第3話 表情と姿勢

 俺は今、リビングの壁に『踵』『お尻』『背中』『後頭部』をくっつけて直立し、お笑い動画を観てわざとらしく爆笑している。


 うん。客観的に見るとキモイな。頭がおかしくなったのかと思われても仕方ない。

 だが、これが柚希曰くリア充に成る為の第一歩らしい。


 1時間程前に遡る――――――――


「まずお兄ちゃんはコミュ力の前に色々足りてないの」


 俺は真剣に柚希の言葉に耳を傾ける。


「まず、その猫背! リア充で猫背の人見た事ある?」


 そう言われハッとする。


「居ない……な」

「でしょ?」


 そうか、俺はいつも派手な言動にばかり目が往っていたが、よーく思い出してみればみんな背筋がピンと伸びていた気がする。


「猫背ばだけで自分に自信が無い、なんか暗そうって思われちゃうの!」


 なるほど。


「例えば、携帯ショップの店員さんいるじゃん? 色々なプランとか説明される時に自信なさげに猫背で説明されるのと、自信たっぷりに背筋をピンッと伸ばして説明されるのとどっちが納得しやすい?」

「それは、自信たっぷりに姿勢よく説明された方が安心しやすいかな」

「でしょ? それは学校という場所でも同じ事なの」


 なるほど確かに。

 そう考えると姿勢って大事だな。


「あと、表情も大事!」

「表情?」


 柚希は軽く頷いて「そう!」と言い、顔の横に人差し指を立てて


「お兄ちゃんが私に抱いてるイメージをもう一回言ってみて。」

「それは、いつも笑顔で明るくて、人懐っこくて男子からも女子からも好かれてるイメージだな」


 さっきと同じ回答をする。

 すると柚希は「そう! それ!」と言って俺の顔を指さす。


「いつも笑顔でって言ったでしょ? お兄ちゃんは表情が硬いし、いつも口角が下がってるの。これって不機嫌とか暗いとかのマイナスイメージしかないんだよ!」


 確かに俺はあまり表情豊かではないな。

 でも口角が下がってるっていうのはどういう事なんだろう。


「表情が硬いのは分かったけど、口角ってどういう意味なんだ?」


 素直に疑問をぶつけてみる。


「口で言っても分かりずらいと思うから見せてあげる」


 そういって「よく見ててね」といい、両手で顔を隠した。

 そして「どう?」と言いながら両手をどける。


「え? あれ?」


 そこには見慣れた柚希の笑顔は無く、少し暗い感じの顔をした柚希の顔があった。


「じゃあ元に戻すね。今度は手で隠さないからよーく見てて」


 そう言われ柚希の顔をみると、みるみるうちにいつもの柚希の顔になった。

 なんだこれ? 魔法か何かか? と考えていると


「どう? 何かわかった?」


 と聞かれたので素直に答える。


「いや、さっぱり。 魔法でも使ったのかと思った」

「じゃあ、もう一回やるから今度は口元見ててね」


 と言われ、口元を凝視する。

 そしてさっきの様に表情がコロコロ変わる。

 そして気づいた!


「あ、その顔はやっと気づいたね!」

「あ、ああ」


 いつもの笑顔で言ってくる。


「口角が上がってるのと下がってるのとでは大分違ったでしょ?」

「もはや別人だったな」


 そうなのだ。

 口角が上がっている時の顔はいつもの明るい柚希の顔だが、口角が下がっている時の柚希の顔はなんというか、兄妹だからだろうか俺に似ていて覇気を全く感じなかった。


「これで口角の重要性が分かったでしょ?」

「ああ。でも凄いな。いつも口角を上げてる状態で過ごしてるのか」


 俺が感心していると


「それはちょっと違うかな~。今のは意識して口角下げたけど普段は無意識で口角が上がってるんだよ」


 俺は衝撃を受けた。

 無意識で口角が上がるだと?


「それ、俺に出来る様になるの?」


 自信喪失気味に尋ねると


「努力次第で無意識に上がる様になるよ!」


 俺はその言葉に食いつく


「どうすればいいんだ?」


 俺が真剣に訊ねると


「常に爆笑してればいいんだよ!」


 というブッ飛んだ回答がきた。


「爆笑って、それはどういう……」


 俺が面食らっていると


「表情の次は姿勢だね~」


 と、次の課題に話題をシフトした。

 ハイペースなんじゃないかなぁと思いつつ柚希の言う事を聞く


「ちょっとお兄ちゃん、そこの壁に背中をくっつけて立ってみて」


 俺は言われるがままソファーの後ろの壁に背中を付けて立つ


「これはどんな意味があるんだ?」


 俺が訪ねると


「あ~、やっぱりか~。お兄ちゃんの猫背は筋金入りだね~」


 と、はぐらかされた。


「お兄ちゃん、これから指示するから言われた通りに立ってみてね」

「あ、ああ」


 普通に立ってるだけだが柚希的にはダメらしい。


「まず、踵を壁に付けて」

「お、おう」


 言われて踵を付ける。

 あれ?なんかキツイな。


「踵が壁に付いてるから自然とお尻も壁に付いてるでしょ?」

「ああ」

「そしたら背中も壁に付けて」

「おう」


 くっ! さっきよりキツくなった。


「それで今度は後頭部も壁に付けて、そのまま顎を引いて真っすぐ前を見て。」


 言われた通りにする。

 何だこれ! 滅茶苦茶キツイ!


「キツイでしょ? これが本来の正しい姿勢だよ? キツく感じるのはそれだけお兄ちゃんの姿勢が悪かったってことだね」


 これが正しい姿勢なのか! こんなにキツイとは!


「目の前にテレビがあるでしょ? 今からお笑いのDVD流すからその姿勢のまま1時間見続けて」

「へぁ?」


 驚いて思わず変な声が出てしまった。


「あとついでに表情も鍛えるから大げさに爆笑しながら見てね」

「1時間ずっと?」

「うん!」



 満面の笑みで頷かれ、そしてDVDが再生された。

 そして俺は慣れない姿勢のキツさに耐えながら爆笑し続けた。

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