第三十七章


 僕は椅子に座っていた。

 岩屋の中だ。

 内部は暗いかと思えば、とりあえず非常灯のような灯光が天井にある。

 僕は先輩が淹れてくれるお茶を待っていて、そしてキッチンの方から先輩が来た。


「はい、御茶です」


「あ、どうも有り難う御座います! ――で、今日はこれからどんな感じでテラフォームを始めますか!?」


「ええと、ここまでの経緯、バランサーから聞いてませんでしたか?」


「聞いてます! でも先輩は僕とテラフォームするんです! これは決まりです!」


 そうだ。

 決まりという以前に、宿命じみたものだと、そう思う。

 だって、と言いかけた時、しかし先輩が隣に座って、こちらを向いた。


 ……デカい……。


 胸のことだ。間違っちゃいけない。そして先輩が、こう言った。


「何から、話しましょうか」


「……何を食ったら、そんな良い感じの巨乳になるんです?」


「えっ? えっ? 御豆腐?」


 答えが返ってくるあたり、安定の先輩と、そんな気がする。

 だけど僕としては、結論は決まったこととして、これはチャンスだ。


「僕は先輩をここから連れ出してテラフォームをまた始めます! これは絶対です! でも先輩が質問タイムのコーナーを設けるなら、いろいろ聞きたいことを聞きます!」


「へ、変なことじゃなければいいですよ? ……でも、あの?」


「何です?」


「今、こういうノリでいいんです、か?」


「大丈夫です! 何故なら僕が大丈夫だからです!」


 じゃあ問いかける。


「――階段とか降りるとき、下、見えなくて危なくないですか!?」


 先輩が、ややあってからうつむいて頭を抱えた。


 紫布は、いきなりの通神を受けていた。


『あの、紫布さん? こんな時ですみませんけど』


『オオオオウ? どしたの先輩チャン?』


『あ、いや、ちょっと仮想顕現に出戻り指向は変わってないんですけど、疑問がありまして』


『何? 何? 今、住良木チャンとシッポリシッポリチョンチョンなんだからとか、そういう時間帯?』


『何語ですか一体』


『あー、マアそういうんじゃないんダ? どうしたかナ?』


『いや、あのですね?』


 疑問が投じられた。


『普通、こういうときって、どういう話をします?』


『アー』


『アー、じゃなくてですね……』


『アー、御免御免。でもマア、こういうときだったら、やっぱり男女の想いとか、どうして別れるのかとか、止めるのかとか、そういう修羅場じゃないのかナ』


『…………』


『違うのかナ?』


『――階段降りてるとき危なくないかって質問されました……』


『アチャー』


 とりあえず啓示盤は別として、徹に声を掛けておく。


「徹ゥ――! 長引きそうだヨー!」


「おいおい勘弁しろよ……!」


 僕は先輩のことをいろいろ聞いた。


「好きな色とか、あったりします?」


「ええと、どっちかって言うとモノトーン? 黒系がパーソナルカラーなのは確かですね」


「えっ、じゃあ、……下着の色は、黒とかなんですか?」


「いや、新型制服の場合、そもそも身につけないですよね? 下着。制服側で支えてくれたり、サポーター当たってるので」


「そうだった……! 女子の新型制服を着たってのに、失念してました! 何で気付かなかったかというと、水着感覚だったからですね!」


 では話を変える。


「じゃあ、好きな食べ物とかは?」


「ええと、茶碗のお米に味つけ海苔をお箸で巻いて食べるのが好き?」


「ンンン! 可愛らしい! 好きなオカズはありますか!? 企画ものとか!」


「えっ?」


 僕は自分の頬を自分で打った。


「最後の気にしないで下さい! オカズってところにテーマがあります!」


「ええと、和食系何でも好きですけど、厚揚げを煮たのとか、山芋のオロシに生卵とか、いいですよね……」


「いいですよね! 解ります! 山芋プレイ、有りです!」


「えっ?」


 僕は自分の頬を自分で打った。


「何か、白米のイメージがすごくついて回りますね。好みのものを聞く限り。肉とか、そういうのは駄目です?」


「いえ、胡椒や、香辛料が強いと味が解らなくなるような……。カレーみたいに、そういうのを頂くならいいんですけど」


 あ、と先輩が手を一つ打った。


「こっち来てから聞き伝手に試してみたんですけど、おでんのつゆで作った豚肉の角煮は好かったですね。角煮としてはやや薄く切って、ちょっと和辛子や山葵が合う感じで」


 それと、


「――アイス、ちょっとハマりましたね。どの味も好きです。特にカップ系」


「ンンンン! 良い感じです! アイスのカップでIカップ! ハイ合格!」


「えっ」


 僕は自分の頬を自分で打った。


「な、何かさっきから、ことあるごとに叩いてますけど、大丈夫ですか?」


「あ、大丈夫です! 全ては先輩が素晴らしいが故です!」


 まあ、という空気で先輩が微笑する。しかしすぐに先輩は表情を戻して、


「そ、そういう場合じゃありません住良木君! 今、ちょっと、あの、危ない時間帯なんですから!」


 じゃあ、と僕は言った。


「最後の質問です!」


 問う。


「――どうして、イワナガヒメが、先輩なんです?」


 ……どうして? って?


 彼に言われた意味が解らなかった。

 なので聞いてみる。


「……? どうしてとは、どういうことです?」


「あ、ハイ! ほら、神話にあるじゃないですか! コジキとか!」


 発音がモロにあっちだったので訂正する。


「ええと、古事記」


「コジキですね!?」


「いや、あの、コジキです」


 しまった伝染った。慌てて手を横に振って、


「と、とりあえず古事記で」


「はい! アレの中、ちょっと失礼なこと書いてあったじゃないですか。先輩のこと、顔面クリーチャー系みたいなこと! 失礼な! 今の時代だったら、書いたヤツの家に吶喊してやるところですよ……!」


「いやまあ、あれは主観というか何と言うか。ニニギさんの好みの問題とか……」


「まさかニニギがマニアック指向で、先輩の妹さんはマニアックな方なんですか!?」


「いえ、うちのサクヤはちょっと性格が鉄火場指向で深夜でもラーメン餃子好きだったりと困ったところありますが、私から見ても美人でカワイイです」


 住良木君がこっちの足元で背面の伸身土下座をした。


「すみませんでしたああああああああああああああ! ついトークの勢いで要らんことを! この口がいけない! この口が!」


「いや、あの、住良木君、責めてる訳じゃないから落ち着いて」


「――はい。落ち着きました」


「早っ! ――で、ええと、私、地味系なんで……」


 凄い真顔を向けられたので、この方向で話をしない方がいいと思った。

 だとすると、実際のことを話した方がいいだろう。それに、


「……実のところ、昔、住良木君には話してますね」


「僕が忘れてる部分のところですか」


 はい、と応じて、己は告げた。


「私が”どうして”ああなったか、というのは、理由があるんです」


「――神道の神話において、日本人の祖となるニニギは、二人の妻を与えられた。

 イワナガヒメと、コノハナサクヤヒメの両方だ。

 だがイワナガヒメは醜いとして拒否され、ニニギはコノハナサクヤヒメだけを妻とした」


「ですけど……、という話ですね? だって、私から見て、先輩さんは醜くなどありません。それが、何故?」


「整形……」


「思ったより飛躍するね菅原後輩! いや、これには少々、訳がある。それも、ちょっと面倒な流れがね」


「流れ?」


 そうだ、と思兼が言った。


「仮想顕現の折で、解ったことだ。――そう。醜いとか、そういうこととは別の理由あって、イワナガヒメが娶られなかったとしたら、どうかね?」


「? ……それはそれでまたおかしいですよ? だって、永遠に近い長命化を断る理由が、あるんですか?」


「あるとも」


 言って、知識神の長が小さく笑った。


「神話は誰のものだったかと、そういうことだ。これはね」


 言うことにする。

 公的に知っているのは上役達とバランサーだ。私的に教えているのは、彼だけ。無論、今、バランサーが外の皆にも話しているだろう。

 身内には、もう、知られても構うまい。

 どうせ、仮想顕現に帰るのだ。だから、


「神道の神話は、誰があの形にしたのか、知ってますか?」


「ええと、大和朝廷?」


「そうですね。ではもう、単純な話です。――大和朝廷の長、帝は、神の子孫の直系です。そこから派生した日本人も、神の子孫だと言うことになります」


 では、


「――何故、帝や、住良木君達は、神のような寿命を持っていないんです?」


「それは――」


 彼が迷う。こちらを視線を合わせ、


「……あれ?」


 気付いたらしい。

 矛盾とも言えることが、実は生じているのだ。それは、


「神話は時の権力者によって形作られるものですよね?」


「はい。そうですね」


 では、そうだとしたら、何がおかしいのか。


「帝や僕達の寿命が短いのは、古代に、先輩がニニギの妻に選ばれなかったから。

 でも、その神話は、帝や僕達の寿命が短い状態で形作られたわけで……」


「――そうです。神話を作るまで、日本人の寿命は短かったかもしれませんが、神話が無かったので、それが定義されていませんでした。

 では、私の権能があったとしたならば、さて、それは神話が発生する以前から効力を発揮していたんでしょうか?

 それとも、神話が出来たから、効力を発揮したんでしょうか? ちょっとした矛盾ですよね?

 ――あ、でも、私の権能は過去への遡及が出来ないタイプですよ?」


 それでまあ、と自分は言った。


「恐らく、神話が後だったのでしょう。でも神話の発生によって、地脈には”型”が生じ、長い年月を掛けて私達の存在が影響を与えるようになりました。

 そして地球時代、幾つもの概念が併合したとき、それらは権能などとして発現していった訳ですね」


 一息を入れる。

 天井で見えない空を見上げる。遙か遠くには、きっと、人類が眠る船があるのだ。

 彼らを願っている神々は、今、どれだけいるだろう。


「仮想顕現として、地球時代の神話を”型”から再現していく中で、とりあえず仮想の方では、神の発生を整えるため、多くの再現がされました。

 そのエピソードの中に、私と妹、ニニギの結婚話もあったんですね」


「でも、……その時もう、先輩は今のルックスですよね?」


「はい。でも――」


 でも、


「地球時代の神話でも、私は多分、今のルックスですよ?」


 紫布は首を傾げた。


『どういうことかナ? 先輩チャンにはちょっと悪いけど、神道の神話で、先輩チャン、ちょっとイケてない設定だったんだよネ? だったら、それで”型”がつく筈で、何で仮想顕現の時、その”型”ベースで、今の美人チャンになるのかナ?』


 言ってる間に、ちょっと炎竜が漏れてきた。やや下がり、徹とともに、目の前で失速した炎竜を叩き割る。

 正直、徹の相性が悪い。

 雷撃が、炎に対して有効では無いからだ。稲妻として、物体への着弾があればそこから衝撃を与えられるが、炎に対しては導電云々の問題ではなく雷撃が突き抜ける。

 こうなると、出来るのはトールハンマーを長尺化させて殴り割るか、自分が髪を抜き与え、それをハンマーの”鍔”にセットして、


「黄金剣……!」


「ウッワ、恥ずかしネーミング……!」


 まあ、出来るのはこんなところだ。だが、


『――えーと、話戻せるかナ?』


 先輩チャンの話だ。女神同士、ちょっと厳しい話はしたくないが、目下の謎として、


『何で先輩チャン、……あのルックスなのかナ?』


『神道だからです』


 桑尻は、バランサーから再度送られてきた啓示盤で、現場の動きを読みつつ呟いた。

 先輩さんについては多くの謎があるが、この件については一つ見解がある。


『禊祓のルールだと思います』


『禊祓ィ?』


 はい、と己は応じた。紫布と話すのも久し振りな気がすると、そう思いながら、


『神道では、呪い神や汚物が、善神や宝物に変わるという、そんなエピソードが幾つもあります。この場合、呪い神や汚物を、そのものとして見るのではなく、本質を見ることが禊祓の意味を持ち、”醜く”見せる呪いや汚濁を削ぎ落としたのです』


 だとすれば、


『先輩さんのルックスが綺麗だとします。しかし先輩さんは、ある呪いを持っていて、それゆえに”醜い”存在でした。

 ですが彼女は、ニニギに拒否されたことが禊祓となり、”醜い”を失い、元の綺麗な姿を現したのだと考えられます』


『じゃあ、その呪いってのは――』


『短命化かナ?』


 紫布の言葉に、自分は首を横に振った。


『――禊祓の対象となる呪いは、長命化の方です』


「――どういうことです? 長命化が、何故、禊祓される呪いだと?」


 スケアクロウの問いかけに、思兼は肩をすくめた。


「クビコ君、――君は案山子の神だね? つまり、人の生活の中から生まれた神だから、そのように思うのかもしれない。

 ――しかし、神話は時の権力者が作るものだとしても、そこに存在する神は、基本的に”神”だよ? それを忘れてはならない」


 聞いて欲しい。


「人と神はよく似ている。だが、神と人を決定的に差付けるものは、何かね?」


「……権能?」


「惜しい。人もかつては概念の併合以後、術式を使えた。もはや加護や術式は私達だけのものではない。ならば――」


「寿命ですね?」


「――そうだ! 良い答えだ菅原後輩! いや天満君と親しみを一回込めよう!

 寿命の有無! 人類にとって、神とは明確な差となるもの! なぜなら私達、神は、たとえ歳を経ようとも”神話”として常にリアルタイムで”在り”続ける概念的存在だからだ!」


 どうだろう?


「さあ、では話を戻そう。人類にとって、またはクビコ君のような国津神にとって、イワナガヒメの持つ長命化の権能は、かなりホットな案件だろう。欲しいと、そう言えるものだと思う。だが――」


 そう言って、自分は鼻で笑った。


「私達、天津神にとっては、それが”岩に等しいような永遠”という、未完全な永遠であっても、気に入らぬことだね。

 それを手に入れたら、人類は、私達のように振る舞うだろう、と」


 解るかね?


「天津神からしてみれば、イワナガヒメの長命化の権能が人類に与えられるというのは、私達の特権に迫る力を勝手に与えるような、そんなテロ行為に等しいのだよ」


「――――」


「どうだろうね? ニニギも天津神だ。ニニギはどのような判断を下したのだろう。

 人が、天津神となるのは恐れ多いと、我が身を巻き込むことを承知で長命化を受け取らず、逆に短命化を望んだのかもしれないね?」


 もしくは、


「――あのタイミングで長命化を受け容れれば、人類は保たない。それがニニギには解っていたのかもしれないね」


 桑尻は啓示盤を出し、計算を始めていた。

 古代における人類の生産力についての計上だ。日本では紀元前十世紀には原始的な水稲栽培が始まり、神道神話が作られる頃には、規模は別として、全国でそれが行われていたのだ。

 だが、神話の時代の出来事が事実だとすると、


『ニニギと先輩さん、コノハナサクヤのエピソードの時点で、もしも日本人の長命化が決まっていたならば、日本は衰退していた可能性が高いです』


『……? どういうことだ? 長命化だ。知識は増え、人は増え、また、死を恐れなくなるがゆえ、繁栄するだろう?』


 そうではない。そのことを、先輩格が告げた。


『――農耕の、生産性だな?』


『はい。その通りです』


 流石は農耕神のスキルも所持している戦神だ。


『神道神話に拠れば、ニニギの子供達は、ヒコホホデミとホデリの二人、この二人は、天津神と国津神の間に産まれた神の混血ですが、ある別名と権能を持ちます』


 それは、


『ヒコホホデミの別名は”山幸”、ホデリの別名は”海幸”。この二人はそれぞれ、大地に準じた豊穣と、海の豊穣を司るのです。

 当時の人類が豊かな生産力を持っていれば、そもそもこのような神は必要ではありません。それがしかし、違ったのでしょう。

 しかも面倒なことに、後発神話の神道では、神話の”神々の席順”によって、これら生産力向上の神々が人類発祥前に用意されず、その流れの中で生じるのです。

 つまり、――ニニギと先輩さん達の代では、人が長命になったとして、それを支える食糧生産基盤が弱いと言うことになります』


「妹は、ニニギとの初夜で妊娠して、それからアグレッシブエピソードをいろいろとやらかすんですが、でも当時は、豊穣を安定させる天津神クラスの神が地上にはいないんですね。

 豊穣系に該当する私の甥、二人の兄弟も、お互い喧嘩したりといろいろやらかすので、その力の発揮は遅れます。

 ――そんな状況で、長命化により、人が増えたら?」


「ええと、食べ物が足りない?」


「はい。そして私の権能があると、どうなります?」


「ええと……」


「……食糧が足りないのに、人が寿命で減らないから、食糧危機が生じます……」


 そうですね。


「私の権能は長命化。でも、不死ではありません。だから私の権能があると、人々は人の範疇を超えて長生き出来て、でも、飢えで死んでいくことを拒否できません。

 ――私の権能は、人類繁栄の初期の段階で持っていても、支えられず、逆に人々を追い込む権能なんです」


「神に近い能力を与える権能は、常に人を害する。――バベルの塔のようにね」


 さて、と思兼は言った。


「ここで問題が起きた。――そう、私達は思い出さねばいけない。イワナガヒメの力が、どのようなものであったかを、だ」


 いいかね?


「イワナガヒメと共にいることを選べば、未完全ながら永遠に近い長命を得られる。だがこれはまあ、拒否して短命化されたとして、地球時代の神話であれば、問題がなかったろう」


「実際、人類はそのように短命ですからね……」


「そうだね。だが、……今の時代、権能が成立した上では、どうだろうね? 特に、多種の神話勢力が同時存在する仮想顕現の世界では、だ」


 言う。


「仮想顕現では、仮想状態という前提付きで、神々の発展や生成に必要な神話がある程度再現されている。流石に”神々の黄昏”のような大規模被害は行わないし、神の殺傷に繋がる案件は擬似的な通過をすることとなっているが、だが――」


「――他の神話では、食物や物品の窃取や損失、約束などの”選択”によって、信者や神の寿命が決まっていたのでしたよね……?」


「そうだね。多くの神話では、それは決定し、覆らない。知恵の実は一個だけのワンオフであり、約束は元に戻せない。

 ――選択とは、一回きりのものなのだ」


 だが、


「イワナガヒメのそれは、まだ有効だ。何故なら彼女は未婚。バツイチではない。

 彼女を獲得した神話勢力は、信者の寿命を神々の範疇にまで伸ばすことが出来る」


 カイは、面々の中で最も有効な攻撃を炎竜達に対して放っていた。

 フリーズ系の術式がよく効く。当たり前ではあるが、だからこそ一番疲労が濃くなりもする。しかし、


 ……あの二人には借りがあるからなあ。


 死すべき処を、代わられた。それは救いであり、猶予である。

 等価交換であるならば、死ぬ以外に、返せない借りだろう。だが死にたくはないのだから、どのような疲労や負傷も厭わないことが寛容だ。そしてそのように戦っていると、幾つかの声が聞こえてきて、己はこう呟いた。


「……信者だけの寿命を延ばせるのか? 先輩さんの権能は、相手の神なんかにも及ぶんだろう?」


「そうだ。だが、思兼達の寿命が永遠のままなのを見れば解るが、効果は配偶者以下と、そうなるのだろう。

 ならばその神話における人類の始祖、もしくはそうなる神に婚姻をさせればいい」


 その場合、どうなるか。


「この世界において、その神の信徒は長命化する。――人類の範疇を超えるが、テラフォーム後の安定化した世界において、霊長類としては大きなアドバンテージだ。おそらくその人類は世界を席巻し、最終的に、他神話勢力は信者を失い、滅んでいくだろう」


「それって――」


「イワナガヒメを擁し、長命の権能を得た神話勢力の元にいる人類が、後の人界の覇者となる。そういうことだ。――だから彼女の婚姻は、管理される訳だな」


 自由がないなあ、とは思う。いろいろと面倒な権能だ、と。


「だけど、……肝心の疑問の答えがないな。ルックスの件だが――」


「――簡単な話です。さっきの、私の力に対する禊祓。それが行われてない状態では、私の力は天津神にとって”醜い”ものでした。

 それがニニギさんに遠ざけられて、私は天津神にとって無害になった……。つまりそれが禊祓になったので、”醜さ”を失い、長命化を持ったままでも綺麗になりましたけどね」


 でも、


「天津神は、私の力が誰かに欲されないように、釘を刺したんです。

 ――この女神を娶ると、長寿になるが、子々孫々、醜女の子となるぞ、と」


「それは――」


「はい。元々は禊祓的にそうであった訳ですし、また、表向きはそう言っておけば、私のことを無理に手に入れようとする勢力は減りますからね。

 酷い話ですけど、でもそのおかげで、私は誰だか気付かれずに生活出来てましたから。悪い扱いも、また、悪いものじゃないです。――これもまた、禊祓ですね」


 つまり、


「全ては私の権能を隠すため。天津神に対し、人が近しい存在にならぬようにするため。

 ――そしてまた、私が、普通の生活をするためです」


 笑みが漏れた。

 笑わなければいけない。好かったと、そう言わねばならない。何故なら、


「解りましたか? 住良木君。

 私は本来、表に出てはいけない神なんです。人を人ならざる長命にし、恨めば神をも死なせてしまう。身柄を隠しているからこそ居られる神なんです」


 だから、笑って言う。この判断が正しいと、彼に伝えるために、


「――身柄が明かされた以上、私はここにいられません。他の神話勢力とのトラブルになるかもしれませんし、もしも住良木君に私の権能が掛かったら、住良木君は人の範疇を超えてしまいます」


 その場合、どうなるか。


「住良木君も、人ではないとして、――この世界から除外されるかもしれません」


 テラフォームに導入されるのは”人類”でなければならない。加護や権能を得ても、人類の範疇であるべし、だ。

 だから、


「住良木君」


 さよならだ。


「解りましたか?」


 問うた視線の先。住良木が確かに頷いた。

 理解が出来たと、そういうことだ。


 これは安堵だろうか。

 自分は駄目だと。駄目なことが正しいと。そう彼に解って欲しくて。

 それが通じたというのに。頷かれたというのに。

 何故、胸の底のあたりに、苦いような、重いものがあるのか。そして、


「――じゃあ今度は僕の番です!」


「ファッ!?」


 いきなりだった。

 住良木が、こちらに啓示盤を突き出してきた。


「えっ? えっ? 住良木君!?」


「ハイ! 今さっき、僕は先輩にいろいろ質問をして、回答を頂きました。だからこれからは僕の番です! その啓示盤に、僕が応えられるセクシーな質問があるので、先輩が僕に聞きたいことを問うて下さい!」


 さあ。


「――さあ、これから住良木・出見と先輩のスーパー尋問タイムです!」


 えっ? えっ? 尋問?

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