第三十章



「譲歩を共にしようじゃないか、江下君。このままではお互い自滅だ。

 だから譲歩だよ、江下君」


 天満の視線の先、思兼が告げた。


「私達はテラフォームを続けたいし、住良木後輩を手放すつもりはない。ついでにいうと神道全体の安全も確保したい。

 ゆえにこれらが侵害される場合、私達は全力で抵抗をする。そのための段取も組むだけ組んである。たとえば――」


「人類の神話創設を、テロのように行うということ?」


「そうだ。私達は、強力な勢力ではないが、手に入れたあらゆるものを利用し、自分達の権利を保護する。このことについては、何度でも繰り返し、言う用意がある」


 そして、


「君だって解っているはずだ。このまま、”神委”の思うがままにすると、何も手に入らない、と」


 そうだ。これは確かなことだ。


「そこにいる人類が神話の創設を勝手に行えば、寧ろ”神委”の管理能力が問われることとなります。そのとき、私達を担ぎ出す勢力が出てきて、”神委”対、その被害に遭った神道を始めとする新興勢力という、権力闘争が始まるでしょう」


「……どうしても、そこの人類を手放す気は無いの?」


「あるならこんなことをすると思うかね?」


 完全に悪党だなあ、とは思う。

 そんな視線の先で、思兼が言葉を作った。


「ゆえに譲歩だ。話を菅原後輩の言うところまで戻そう」


「現状、”神委”の言うとおりにすると、我々神道は全面的な反発を行う。

 ”神委”にとっての損失を、必ず、意地でも発生させる。そのつもりの反発だ」


「では譲歩として、退けというの?」


「違う。――菅原後輩。説明してくれ給え」


「はい。要は、この状況を利用すべきだと、そういうことです。

 ――エシュタル、貴女は、私達の事情を知っています。私達が抵抗したらどういう手段をとるかどうかも知っています。ならば――」


 ならば、


「貴女が、”神委”と私達の間に立ち、強引に人類を奪わないと約束するならば、私達は、人類を利用したテラフォームの管理役として貴女を支持し、その情報などをまず貴女に卸します」


 江下としては、面白い案だと即断出来た。だが、


「傀儡になれということ?」


「それは君次第だろう」


「でも、それだったら、管理役にもなろうって存在を、このままにしとく?」


 あー、ビミョーに寒気みたいなのもしてきてるから、コレはマジに脱水症状。死にはしないだろうけど、頭痛とか酷くなるのは避けたい。 


「水が欲しいかね?」


「そりゃまあね」


「譲歩案に応じるというなら、水を与えても良いと思う」


「あ、ホント!? じゃあ応じる応じる! 水頂戴!」


 言うと、思兼が外野席に振り向いた。その中で、人類が首を傾げ、


「さっき、何か抗議しようとしたよね!? ね!? アレ多分、何か不思議パワーでドカンとか、そういうつもりあったよね? そうだよな!?」


「まあ、死の槍使おうとしなかっただけいいカナ?」


「あれはポーズ! ちょっとした衝動! ほら、私、元気でハジケてるのが売りの女神だから、あの位はフツーよフツー!」


「マジにフツーだから、皆、気をつけとけよ?」


「ちょっとホラそこ! そういう告げ口しない!」


 うんうん、と頷いた思兼が、指を鳴らした。


「剥こう」


 剥くのは、紫布の役になった。


「え!? ちょっと! こっちはフラついてんのに何!?」


「ハイハーイ、ちょっとじっとしててネエ、パパっと脱がしちゃうからネー」


「――紫布先輩、エシュタルは冥界行きの際、各門ごとに衣服を脱がされて力を失いました。見たところ七枚ほど着用のようなので、三枚ほど脱がせば力が半減ではないでしょうか」


「コ、コラッ! 何をアドバイスしてんのそこの胸が薄いの!」


「桑尻、お前、認識がそこなのか……」


「……紫布先輩、インナースーツまで剥いていいですよ?」


「え!? 何!? 私が何かした!? ちょっとちょっとちょっと!」


「うひゃア、汗吸って重いねエ」


「えー!? あー! ちょっとやめ! アヒャヒャくすぐったい! アヒヒヒハハハハハハ! ゲッ」


「笑いすぎで咽せました?」


「剥いたら写真を撮っておかねばならないね。保険のためだ。ああ、ちなみにエシュタル君、今起きていることは、私達しか知らないが、離れた位置にいるクビコ君がこっちを補足しているから、君が何かしたならば、今の状態の写真などが全国区で回ることになるから気をつけて欲しい。私としても本意では無いのだ。ただまあ、――保険なのだよ」


「保険……。便利な言葉ね」


「……こおれは悪だねえ」


「女って、女同士でこういう時に容赦ないよな……」


「ハイハイ、剥いたよオ――」


 インナースーツと、シャツは見逃してもらった。

 つまり二枚。元の状態から考えて力は三分の一以下だ。

 だが水は貰った。そしてまた御菓子が補充され、一息を吐く。


「ウワー、生き返るわねえ……」


《情報体の方、私達の調製によって出来ていますから、重大な欠乏要素においては生物学的なことを無視して高速補充されます。飲むだけ飲んで下さい》


 そうねえ、と早速一本を開けた上で、しかし感想した。


「でもまあ、意外ね」


「何がかね?」


 見れば解る。外野席にいる人類だが、


「正直、もうちょっと扱いが悪いと思ってたわ。神と人、その関係として、神々がもっと人類を掌握してるというか。道具や奴隷のように扱っているかと思っていたもの」


「おっとそれは残念だったな! でも僕は先輩の愛の奴隷、そう、僕は愛情と言う言葉の物言う道具だ! その点では間違ってないぞ! そうですよね紫布先輩!」


「江下チャーン、ポテロングどう?」


「美味――い! シンプルでいいわねえ!」


「オイイイイイイイイイイイイ! 振っておいてそれか!」


「あー、まあ、まあこういう馬鹿が認められているとは、思っても無かったわよね」


「ああ、うん、それは俺も同意」


「半神半人の私にとっても、神は気まぐれで、迷惑をも与える存在だからな……」


「うちらだと、結構アバウトに付き合ってるから、ホント、後発神話になればなるほど緩くなるよな……」


 そうねえ、と頷いて、自分は言う。


「……で? 譲歩としては、どういうこと?」


 横に雷同と菅原を置き、思兼は江下の正面に座った。ビールケースを持ってきて腰を落とすと、同じように座っている彼女と視線が合う。


「私達が望むのは、さっき言った通りのことだ。――君を監査として常駐、受け容れることで、神道と”神委”の仲をとりもって欲しい。

 交換するものは、私達のテラフォームの現状続行の安保と、”神委”側には、私達からの情報や成果と、そうなるね」


「フフ、私に共犯になれと、そういうこと?」


「君としても、その方がやりやすいのではないかね?」


「どういうこと?」


 ああ、と自分は指を鳴らす。背後、外野席にいる第五世代の半神半人二人を指差し、


「あの二人のことだ。――彼らのために、君はここに来たのだろう?」


「……? どういうことなんです?」


「ええ。さっき、亡命の話はありましたが……」


「ああ、まあちょっと、地元では面倒なことになってるんだ」


「私達を逃してくれた女神が、……地元で捕らわれたのだ」


 江下は、深く息を吐いた。

 これはもう、始めからこっちの事情が解っていたと言うことだろう。


 ……まあ、しょうがないか。


 何となく、覚悟が決まった。この連中と”共犯”になる、という覚悟が、だ。


「シャマシュよ。メソポタミア神話の太陽神で女神。私の双子の姉で、格上で、優しいのよね。母とか、そういう感じ」


 だから、


「彼女はそこのビルガメスに教育を施したり、また、そこのエンキドゥが神々から死を賜うことになったとき、反対の意見を述べて神々を説得に回ったの」


「俺の母は創造神のアルルだけど、シャマシュにはたびたび助けて貰って、さ」


 でまあ、と己は言った。


「地球時代の神話だと、私がビルガメスに求婚して断られたとき、その話にキレたエンキドゥが私に罵詈雑言やらかしてね」


「まあそりゃそうだろう」


「オオウ……」


 まあそういう感じだ。


「で、それが契機となって、エンキドゥは神々によって死を賜るのよ」


 と、己は自分の手に、”死”の槍を射出した。


 皆が警戒したのは解る。

 だから、敢えて言う。


「――これが必要なの」


「神話再現としてかね?」


 それもある。だが、もっと別のことだ。


「シャマシュ達が、二人を逃したおかげで、それを罪として捕縛されてるのよ。

 特にシャマシュは、猶予もつかないで軟禁状態。

 そしてメソポタミア神話の上位神々は、裁定を下したの。

 エンキドゥが死ぬという、その神話を再現したならば、シャマシュを解放しようと」


「くっだらないメンツの話だなあ……!」


「――神々なんて、そんなもんよ。偉いってのは、下らないことなの」


 だから、


「だからそうではありたくないとしたシャマシュは、同意した皆の分も被って罪を得て、捕らわれているの」


「じゃあ、アンタは、シャマシュを解放する意味ももって、こっちにいる二人の始末もつけよう、と?」


「双子の姉よ。まあ、いろいろあって兄になってたりもするけど。

 でも、……彼女を助けるなら、自由な私の役目でしょう? だから、他の神々が公務を調整する前に、この槍を持ってこっちに来た訳」


「まさかその槍、万引き……」


「し、してないわよ!? 一応メモは置いてきたわよ!?」


「……江下君? あの、君がちゃんと監査としてこっちに来てないと、今までの話が全て瓦解するんだがね?」


「いやホント! ホントだって! 信じなさいって!」


「お前、前科が凄いからなあ……」


「山ぶっこわしたり知識神の知識盗んだり……」


「でも別の姉に喧嘩売って負けたりと、意外とヘタレですよね」


「オイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 いやまあ、と、こちらの信用度に最後のとどめをくれた胸の薄い知識神が言う。


「……しかし、何となく疑問に思っていた謎が解けました。ビルガメスとエンキドゥが何故、ここに来たのか。それは、シャマシュの知啓によるものだったんですね?」


「? どういうことかな?」


 はい、と胸の薄い知識神が頷いた。


「エシュタルは、確かにエンキドゥが死を賜る神話に関与しています」


 しかし、


「彼女とビルガメス、エンキドゥには、エンキドゥが死の冥界に行き、しかし戻ってくる話があるんです」


 これは、単純な疑問だ。


「……何故、ビルガメスとカイが、この神道勢力に亡命をしてきたのか」


 そういうものだから、と言う事も出来るだろう。

 逃げ場が、ここしか無かったと。

 だが違うのだ。

 何となく、という謎だったことが、今更、いろいろと解る。


「”エンキドゥの冥界帰り”という神話の中で、イシュタルはギルガメスの手助けを得て屋敷を建て、その祝いに宴会をするんですが、そこで幾つもの楽器を冥界に落としてしまいます」


「ちょっと待て! どういう世界の繋がりだよ一体! 家の庭に冥界の穴があるとか怖えーよ! 星新一のショートショートでもちょっと無いぞ!」


「おーい、っていう、あの穴ですかね?」


 馬鹿と一コ下が握手するのを見て、ちょっとイラっと来た。というか私、それ知らない。


「オオウ、桑尻チャン、ちょっと嫉妬?」


「読書の量と幅を増やすことにします」


 とりあえず、話を戻す。


「――でまあ、その楽器を拾いに行くのがエンキドゥ。しかしエンキドゥは、冥界でやってはいけないことを護らず、戻れなくなります」


「あれ、守るべきものが何個もあるんだぞ? 憶えてられないって」


「メモくらい持っていこうヨって思ったけど、アレだ、当時は粘土板かア」


「まあ無理だね」


 そういうものだろう。


「ともあれそれに気付いたビルガメスが、神々に話をつけ、何とかエンキドゥは冥界から戻ってくることが出来ます」


「……何となく、神道神話の、イザナギとイザナミの黄泉での話に似てますね」


「はい。人類が数を増やし、地球上を移動していくにつれて、このような”冥界から行きて戻る”話は、類型として変化しながら受け継がれていきました。

 神道神話のそれは、かなり後発ゆえ、ディテールが結構変わっていますが、やはり要点は似た部分がありますね」


 この神話が、今の状況に繋がる。


「神話再現として、エシュタルは、自分が起点となって”エンキドゥの冥界帰り”を行うならば、――エンキドゥを冥界から引き戻すことが可能となるんです」


「……桑尻、でも、死は死だぞ? どうやって死から引き戻す?」


「ええ、死は死です。しかし、それを破るルールが、ここにはあります。

 人類、――そこの馬鹿がそうですが、人類は、ロールバック出来るんです」


 そして、


「エンキドゥは神に作られた半神半人。そこの、完全人間の馬鹿とは違いますが、しかし、人の要因を持っています。

 ならば、――エンキドゥを神道に所属させ、神道側として構えているロールバックのシステムに乗せてしまえばいい。確率的に可能かどうかは解りませんが――」


《不都合が生じる可能性はあると思いますが、システム上、可能であることは確かです》


 つまり、出来るのだ。


「太陽神、シャマシュの知啓ですね?」


 己が問うと、エシュタルが首を下に振った。


「姉は、自分が捕らわれたことを嘆いて無かったわ。これも神々として仕方の無いことだと。だから、それを昇華するのは不良の貴女のすることだって、ね」


「不良が犬を拾ってトゥクンみたいなアレか……」


「俺は犬か」


「だとしたらさっき、衝動的に抗議しようとしたのはマジ駄目じゃない……?」


「いや、だからアレは勢い! イラっと来たから! ノーカン!」


 なかなか厳しい。だが、


「こっちとしては、監査としての成果を上げた上で、姉の解放のためにそこのエンキドゥを神道システムに乗せてロールバック? そんな計画だったわけね。

 まあそれに近い状態になってるから、オッケーといえばオッケーだけど」


「こっちは、シャマシュの進めでな。神道のロールバックに乗ることが出来れば、カイが生き延びる可能性があると、そういうつもりだったが……。

 監査としてエシュタルが来たのは意外だったが、まあ、エシュタルは前科があるので手放しに信用出来なくてな……」


「人災かよ」


「コラッ! コラッ! 何でもこっちのせいにしない!」


「なお、ビルガメス君とエンキドゥ君については、亡命の認可を出そう、というか出した。上からは現場判断で臨時に動く権限を貰っているから、これは私の即断で問題ない」


「こっちの意図が解った上でそうして貰えるなら有り難いわ。

 同意無く、亡命してから死を賜ったら、こっちが神道勢力の一員を殺したことになるものね」


「……ああ、先ほど、ビルガメスの亡命を認めて、エンキドゥについては認めなかったのは、そういう由来ですね」


「ええ、その場合、そこのバランサーに仲介を頼むつもりだったわ。エンキドゥの冥界帰りの神話再現にするから、と、強制的に介入を、ね」


 成程、と己は思った。

 この女神、かなり馬鹿だが、賢くないわけではない、と。だが、


「ええと、でも、いいんですか?」


 先輩さんだ。

 彼女が手を挙げ、エンキドゥの方を見て問いかける。


「……今の話が進んだとしたら、そちら、木藤さん、……死を一度賜る必要があるんですよね?」


 嫌ですね、というのが、素直な感想だった。

 ロールバックはいろいろと大変なのだ。

 記憶の欠如などもあり、元の二人という訳にはいかない。だけど、


「でも……、死に別れより、遙かにいい」


 それもまた、充分に理解出来るのだ。

 と、不意に江下の顔横にタブレット型の啓示盤が射出された。彼女は半目でそれを見てから叩き割るが、


「……地元かね?」


「ええ。腹立つわねえ……。私がいつ、ものごとをちゃんとしなかったって言うのよ。ねえ?」


 同意を求められましても。

 だが、思兼が告げる。彼女は啓示盤を開き、急ぎの手捌きで幾つかの操作をしながら、


「つまり君は、裏切ると思われている訳だね」


「まあ、そうでしょうね。実際、ほとんどそういう流れになっている訳だし」


「裏切るって……、どういうことです?」


「江下君が、そこのビルガメス君と木藤君を逃がすと、そう思われているということだ。

 それでいて向こうが直接介入をしてこないのは、江下君が監査としてこちらに来ているからだろうね。裏切りが発生していないのに江下君のクラスが行う監査を止めれば、それはそれで内紛だ。――意味もなく恥を掻くことはない」


「そうよねえ……」


「……って、そうよ! ほら! 私がちゃんと監査として来ているって、これで間接的に証明されたでしょう!? どう!?」


「何で自己証明出来ないんですか……」


「信用」


「信用」


「信用かナ?」


《信用でしょうね》


「すげえ! 満場一致で信用がないな! おいムーチョ! これは珍しいことだぞ!」


「ホント!? わあい! 流石は私ね!」


「――って、ンな訳あるか! 何様よアンタ達!」


「神様かナ?」


《貴女達の創造主様です》


「アチャー」


「――で、でも、ええと、大丈夫なんですか? 地元のチェックが来て」


「凄いです先輩……。今、真面目に話を進めようとしているの、先輩だけです……」


 褒められてちょっと嬉しい。


「有り難う御座います住良木君、私、何かひょっとして、周囲の空気が全く読めてないだけなんじゃないかと、少し心配してましたけど……」


「そんなことないですよ! ぶっちゃけ先輩以外は周囲の空気どころか自分達の吐いた息しか吸ってないような連中ばかりなんで! 先輩は外見と性格とオッパイ以外にもそういうところ誇っていいです!」


「外見とオッパイは同ステータスでは……?」


「解らないか!? 先輩については褒めるところが一杯あるってことだよ……! いいか!? 外見というステータスからツリー状に髪とか目とか眉の形とか、ちょっと下側が厚めでエロっぽい唇とか、太腿の内転筋の少し余った感とかそういうところまで全部褒めたいが時間が無い! 目下一番欲しいのは先輩を褒めまくる暇です! 解るか桑尻!」


「菅原君、今度ちょっと、貴女の権術について教えて欲しいんだけど……」


「アハハ無視されてんの!」


「オイイイイイイイイ! 何か変なコンボが来たぞ!」


「住良木君、落ち着いて、落ち着いて」


「――あ、ハイ、落ち着きました。大丈夫です。先輩を見るだけで僕の心は清涼飲料水のように落ち着きます!」


「清涼飲料水の定義って何かナ?」


《乳酸菌飲料及び乳製品ではなく、またアルコール分1%未満で、味、香りがある飲料のことです》


「その定義だと、意外なことにトマトジュースや豆乳も清涼飲料水になります。一方でスープなどは”食事”なので飲料水ではありませんね」


「トマトジュースと豆乳、どっちがいいかしら?」


「先輩! どっちがいいですか!?」


 いきなり振られても凄い困るというか、私、こういうの向いてないキャラなんですけど。


「でも、ええと、どっちかって言うと、豆乳?」


「――正解です。大豆のイソフラボンは女性ホルモンを活発化させますからね。先輩さんにはそっちが合っていると思いますが、住良木はどっちかって言うとカフェイン多めのノンカロリーコーラか何かな気が」


「ああ、うん、何となくそれは……」


「解りました! じゃあ今度、全身コーラ色に絵の具で塗ってからペットボトルに詰まってますんで、自販機で購入して下さい!」


「自販機のボタン押して住良木チャンがゴトンって出てきたらストレートにヤダなア……」


「そこ! そこ! 嫌とか言わない!」


 でも受け取り口に詰まるんじゃあ……、って思うのは何かズレてるかもしれない。そして、


「――通した。木藤君達の亡命申請を、仮想顕現の方にいる天津神達にも通した」


「随分と早く処理したな? 何かまた脅したか? お前のところ、トップは結構こういう他とのトラブルを避けたがるんだよな?」


 いやいや、と思兼は笑った。


「天照のことなら、彼女が最高責任者として保守性が強いのは良いことだと、私はとりあえずそう思っている。だが今回は少しスマートだよ雷同君。――シャマシュだ」


「シャマシュ? 彼女が、一体?」


 やはり気になるか。

 ここは彼らの件でもある。ゆえに自分は、啓示盤を、しかし中身は見せずに軽く叩いた。それは通神として多方に連絡を取っていたもので、


「いいかね? シャマシュは太陽神だが女神だ。そして、やはり女性には女性のコネクションがある。

 世界の神話において、太陽神の男性:女性比率は大体2:1だが、仮想顕現の世界の方で、女性太陽神を始めとした役職付き女神は、それなりに地位向上や認知向上に動いていてね。

 こちら、実在顕現している神道の女神を通し、”同じ太陽神の女神が苦難に陥っている”と、そういう言葉をつけて天照に誓願した」


「神道の神々はそういう遠回しな根回しが好きですよね……」


「弱いからこその立ち回りだよ。権謀術数が遊びとして好きな大手神話の神々とは違って、それらはこっちにとって生き残りの手段だ。

 ――ともあれ保守の天照も、他の神話勢力に対して貸しになる件なら動く。

 恐らくはメソポタミアの方も、メンツとして太陽神のシャマシュを捕縛したが、ずっとそうしている訳にもいくまい」


「洗濯物が乾かないからなあ……」


「ああ、布団も干せないのは問題だ。ともあれメソポタミアの連中は、神道に対し”勝手なことを”と表向き言うかもしれないが、――最低限でも高天原とシャマシュとのコネクションは確立できよう」


 ならば、


「死を与えよエシュタル。――それが全ての決着だ」


 ……やはりそうなりますか……。


 カイ、エンキドゥ、円・木藤に”死を賜う”しかない。

 どうしようもない。

 他の方法は無いのだ。

 だけど気になった。


「あの、……他、いい方法は無いんでしょうか」


「あー……、ロールバックのこと?」


「一応、こちらのロールバックシステムには、特別処理枠として木藤・円の名前が入りました。ビルガメスの方は申請がないのでそうしてませんが、一応、同一処理として掛けることは可能です。成功率も――」


「あ、いえ、成功とかそう言うのではなくて……」


 気になっていることを、言う。


「ロールバックすると、記憶の欠如などがあり、いろいろ戸惑います」


 たとえば、


「大事な人が、こっちのことを憶えていなかったり、後になってから、何かの記憶が欠損していることが解ったり、そういうとき、やっぱりちょっとメゲます」


「先輩! 僕相手で、そういうのあったんですか!」


「いや、まあ、ええと……」


 あることはあった。ただ、


「住良木君とは、そういうのを飲んだ上で、もっといいことがあるから、大丈夫なんです。でも……」


「私達には、そういうものがないと?」


「ビル、……やってみないと解らないって、そういうことを言ってるんだよ」


「すみません。悲劇でマウントとろうとか、そういうのではなくて、でも上から目線になってしまってますけど、……他に良い方法があるなら、その方がいいのは確かです」


「……政治的に解決する方法は?」


「無理無理。だってこの槍、どーすんの? 使用履歴は地元に届く仕様よ?」


 江下が、槍を投げるのに相応の力を必要とするためだろう。室外機を囲む柵に掛けていた服を、改めて着込む。襟の匂いなど嗅いでいるが、頷くあたり、乾いているらしい。

 そして天満が、今の江下の言葉に対し、顎に手を当てた。


「木藤さんの体の一部……、髪などを討って、代わりになりませんか?」


「死を賜うんだから、生きてるところが残ってたら、この槍は消えないわ」


「何でそんな”絶対殺す槍”みたいなの作ってんだよ! 怖いなメソポの連中!」


「アー、まあ面倒くさい連中なのは否定しないわねえ……」


 いいよ、と声がした。


「俺は大丈夫だ」


 カイは言った。まあそんなもんだろう、と思って、シャムハトを見る。


「ハト、……元々俺も、ケダモノみたいな状態で、そこからお前に正気に戻されて、ビル達との付き合いが始まったんだ」


 だから、


「もしも俺が記憶失ったりしたら、お前、いろいろ教えてくれよ」


「……私は貴女の御守役?」


「教育役って言ってくれよ」


「――まあいいわ。元々、大したこと教えてないのよ? だって、そんなことより、後から得るものの方が遙かに多くて、大事なんだから」


 シャムハトが頷く。


「また、そういうものが得られるようにしてあげるわ」


 じゃあ決まりだ。揺るがないよう、早い方が良い。


「ビル、――また会おう」


「当たり前だ。……そのためにここに来たのだからな」


 相変わらず、力強い相方で何よりだ。応えなければならないと、そう思う。

 そして自分は、一人の女神を見た。

 先輩さんと呼ばれている彼女を、だ。


「有り難うな。――決まっていることを、気に掛けてくれて」


「あ、いえ、それは、その……」


「多分、……それは、私に言いたいだけだったんだと思います」


「いいじゃないか」


 自分は、何でここに来たかを改めて思い出し、彼女に告げた。


「大事なものがいて、一緒にいて、もっと良くありたいって思うのは、自然なことだよ」


「――――」


 困らせただろうか。だが、後発神話の由来解らぬ女神よ、君の気遣いに幸いあれ。そのくらいは祈ってもいいだろう。

 自分は、驚くほどに内心に迷いがないことに気付いた。


 ……ああ、そうか。


 いろいろと失うかもしれないけど、今後、”死を賜う”枷から、己は解放されるのだ。


 僕は先輩に振り向いた。


「先輩、……どうにかしたいと、そう思ってますか?」


「え? ……ええ、これしかないと解ってますけど、多分、それでもどうにかしたいと思うのが、多分、私なんだと、そう思いますから」


「先輩チャンは勇気あるヨ」


「ああ、ホント、そうだな」


「え? いえ、意気地が無いでしょう?」


 そんなことはないと、僕はそう思った。やっぱり先輩は素敵だと。だって、


「皆、先輩みたいな思いに対して、何だかんだ言い訳して、これがベストって思ってるんです。だからそれをハッキリ言える先輩は、僕の誇りです……!」


 カイは思った。


 ……これは、枷からの解放だ。


 否、バックロールシステムに入っている以上、既に解放されているのだろう。

 もう大丈夫だ、という、そんな思いをもって、己はエシュタルに身を向けた

 黒の槍を手に、立ち上がった彼女に言う。


「やってくれ」


「……少しは怖がりなさいよ」


 お互い小さく笑って、身構えた。エシュタルが着込み直したばかりの服の袖を、軽く振って伸ばし、


「大丈夫」


 その言葉に対し、己は息を吸う。目を閉じる。

 後は、


「――――」


 この、今の気分が”死”であるなら、悪くはないな、と思った。

 これから生きるために、己は現状を変えるのだ。


 江下は槍を投げた。

 距離がある、というのもあったが、直接振るって槍を刺すのは、手応えの面から言ってもちょっと嫌だ。だから、気合いを入れて、


「ハイ、ドォ――ン!!」


 投げた。その直後だった。


「ハイ、ドォ――――ン!!」


 いきなり、エンキドゥを突き飛ばして、馬鹿が来た。


 ……は!?


 驚いたのは、当然だ。だって、投げた槍の軌道に、馬鹿がいるのだから。

 止めようがない。それは馬鹿に対しても、槍に対しても同様で、


「住良木君……!?」


 声が聞こえたと共に、飛び込みの人身に、黒の槍が半ばまで突き刺さった。

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