「助けて」と書かれたメモ

「助けて」

 そう書かれたメモがドアの前に落ちていた

 紙はくしゃくしゃ

 字は走り書き


「助けて」

 心当たりはなにもない

 近所に虐待されている子どもはいないし

 暴力を振るわれている女性もいないはずだ(なぜわかる?)


「助けて」

 酔った自分が書いたのだろうか

 それはあり得る話ではあった

 自作自演の救難信号

 とんちんかんな酔漢の多重人格的エピソード


「助けて」

 孤独死しそうな老人も独身者もいないし

 暴力を振るわれている男性もトランスジェンダーもいないはずだ(なぜわかる?)


「助けて」

 あるいは前後の文がちぎり取られた可能性はないか

 トムはアリスを助けてマイケルへの雪辱を晴らした……いったいなんの文章だろう

 ちぎり取られたトムとアリスとマイケル


「助けて」

 単純にふざけ半分のいたずら

 それが妥当なところだろう

 だれかが置いたのではなく風に吹かれて来たのかもしれない

 遠く離れたどこかなら虐待されているだれかや暴力を振るわれているだれかや孤独に死にかけているだれかがいるのかもしれない(なぜわかる?)


「助けて」

 別に深刻なメッセージではないのかもしれない

 われわれはくだらない冗談で笑いすぎたときも腹が痛い涙が出るだれか助けてなどと口走ることがあるではないか


「助けて」

 新しいペンを買って試し書きをしただけとか

 内容はなんでもいい

 思いつくままにペンを走らせる

 そこに伝えたい意志などない(なぜわかる?)


「助けて」

 やはりこれを書いたのは自分で

 死にそうなだれかで

 風に吹かれた届け先のないメッセージで

 トムとアリスとマイケルはいなくて

 男性も女性もトランスジェンダーも関係なくて

 だれしも子どもであり老人であり

 あまりの哀しみに腹が痛くて涙が出るほどの笑いの発作に襲われていて

 試し書きの救難信号はくしゃくしゃの走り書きとしてしか表現され得ず

 孤独に死にかけていない人間など近くにも遠くにもどこにもいなくて


「助けて」

「助けて」

「助けて」

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