すると父は手を伸ばして、部屋の隅に置いてあった木でできた簡素な椅子をメレンケリに渡した。座れと言うことだろう。メレンケリは黙ってそれに従い椅子に座ると、父は娘に語り始めた。


「あれは私がまだ八歳くらいの時だ。あの時はまだ右手の力のことをよく分かっていなかった。手袋をかけるのは鬱陶しく嫌でたまらなかった。よく外しては父に…お前の祖父に怒られていた」

「……」


 父にもそういう時期があったことが意外だった。

 メレンケリも幼いころに手袋を外して遊んでいたことがあったが、それを父に見つかったときこっぴどく叱られた。あの時は父が血相を変えてメレンケリに近づき、何も言わず頬を思い切り叩いた。幼い娘にやるにしてはあまりにも強すぎる力だった。その後、恐ろしいほどの怒りを父にぶつけられた。メレンケリは当然のごとくわんわん泣きじゃくった。叩かれた頬の表面に痛みが伝わってきて、みるみるうちに腫れてくるのが分かった。


「ごめんなさい」


 何度も謝った。

 だが、父は許さなかった。メレンケリの右手に手袋をはめると、彼女の襟首を掴み部屋に閉じ込めた。その日の夕食は抜きだった。

 右手に手袋を掛けないと、痛い目に合う。


 この教訓はずっとメレンケリの中にあって、今でも手袋を外すときはとても慎重に行う。理屈とかではない。体に染みついているのだ。


「だが私はお前のように親の言葉に聞く耳を持つ子ではなかった。それにお前の祖父も、最初に生まれた私が可愛かったのだろう。何だかんだ言って、許してしまうところがあった。だがそれが悲劇を生んだ。

 ある日、私が友人と遊びに出かけた時だった。その日は良く晴れた春の日で、私は一番の友達に自分の力を自慢しようと思っていた。野原に咲いた花を、石にして見せようと思ったんだ」


「花を石に、ですか……」


 メレンケリは何が楽しくてそんなことをするのだろう、と思っていると、父がそれを察して説明してくれた。


「大して面白くないと思うだろう。だが私はこの力を良く遊びに使っていて、上手くするとただの石ではなく表面が象牙色のような深みのある白っぽい石になることが分かっていた。だから綺麗な花を摘み石にすると、永遠に咲いた花を手元に持っていられるというわけだ」


「子供なのに、大人のようなことを考えるのですね」


 八歳の子供が思いつくようなことじゃないと思った。しかし父は、わずかに笑った。


「そうだな。だが子供はきらきらしたものや、変わっているものが好きなんだよ。それに私が花に触れると石になる過程も楽しめる。それが面白くて、この右手で遊んでいたんだ」

「でも、どうして友達が石になってしまったんですか?」


 メレンケリはそこが聞きたかった。どうして、父は友人を石にしてしまったのだろうか。


「本当に些細なことだったんだ。実際に花を石にして遊び、野原から帰る時だった。その子が転んだんだ。私は助けようと思って、その子に触れたんだ。だが触れた右手には手袋がかかってなかった。私は楽しさのあまり、普段の癖が抜けてて彼を素手で触れてしまったんだよ」

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