名づけられないもの

 具象というものに

 耐えられないこころがある

 そんなときは

 ベケットの小説しか読めない

 名づけられないもの

 ベケットの小説には

 ストーリーらしいストーリーも

 登場人物らしい登場人物も

 風景らしい風景も

 まったく存在しないから

 たまらなく心地いい

 わけのわからない支離滅裂な独り言が

 永遠につづくようなどうしようもなさ

 ベケットは昔

 路上で見知らぬ人に刺されたことがあるそうだけど

 こんな破格の小説は

 路上で見知らぬ人に刺されでもしないと

 書けないのだろうか

 ぼくは刺されても書けないと思うけど

 名づけられないもの

 読み終わっても

 なにが書いてあったのかまったく思い出せない本

 だから何度でも読める

 ありがたい

 名づけられないもの

 真空のような言葉に癒やされる

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る