一人暮らしのアキレス

 信じられないことに

 自分の家のなかで迷子になってしまった

 宮殿でも屋敷でもない

 ひっそりとした六畳一間で

 ぼくは迷子になってしまった


 ベランダに通じる奥の窓

 その向いに歩いていけば

 扉までは一直線だ

 ところがいつまで歩いても

 扉は姿を現さず

 部屋が際限なく伸びていく

 コンビニ弁当の残骸

 あちこちに散らばった学術書

 寝心地の悪そうな万年床

 なじみのわびしい風景が

 樹海のように広がってゆく

 歩けども歩けども

 弁当・学術書・万年床の繰り返し


 アキレスと亀の話を思い出す

 あのパラドックスは

 どこに誤りがあるんだっけ

 二日酔いの頭脳で早く思い出さないと

 いつまで経ってもぼくは

 このわびしい一人住まいのアキレスは

 あたたかい団欒だんらんという亀に追いつけない

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