第三十八章


「え、ええと、ええと?」


 何だかいろいろなタイミングを失した。いや、タイミングで決めて良いものではないのは確かだ。自分が立ち去るのは義務。そうでなければいけないが、


「さあ! 先輩! キッツイ質問だろうと何だろうとどうぞ!」


 キラッキラしてる。

 仕方ない、と思ってしまうのは甘いのか。だが、


 ……これ、私が、自分に対して甘いんですよね……。


 胸の底にあった重いものが、軽減されているのは確かなのだ。それは、視線を逸らして、見ないようにしているだけなのかもしれないが。


「ええと……」


 手に渡された啓示盤を見ると、確かに質問事項がたくさん並んでいる。

 一杯あって、ちょっと逆に解りにくい。だから啓示盤の音声認識で、


「あの、――意味が解るのだけで」


 画面が七度くらい縮小して、質問が一気に五つだけになった。


「凄い……。ある意味、徹底してますね……」


「ウヒョー! 先輩に褒められた! やったぞ僕! ここに来るまでにいろいろ考えただけの意味があった!」


 そういうものだろうか。ともあれ流れとしてはたった五問。

 なので問うてみる。


 第一の質問:趣味は?

 第二の質問:好きな食べ物は?

 第三の質問:誕生日は?

 第四の質問:女性と付き合った経験は?

 第五の質問:今まで、どんな生活をしていましたか?


「あの、住良木君? 第一の質問です。――趣味は?」


 疑問すると、即答が来た。


「はい! 以前はゲームで、その前は自転車で古本屋巡りでした! 古本屋、立川はちょっと少ないですが、昭島から福生まで行くと個人営業の店が多いんですよ! だからちょっとした運動にもなるんで、親も認めてくれてまして、本を買ってきて読む! 読み終えたら裏の値段書いてあるのを何とか処理して売りに行って、全然金にならなくて笑った上でまた買ってくるとか、そんなことをやってましたね! でも家に98とMSX2とか来て、ちょっと流れが変わって、古本屋ではLOGINとかのバックナンバー漁ってます! あ、テクノポリスとか忘れちゃいけません! コンプティークの袋綴じとか人生において大事なアクセントですよね!

 ――でも最新の趣味は先輩を信仰することです」


 凄い勢いだ。何かよく解らん単語も一杯出てきたが、語れる趣味があるのはいいと思う。


「ええと、結構有り難いんですけど、フツーに”趣味=信仰”ってあったら、ちょっと引かれるから気をつけて下さいね?」


「はい! 気をつけます! でも先輩への信仰について、解らないヤツがいるなんて、勿体ないですね! こんなに素晴らしいものがあるというのに!」


「明るくハキハキしてる狂信者か……」


「ビル、お前、もうちょっと言葉を選べよ。本質は変わらないけど」


「えーと、じゃあ次の質問です。好きな食べ物は何ですか?」


「はい! 基本的にどんなんでも行けます! 特定の好きはないですけど、ときたまに濃い味のものがいきなり食いたくなって、深夜にチキラーとか、ソースとマヨネーズガッツリのお好み焼きとか、欲するときがありますね。あ、四文字先輩じゃないけど、ファミレスでラムステーキやマトンステーキあると、頼むタチです。ちょっと遠いですけど、16号線、横田基地沿いのピザハウス、ニコラってのがホントいい味してるんですが、ウエイターやってるダンディな店長が高齢なので、この人いなくなると店が変わるかなあ、とか思ってます。

 ――でも最新の好みは、おでんの角煮ですね! あれはハマると思います!」


《ニコラのスタッフは、店長が代わった際に外に出て、御隣のあきる野市でTORINOというピザハウスを構えることになってますね》


「無茶苦茶ローカルな情報が来たヨー」


「それよりカラムーチョでしょ、やっぱり! 何でそれが出ないの!?」


 じゃあ三つ目の問いだ。


「ええと、第三問目? ……誕生日は?」


「はい! 解りやすく一月一日です! ホントは31日の夜十一時くらいの生まれだったそうなんですけど、病院側が”ちょっとズラせるので、そうします?”ってのに親が便乗した形なんですよコレ! キラキラ誕生日かよ! イエス! もうちょっとどうにかならないのかよ、って感じ有りますけど、この日だと、誕生日プレゼントとクリスマスとお年玉を一緒にされることが多いんですよね。なもんで、うちだと親と親戚が談合して、クリスマスは食事は有りだけどプレゼント無し。一月一日にゲンナマ支給されて終了、って、そんな感じがよくあります!」


 何か大変ですね……、と思いながら、次の質問に行く。


「ええと、四つ目は――」


 と、文章を見て、ちょっと鼓動が跳ね上がった。


「え、ええと! ――女性と付き合った経験は!?」


「はい! 皆無です!」


 即答であった。


「住良木チャン、おかしな人間じゃなければ付き合いたいって娘がいると思うんだけどネエ……」


「前提条件が間違ってるだろう、それは……」


『まともな住良木って、どんなキャラですか一体』


「奇声をあげたり飛び跳ねたりしないかナ?」


「魅力ぅ八割減だねえ」


「そんなに減るのか……」


 何か悪いことを聞きました……、としみじみ思った。でも住良木君の書いた質問事項だから、大丈夫なんだろうか。気にはなるが、次の質問に行こうと思う。

 第五問目。最後の質問だ。


 ……あら?


 啓示盤にあるのは、一つの問いかけ。

《今まで、どんな生活をしていましたか?》

 これは随分と、気楽な問いかけだ。今まで、ダイレクトに何かを問うていた気がするが、この質問についてはアバウトだ。

 自由回答みたいな、そんな問いかけだろうかと、そう思いつつ、投げてみる。


「じゃあ最後の問いです」


 問う。


「今まで、どのような生活をしていましたか?」


 疑問した直後。即答が来た。


「はい! ――そんなものは何にもありません!!」


「……えっ?」


 どうして、と思った。だってこれまでの四つの設問について、住良木は、経験皆無ということも含めて、自分の過去を答えていたのだ。

 だが、何故、それを”ありません”と否定するのか。


「住良木君……!?」


 まさか、と、答えに行き着きかけた瞬間。彼が言った。


「僕の記憶は、僕の生きてきた経験ではなく、バランサーが作り上げた脳内記憶です!」


「でも、僕が持っている生活は、最新の僕としては、えーと、ロールバック? それをしてから、多分、三十分くらいです! そうではない以前のハイエルダーだった僕としては、多分、僕が十五代か十六代になるので、二、三週間くらいの生活が出来てた時もあったんじゃないでしょうか」


 でも、


「――でも僕には、解ってることがあります。というかさっき気付いたんですけどね? 僕のこのセミみたいに短い一生って、先輩からスタートしてるんです」


 言われた意味が、解らなかった。

 あ、いや、ホントに、住良木君には解らないことばかり言われたりされたりしていて、でもそれが私にとっては大事なことに繋がっていく。だけど、


「……住良木君の一生が、何故、私からスタートしてる、って?」


「――馬鹿ね。その通りなんだから、言ってやりなさい。住良木・出見」


 僕は知っている。それは、


「初代の僕のことです。僕は初代のファースト僕のことを再放送もしてないので全く憶えてないんですが、でも、ある選択があったことは解ります」


 大事なことだ。


「僕が、作られて、初めて自分の意思で行ったのは、――先輩を選ぶことです」


「……!?」


 先輩がキョドった。


「住良木君が私を選んだのが、……住良木君の自我の第一、って事ですか?」


 ああそうだ。先輩はこれを解っていない。いや、選ばれたことを憶えていても、僕の方のそういう事情を知らない。

 だって僕だって知らないことなんだから。でも、僕には解っている。


「さっきですね? ゲームやったなあって記憶と一緒に起きたら、横にバランサーが寝てるんですよ」


「バ、バランサーが!? 何してるんですかあのAI!」


「あと、ベッド横にムーチョが立ってて」


「ちょっと! ちょっとどういうことです!? 私も入ったことがない、壁越しに室温感じるくらいしか許可してない住良木君の部屋へのアプローチを勝手に行うなんて! ゆ、赦しませんよ!!」


 何か誤解が生じてる気がする。だけど僕は先輩の味方だ。だからこう言った。


「ですよね!? アイツら、何やってんでしょうね!!」


「オイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! 私の寿命がピンチよ!? というか私が寿命でピンチよ!? ビルガメス! エンキドゥ! どうにかしなさい!」


「お前、この状況でよく頼めるな……」


「お前もたまには死んでみろよ。エレシュキガルへの嫌がらせになるぞ」


《というか私も貰い事故の範疇ですよねコレ!》


 先輩が啓示盤で僕の健康管理設定など確認。大事には至っていないことを知ると、吐息した。


「危ないところでしたね、住良木君……」


「ええ、でも大丈夫です。僕、ガードはユルユルに堅いですからね!」


 だけどまあ、


「いろいろと記憶を蘇らせたり、現状の情報を知らされる中で、僕は思ったんです。

 緊急案件の時には、バランサーが直接関与してくるんだなって」


 だから以前にも、きっと同じ事があった筈だ。それはどんなときかと言えば、


「最初のファースト僕が、初回限定版みたいな感じでロールアウトしたとき、バランサーが傍にいて、僕にいろいろ教え込んだ筈です」


 そうだ。


「多分、初回では、僕が作られた人間であることなども、全て教えたでしょう。何故ならその方が効率がいいからです。バランサーの野郎はそこらへん気が利かないので、何もかも、僕がどう思うかとか、気にせず教えた筈です。

 でも、それゆえに、いろいろ学んだ僕は、あることが出来た筈です」


 筈、筈、筈、だ。だけどそうではなければ辻褄が合わない事がある。何かと言えば、


「”人類”として、一個の独立した存在としてテラフォームに参加すること。

 バランサーの介在もなく、だからこそ”人類”として出来ることが、それです」


 そのために、僕は何をした。


「まず第一に、パートナーとなる神を誰にするか考え、選択した」


 それは。


「先輩です。――僕は自分だけの初めての行いとして、先輩を選択したんです」


 そうだ。そうしたんだ。


「先輩を選んだこと。――これこそが、記憶も何も作り物の僕が、自分自身の選択として、初めてホンモノの行為としてやったことなんです!」


「――――」


 先輩が息を詰めた。

 だとすれば、これは当たりなんだと、僕は思う。

 僕がもはや憶えていないことを、先輩は憶えている。ああ全く、僕は馬鹿でしょうが無い。ホント、大事なことから忘れていっているんだろう。でも、ここで少しは取り返す。


「僕は、何で先輩を選んだんでしょうね」


「それは――」


「僕は作られた人間で、過去の何もかも、実は偽物。そういうことをバランサーは多分、ファースト僕に教えた筈。

 そんな僕が、表向きハジケていたとしても、じゃあ実際にハッピーな気分で、パートナーを選ぶことなんて出来るんでしょうか」


 どうだろう。今の僕なら出来る気もする。だけどそれは先輩がいるからこその”今”だ。当時の僕は、多分、結構メゲていたに違いない。


「――僕は、何のためにいるんだろうなあ、って」


「住良木君……!」


 うん。ここで心配してくれる先輩は、本物だ。だから僕は言う。


「だからファーストの僕は、神々の中から選んだんです。誰からも遠ざけられ、一人でいなければいけなくなってしまった神を。

 たった一人で、どうしていいか解らなくなって、誰といていいのかも解らない神様です」


 だって、


「それは僕だ。僕と同じです。

 ――その人に手を伸ばして、一人じゃないと言ってやれなければ、僕は自分を救えない。

 そして、僕と同じような誰かを救うことも出来なくなってしまうから」


 だから、


「僕は先輩を選んで、――先輩は僕に応じて、来てくれました。

 こんな、過去も何も無い、作りもので、どうしようもない僕と、先輩は、一緒にいることを選んでくれました」


 そうだ。そういう流れだ。

 そしてファーストの僕がどうであったか。僕は想像する。


「ええ。やってきた先輩を見て、僕は驚いたでしょう。ちょっとクリーチャー系を覚悟していたら、先輩で、巨乳だったもんだから、飛び跳ねた筈です」


「あまり言いたくないですけど、喜んでバク宙使用としたら頭から床に激突して血ダルマになりまして……」


「クッソ! ファースト僕、かなりいい慶びの表現をしたな……!」


「何でいい話で終わらないかナ?」


「まあ、何だ、一種の病気だろう……」


「先輩、手を貸して下さい」


「……え?」


 と、恐らく何となく無意味に差し出された右手を、僕は右の手で掴んだ。


「もう、離しませんからね!」


「え!? ちょっと、住良木君!」


 引っ張られる。だけど気にしない。


「先輩は僕と一緒にいるんです! それが決まりです! だって僕達は、そうじゃないといけないから!」


「でも住良木君! 私がいると、駄目じゃないですか!」


「何故です!?」


「私がイワナガヒメだからです!」


「構わないです! だってそうじゃなければ僕は先輩を選ばなかった! そうじゃなければ僕には、何の救いも無かったんだから!」


「でも、私が住良木君と一緒に居続けたら、住良木君の長命化が生じるかもしれないんですよ!? そうなったら、人類ではないと見なされるじゃないですか!」


「それはまだもしもの話です! もしそうなったとしても、僕達以外の他の誰かがどうにかしてくれる筈です! それに――」


 それに、ここが大事だ。


「長生きしてずっと傍に先輩がいるのと、フツーに寿命迎えて、でも傍に先輩がいないのを比べたら、長生きしてる方が絶対にいいです!」


「駄目です!」


「駄目じゃないです!」


 僕は、傍のテーブルの表面を空いた手で撫でた。


「先輩だってそうでしょう!? このテラフォームが嫌で、本当に終わりを考えていたら、こんな綺麗なテーブルを作る筈がない! 僕、知ってるんですよ! 先輩、岩場しか作れないとか、そんなことを言ってましたけど、それは当然です!

 だってイワナガヒメの権能は、寿命関係以外にもあるんですから!」


 言う。


「イワナガヒメは”石長比売”もしくは”磐長姫”と書きます。岩に関する神だという名前です。つまりこの岩屋も外の大地も、実は誰にでも出来ることじゃなくて、先輩オリジナルの”岩を操作する”権能ですよね!?

 だから先輩は、ここを作るとき、楽しんでいた筈です。寿命関係とか触れることなく、神として力を使っていいんだから。

 そして僕が来て、待避所に出来るよう、軽い生活が出来るように、壁とかドアとか調度整えて、――それは先輩にとって、初めてに近い”自分の仕事”だった筈です。

 ほら、こんな綺麗な平滑面! 思わず舐め舐めしたくなります!」


「えっ?」


 僕は空いた手で自分の顔を叩いた。


「今ちょっと事故りました! でも関係ないです! 大事なのは、先輩だって、実はこっちにいたいんだって、そういうことです!」


 それに、と僕は言葉を加えた。


「この前に死んだとき、僕は先輩の意を汲んだつもりで、勘違いして格好つけて、先輩のことを蔑ろにしてしまいました。

 すみません。

 あのとき、僕は、先輩と二人で、俺巨乳先輩が”死を賜う”のをどうにかしないといけなかったんです。だってそれが、二人でやっていくっていうことだから」


 だから、


「――これを仕切り直しとして、また、僕と一緒にいて貰えませんか、先輩!」


「……っ!」


 先輩が、目尻から涙をこぼした。

 しまった、とは思わない。今、先輩が、これまでのように肝心な部分を隠さず、僕に対し本音であるということなんだ。

 だから僕は先輩の手を離さない。お互い、引っ張り合うようにして立ち上がって、


「……駄目です!」


 先輩が言った。こっちの手を、掴んで揺らして、こう言った。


「住良木君に、迷惑、掛けたくないです! だって――」


 だって、


「だって私も、選ばれて、ずっといて、幸いだったから……! だから、そうしてくれた住良木君に、迷惑を掛けたくないです!」


 じゃあ、と僕は言った。先輩の手を握ったまま、こう言った。


「先輩が、仮想顕現ってのに、戻るとします」


「……?」


 いきなり僕が素直なことを言ったので、先輩が勢いを失った。だけど、すぐに先輩は涙を拭って、一度息を吸う。そして言う。


「……ええ、そうします。仮想顕現に戻ります。だってそれが一番、いいことですから」


「――はい。そうですね。でも、先輩がそうしたら、僕はバランサーと桑尻に頼みます」


 それは、


「――僕の記憶を完全に消してくれ、って」


「それは――」


 決まっている。記憶を失ったら、することは一つしか無い。


「記憶を失ったら今以上に馬鹿になりますけど、テラフォーム関係は、やり直しです」


 そうなったら、どうなるか。


「パートナーも綺麗サッパリ選び直しです」


 だから僕はまた、ファースト僕のようにバランサーから説明を聞いて、パートナーを選ぶでしょう」


 そうとも。じゃあ、そのとき僕はどうするか。


「僕は、――また先輩を選びます」


 言う。


「何度だって、先輩を見つけて選びます!」


「駄目です!」


 先輩が、慌てて首を横に振った。


「そんなことをされても、次は、応えません!」


「じゃあ、何故かを、僕はバランサーに聞くでしょう。だって、僕は、自分を救えない訳ですから。だからその時、僕はこう選択します」


 言う。


「バランサー、僕の記憶を完全に消してくれ、って」


 そうだ。


「そうやって、きっと、何度でも、何度でも、何度だろうと、僕は先輩を選びます。僕の傍に居て欲しいって」


「何故……? 私がいると、住良木君、人ではなくなるんですよ?」


 確かに、ソレは本当に問題だと思う。 

 政治的なことは、恐らく他の神々に任せられる。でも、先輩の権能に関しては、どうしようもない。だけど、


「先輩」


 言ってみる。あり得ないように思えるけど、どうなんだろう、って事を。


「もしも僕が先輩の力で神になるんだとしたら、――僕は、その長い一生を掛けて、それを解除しようと思います」


「それは――」


 ああ、馬鹿を言う。無茶苦茶な理論だと思えることを、ここで言う。


「先輩を、人間にするんです」


 言ってみると、有りな気がした。

 神が人になるというのは、神話だと、有り得ることなんだろうか。

 否、もっと簡単な方法が、有るように思える。それは、


「テラフォームを終えましょう。この星系の、全ての星のテラフォームを終えるんです。そして人類を、ここで発展させて、馬鹿騒ぎしましょう。

 それで先輩を、人にしましょう」


「? テラフォームを終えることが、何で、私を人にする方法なんです?」


「ええ。この星系が人で満ちたら、また人類は、別の星を求めます」


 もっとも手っ取り早いのは何処か。僕は知っている。


「地球です」 


「――今の地球は、もはや神々のいない星です。

 そこに誰よりも先に行って、僕と先輩で、勝手な、新しい神話を作りましょう。

 ここで実績作って、地球に一番乗りですよ! そして神話でぶち上げてやるんです!

 ――二人は人になって、そこそこ長生きして幸せにやっていった。

 神々のいない星で、そんな神話を作ればいいんですよ!」


 ……あ。


 私は気づきました。住良木君の手が、こっちをずっと離さずにいることを、です。

 汗で湿った力は、彼がこちらに対し、どれだけ必死かを知らせるもので。


 ……ああ。


 本当に、この人は、損をしている。

 勝手に作られて、勝手に役割を与えられて、自分のような存在を見捨てられないと、私のようなものに手をさしのべる。

 誰か、この人に、幸いを与えてくれる神はいないものでしょうか。

 でも、でも駄目です。

 そんな神がいたとしても、この人は救われない。

 この人は、”自分とは違う神”によっては救われないのだから。

 だとしたら、


「住良木君」


 自分は諦めました。


「……私は、悪い神様になります」


 いい神であることを、諦めよう。


 誰かのことを気遣ったり。

 皆のことを思ったり。

 世界がどうであるかを考えたり。

 そんなことしない。

 だって、


「――私、昔、富士山の近くの山奥に、家族以外、あまり交流無いような環境で育ってたんですよ。でも、一応、流浪の神とか、そういう存在から物語などは聞いていて……」


 だから、


「父から、嫁入りの準備をしろと言われたとき、こう思ったんです。

 ――私も、遂に、物語のように、誰かを好きになっていくことになるのかな、って」


 でもその機会は来なかった。理由もあった。もはやそういう機会はないだろうと、そんな風に思って、だから奥に籠もって、独りでいたのだ。

 だけど、


「住良木君」


 彼に選ばれて、応じないことも出来ただろう。だがそれに応えたのは、


「私も、住良木君の申し出を受けるとき、住良木君の事を教えて貰ったんですよ?」


 作られたばかりの人類。過去は与えられていても、たった独りの存在だ。

 何てことを、と思った。


「私みたいなことには、絶対にしたくないと、そう思って――」


 そうしよう。かつてそう思ったことを、もう、今、ここで固定しよう。

 私がこの人を、そうするんです。 

 自分が彼を不幸せにするかもしれないと、そんなことを思っても、もはや構わない。

 彼を幸いにしようと思うことを、大事とする。

 決まりだ。

 理屈でもない。感情でもない。

 心の向きを変えられないのだ。

 そうしようとただ思う。そんな意思に従うだけだ。

 これは、信仰と、そんな風に言えるものかもしれない。ならば、


「――毎日、褒めて下さいね? そうしないと、帰っちゃいますからね?」


「お安い御用です! 今からでも褒めますよ!」


「ワッ」


 と、声が出たのは、理由がある。

 足場だ。

 これまで戦場として、砕かれて揺られていた足場の大地が、不意に沈黙したのだ。

 揺れていない。

 だからこそ、これまでの揺らぎから解放され、バランスを崩した。

 それだけではない。


「……住良木?!」


 徹が振り返る視線の先。岩屋がある。

 岩屋の周囲に、光が散っていた。

 啓示盤だ。

 無数の量で、流体光が喇叭を鳴らして弾け、追加が入ってまた吹雪いて行く。それはこっちまで一瞬で広がり、まるで光の散る荒野のような光景を作り出し、


「……ちょっと異常じゃないか!?」


「エクステンドしているのか……!?」


 先輩チャンのレベルが、連続して上がっているのだ。それは、


「――連れ戻したネ!? 元鞘!」


「元鞘? どういう意味だ」


「俺達」


 ああ、と頷くビルガメスは解っているんだろうか。だが、


「あー、そおろそろ危険水ぃ域だああよう――?」


 こっちももう、かなり時間が経過している。


「とっととケリつけてくれると嬉しいかナア――!」

 

「ちょっと住良木君? 向こう向いていて下さいね?」


 と先輩に言われ、莫大な光の散る岩屋の中、僕は素直に後ろを向いた。

 何だろうコレは。何か似たようなシチュエーションを知っている気がする。


 ……鶴女房か!


 アレだ。見ていない内に、先輩が鶴になって着物を作るってヤツだっけ? だとすると先輩はケモ系だけど、神道だったらアングラだから何でもありか! いける!


「はい、いいですよ?」


「ハイ! ケモでも充分行けます! 毛深いくらいが丁度いいです!」


「えっ?」


 僕は自分の顎を自分で打ち抜いた。いいパンチ持ってるじゃねえか……。まあいい。ちょっと口の中に血が出たが、許容範囲内だ。そして先輩を見ると、


「……あれ?」


 先輩の着ているものが、変わっている。

 新型制服をベースにしているようだが、袖などは長く、装飾として、散る花や石材のようなものが幾つも重なっていて、ちょっとした特撮の文系女将軍系にも見える。解りづらいか。


「私の、神としての専用装備というか、衣装ですね。私服は野暮ったいので。

 今、住良木君が信仰してくれていることもあって、こっちで、いろいろ条件合えば、この状態になれるみたいです」


「変! 身! みたいなものですか?」


「私の神格だとダメポヨですけど、でもまあ、……少しは」


「いや凄いです! 充分格好いいです! イワナガヒメ! そんな感じです……!」


 だけど一番気になる部分が有る。それは、


「あの、先輩……?」


「な、何です?」


 いえまあ、と、言うのを躊躇ったが、言葉を作る。ここは正直に言うべきだ。つまり。


「透けてるんですが……!」


「お、大きい声で言わなくていいです! というか、ええ、まあ、その……、これ、嫁入りの時に準備していた衣装ですから」


「……ええと、着た経験は?」


「試着時以降、ずっと閉まってて、今、ちょっと思い付いたので……」


 そういうところが先輩凄い……、と思っていると、先輩が距離を詰めてきた。

 あ、と思う前に、軽く頭を抱かれる。続く動きは、当然のようにして抱き寄せで、


 ……透け巨乳が視界一杯に……!


 死んでもいい。ロールバックしてもこの記憶は消えないだろう。確信出来る。だが、


「あ」


 額に、唇を当てられた。

 キスだ。

 ややあってから、先輩が離れ、目の前で小さく笑う。


「――お手つき」


「有り難う御座います! 有り難う御座います!」


 言って視線を合わせ、どちらともなく笑った。

 先輩が軽く頭を下げる。


「改めて、これから宜しく御願いします」


「はい! 宜しく御願いします!  先輩! だけど外出るときは透け設定は解除して行って下さい!」


 いやもう、絶対他人には見せたくない。

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