　わたしは忘れられたいから

　だれもが健忘症になることを欲する

　わたしは忘れられたいから

　わたしは多年の事情と信念により

　わたし自身を棚にあげて

　他人に不可能を欲するから

　その求めに対する諾否（だくひ）にかかわらず

　わたし自身はだれをも忘れずにいたいと思う

　わたしが感じられるかぎりに受感した他者の痛みと想いを忘れないでいようと思う

　しかしわたしは忘れられたい

　わたしは往診を拒む病人のように自身の不可触性を守りたいがために

　他者の記憶に残る自分を殺したいと思う

　わたしは忘れられたいから

　わたしのかけらのひとつすら塵泥（ちりひじ）に帰せずんば許しがたく思う

　わたしは忘れられたいから

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