4、父の過去

第23話 父

 メレンケリはグイファスに呪術師の話をしてもらった日、家に帰ると父の部屋へ行った。


「父上、入ってもいいでしょうか」

「……ああ」


 父の部屋に入ると、木の香りが薫る。

 彼は仕事を辞めてから自室にこもり、木材の加工をしていた。彼が『石膏者』をしていたころは、仕事以外で何かをすることはなかったが、現役を引退してからというもの木材を手に取り、せっせと家具や小物作りをしていた。


「どうした?」


 背を向けたまま、父は尋ねた。


「少し、聞きたいことがありまして……」


 メレンケリがそういうと、父は椅子をくるりと回して娘に向き合う。白い無精ひげを生やし、エプロンをかけても全身木くずだらけになっている父は、『石膏者』をしていたころとは違い生き生きしている気がした。


「何だ」


 ただ、メレンケリに対する言葉は厳しい。冷たく、突き放すかのようだ。


「あの……」


 勇気を出して聞こうと思ったとき、不思議な光景が目に入った。父の右手に、手袋がかけられていなかった。しかもその手にはノミが握られている。

 おかしい。

 父も確か、自分と同じ右手に石にする力が宿っていたはずである。なのに、触れても石になっていない。


「父上……手袋は付けないのですか?」

 メレンケリは左手で父の手を指さすと、「ああ」と低い声で答えた。

「必要ない」

「必要ない……とは?」

 父はノミを机に置き、自分の右手をじっと見た。木くずにまみれ、白くなっている。

「この手には、もう物を石にする力は残っていない」

 メレンケリは目を大きく見開いた。

「どういうことですか」

「言葉通りの意味だ」


 父は自分の手から、メレンケリに視線を移す。メレンケリは首を横に振った。


「私には意味が分かりません。『石膏者』としての役割を終えたら、この力は消えてしまうのですか?」


 メレンケリが聞こうとしていることの意図が分かり、父はその質問に答えた。


「いいや。『石膏者』としての役割じゃない。私の力がお前に完全に移ったんだ」

「移る?」

「石にする力は、受け継がれていく力だ。同じ家に同じ力を持つ者は二人としていない」

 メレンケリは戸惑った。そんなこと、今まで一度も聞いたことがない。

「しかし、父上は私の幼いときに『石膏者』として働いていたではありませんか。そのときすでに私の右手には、石にする力がありました。同じ家に同じ力を持つ者が二人としていないのであれば、これは辻褄の合わない話になりませんか?」

「すぐに移るのではない。徐々に移行していくのだ。その力を使役できるようになるまで、力は継承者の成長を待つのだ」

「では、おじい様は?」

「お前の祖父がどうした」

「おじい様は私が小さい頃も、右手に手袋をかけておりました。それはどう説明されるおつもりですか?」


 亡き祖父も、メレンケリが小さい頃朧気に覚えている限りではあるが、右手に手袋かけていた。それも父やメレンケリと同じように。そのときすでに父は『石膏者』として働いていたはずであれば、祖父の手には石にする力はなかったはずである。


 父は「そのとことか」と、祖父のことを思い出したようだった。

「長きにわたり手袋をかけていたせいで、それが癖になっていたと言っていた。着けていないと落ち着かないと」

 メレンケリは信じられない、と言って首を横に振った。

「……でしたら、私もこの力の継承者が生まれたら、その力が受け継がれるということですか。そして私からは力がなくなると?」

「そういうことになる」

「……」

「どうした、メレンケリ」


 黙り込むメレンケリに、父が声をかける。彼女は父から視線を逸らし、怒りを押し込めて静かに言葉を放った。


「いえ……初めて聞いた話だったので、驚いただけです」

「別に隠していたわけではない。お前が聞きたがらなかったから話さなかった。私が話をしようとすると、お前は耳をふさごうとしていた」


 父の言い分はもっともだった。

 何かを話そうとしてたことについては思い当たる節がある。だが、父の話は怖くて聞けなかった。何故なら、また自分に都合の悪い話をされると思っていたからだ。


「……」


 すると、父は徐に娘に言った。


「本当はその仕事が嫌なのだろう?」

 その言葉に、カッとした。

「……何故っ!?」

 メレンケリは込み上げてくる思いを、抑えられなかった。


「それを知っていて、何故私に『石膏者』の仕事を強要させたのです!?この力があるお陰で、私は同じ年頃の女の子たちのように、花園に行ってみたり、男の子とダンスを踊ったりすることができなかったのですよ!?何故、この仕事が嫌いだと分かっていて…この仕事につかせたのですか……!」


 メレンケリの瞳には涙が溜まっていた。だが父は表情をぴくりとも動かさず、娘の言葉を聞いていた。そしてエプロンの木くずを払って立ち上がると、ゆっくりと娘に近づきそっと彼女の右手を手に取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る